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2007年7月29日 (日)

丸の内

一昨日、久々に丸の内に行った。

東京駅の周辺って、今どんどん変わっている。
新丸ビルができて初めて行ったので、ほんと久々。

そういえば、むかし丸の内で働いていた時期もあったんだっけ。
もう、10年以上も前の話だけど...

就職して田舎から東京に出てきて、丸の内に勤務になったときは、田舎の母ちゃん喜んでたなぁ。
うちん息子は日本の中心で働きよっとばい。
とか言ってね。

当時の勤務場所は「古河総合ビルヂング」というビルだった。
まだあるのかな。もう建て替えられているのかな。

そうそう、丸の内のビルは「ビルヂング」っていう名前が多かった。
最初の頃は、どうして「ビルディング」じゃなくて「ビルヂング」なのかなって思ってた。
時間が経つにつれ何とも思わなくなったけど...
だけど、どうして「ビルヂング」だったんだろう...

一昨日はある会社の社長と丸の内で食事して、その後せっかくだからということで新丸ビルに行ってみることにした。

新丸ビルから見る東京駅はすばらしい眺めだった。

Photo

新丸ビルには立ち飲み屋もあるようなので、今度また言ってみようっと。

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2007年7月27日 (金)

デューク更家

昨晩、「トシガイ」という深夜番組にデューク更家が出ていました。
あの、ウォーキングで億万長者になった人です。

そういえば、ちょっと前(1ヶ月くらい前だったか)に「アリオ亀有」に買い物に行った時、たまたまデュークが来ていて、1Fの広場でイベントをやっていたところに遭遇したのを思い出しました。

僕は彼のことは名前くらいしか知らなかったんですが、そのときのトークショーと昨晩の番組でいろんなことを知ることができました。

彼は53歳、和歌山県新宮市出身、幼少時代はかなり貧しかったらしい。
大学を出て、サラリーマンでは大成できないと考え、ジーンズ屋を始める。
これが大当たりとなり、一時は金持ちになるが数年で倒産、ついでに離婚。
その後10年程どん底の生活を送る。

30代後半の頃に最愛の母親が他界。

母親が病気になった時、医者から歩くように進められ、1日に1時間以上歩いたことが仇となり足を壊してしまったことにデュークは大きな疑問を持ち、歩くということに関する研究を始めたそうです。
そして、「長く歩く」ではなく「正しく歩く」ということをコンセプトに、現在のウォーキング理論ができあがり、またたく間に彼の名を世界に広めることになったそうです。

現在はモナコと六本木ミッドタウンに家があるそうで、本家(って言うんですかね)がモナコ、別宅が六本木で、家族も当然モナコに住んでいるそうです。

余談ですが、彼は毎年妻にお年玉をあげるんだそうですが、その額がなんと1000万円...
しかも現金で...
めまいがしそう...

彼の紹介はこれくらいにしておいて、アリオ亀有で実際に彼のウォーキング理論を聞きましたが、なるほどと思いました。
僕も普段から大股で歩くよう心がけているので彼の話にかなり共感できました。
そこで彼が紹介したいくつかのエクササイズを最近家で実践しています。
よく家でやってるのが、ひじを前→上→横→下と順に動かすやつ。
ひじを動かす時、どうしても「シュッ、シュッ」と叫んでしまいます。
(わかる人にはわかりますよね)

ビリー・ザ・ナントカよりずっと手軽で無理なくできる感じがします。

というか、ビリーのおかげでデュークも再びテレビに出だしたのかなって感もありますけどね。

脱、メタボ!!
1ヵ月後の健康診断に向けて頑張るゾ!!(-_-;)

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2007年7月26日 (木)

碓氷峠鉄道文化むら

先日家族で軽井沢へ久々の家族旅行へ行ってきました。

その帰り道、本来なら碓井軽井沢インターから高速道路に乗って帰るところなんですが、なんとなく碓氷峠を越えて松井田妙義インターから乗って帰ろうということになりました。
そのおかげで予想外の発見(=思い出)が3つできました。

まず1つ目は、碓氷峠のカーブには番号が振られていて、カーブのたびに「C-123」といった札が立っています。
横川側の「C-1」から始まり軽井沢側の「C-184」で終わる。つまり全部で184のカーブがあることになります。

今回は軽井沢からの帰り道、子供たちはカーブの番号札を見つけるたび数字を読み上げるので、最終的には車の中でカウントダウンが始まることになるんです。
ドライバー(僕)は神経使うけど、子供たちは楽しんでました。 

次に2つ目、峠を越えてくだりの中ほどの所に、眼鏡橋というレンガ造りのでっかい橋が出現します。

Photo

ここは当時信越本線が走っていた頃の鉄道橋で、実際橋の上まで登れます。
僕は上まで上りませんでしたが、家族が上まで登ったところ橋の上には専属の説明員みたいな人がいて、いろいろと解説をしてくれたそうです。
とうぜんですが、カメラのシャッターも押してくれたそうですよ。

3つ目の発見は、横川駅の横にある「碓氷峠鉄道文化むら」というところです。

Photo_2

ここには、碓氷峠の鉄道に関する歴史や、D51から始まって特急しなのまで全国から集められた数々の実物車両、あとトロッコ列車の体験試乗等鉄道ファンにはたまらない場所、のはずです。
(僕はそこまで鉄道ファンではないので(-_-;) )
というか、鉄道ファンではない僕でも結構楽しめました。
というか、今回の旅行で僕的にはここが一番よかったっす。

D51

鉄道文化むら公式HP : http://www.usuitouge.com/bunkamura/

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