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2008年1月13日 (日)

眼鏡橋 ~ 田舎の風景①

今年の正月は例年通り田舎に帰ってました。

いつものことだけど、ほぼ飲み食い正月と寝正月になってしまい、帰ってきたら2~3Kg体重が増えているパターンなので、今年の正月は朝散歩をすることにしました。

僕の田舎は長崎県諫早市という街なんだけど、都会と比べるとそんなに変化が少ない。
昔住んでいた時の風景がかなり残っています。
それと、散歩してみて改めて田舎の良さがわかったりもしました。

そんな田舎の風景を何回かにわたって自慢していきます。

第1回目は、「眼鏡橋」。

眼鏡橋と言えば長崎市の眼鏡橋が有名ですよね。
長崎の観光ガイドに必ず載っているスポットです。
でも、実は諫早市にも長崎のものに負けない立派な眼鏡橋があるんです。

Photo

この眼鏡橋は諫早市の繁華街からちょっと歩いたところにある諫早公園という所で見ることができます。

なぜ眼鏡橋っていうのかというと、橋が水面に映った絵が眼鏡のようにみえるからです。
下の写真のように。

Photo_2

ね、見えるでしょ。

比較のために一応長崎市の眼鏡橋の写真も撮ってきました。

Photo_3

長崎市の眼鏡橋と諫早市の眼鏡橋、見た感じはどうでしょう。
それぞれ独特のたたずまいを持つ美しい形ですよね。

そこで、2つの橋を少し比較してみましょう。

まずは作られた年。諫早:1839年(天保10年)、長崎:1634年(寛永11年)。
どちらも江戸時代ですが長崎の方が約200年早いことになります。
それもそのはずで、諫早眼鏡橋は諫早の中心を流れる本明川に頑丈な橋を架けるため、長崎の眼鏡橋を参考に作られたのです。

次に大きさ。諫早:長さ49.25m、幅5.5m、長崎:長さ22m、幅3.65m。
諫早眼鏡橋の方が約2倍の大きさということになります。

2つの橋は共に国の重要文化財に指定されていますが、長崎眼鏡橋が1960年に指定されたのに対し、諫早眼鏡橋は1958年と意外にも長崎より2年早く指定されています。
諫早眼鏡橋はなんと石橋としては全国で初めて指定された重要文化財なのです。
すごいじゃないですか。

諫早眼鏡橋は今は公園の中にありますが、かつては前述の本明川に架けられていました。
1957年(昭和32年)7月、諫早の中心地を水浸しにした諫早大水害という災害が起きました。
この事故は、死者494名、行方不明者45名、負傷者1476名、家屋の全壊、流出727戸、床上浸水2734戸という大惨事だったそうです。
そして、この大惨事の原因の一つがこの眼鏡橋だったのです。
なぜかというと、この眼鏡橋の頑丈さが仇となり、上流から流れてきた流木や瓦礫がこの眼鏡橋によりせき止められたために水没被害を拡大させたのだそうです。

この水害の後、川は拡幅工事が計画され、一時は橋が壊されそうになったのですが、当時の市長以下の働きで文化財として保存されることとなり、今の公園へ移設されることとなったのです。

実はこの眼鏡橋、僕が通った諫早高校の裏にあって、当時は当たり前の風景だったのですが、調べてみるとすごい歴史のあるものなんだと改めて実感した、そんな眼鏡橋の紹介でした。

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私は趣味と実益?を兼ね、たまに「川ガニ(ズガニとも言う)」を獲っているんですが・・・。 今日も前日に仕掛けておいた籠を取りに、道無き道を通りやっとの思いで川までたどり着きいつものように、一つ一つ籠を集めてました。そんな時、たまたまそこで形のひじょ〜にヨロシイ「流木」を発見!! ... [続きを読む]

受信: 2008年1月18日 (金) 00時29分

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