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2008年2月27日 (水)

歴代防衛大臣

先週のイージス艦「あたご」と漁船の衝突事故から1週間、もうお馴染みとなった防衛省の対応のまずさから石破防衛大臣の引責辞任を求める声があがっている。

参考記事 : http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080226-OYT1T00365.htm
        (読売オンライン)

なにかと事実を隠ぺいしたがる防衛省の体質には呆れるばかりであるが、一方なにか起こると決まって退陣を要求する野党(特に民主党)もどうかと思う。

大臣が辞任したところで何も問題の解決にはならないし、むしろきちんと説明責任を果たすべきだし、今後二度と同じような事故を起こさないための対策を講じるべきだし、その後で引責辞任するのならどうぞって思うのは僕だけだろうか。

それはともかく、日本の閣僚ってよくコロコロと替わる。
特にこのところの防衛大臣の替わり方はすさまじい。

ということで、小泉政権以降の歴代防衛庁長官、防衛大臣をまとめてみた。

Photo

       ↑クリックして拡大

この7年弱の間に8人もの防衛のトップが入れ替わっている。
平均して一人1年もやっていないということになる。

特に2007年はすごかった。
1月に防衛省に昇格してからの防衛大臣はなんと4人。
交替の理由は首相交替や内閣改造時の組閣によるものがほとんどなのだが、こんなにコロコロ替わって、まともなマネジメントができるのだろうか。
というか内閣改造を頻繁にやる意味が理解できない。
「第1次小泉内閣第2次改造内閣」なんて言われても、「何だったっけ」って感じである。

国家を動かす省庁のトップなんだから、じっくり腰を据えて、すなわちきちんと戦略を立て、PDCAをひととおり回すところまでは責任を持って取り組むべきだと思う。

石破さんが今回の件で辞めるのか、もしくはいつまで続投するのかは判らないけれど、きちんと責任を持ち与えられた職務を全うすることを期待する。

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2008年2月20日 (水)

陸上自衛隊仙台駐屯地

先週末、陸上自衛隊仙台駐屯地へ行ってきました。

仙台駐屯地へは、仙台駅から仙石線に乗り、4つ目の駅「苦竹(「にがたけ」と読みます)」で降りてすぐの所にあります。

Photo

実は、こちらから行くと正門(南門)ではなく裏門(北門)になるのですが、交通の便を考えるとこちらからの出入りが多いんじゃないでしょうか?

仙台駐屯地に入ってまず目を引くのが、この北門と南門を結ぶ道路でしょう。

Photo_2

「中央通り」と呼ばれるこの道路、駐屯地の中の道路としてはかなり広く、片道2車線の道路がド~ンと一直線に走っています。
地図で測るとだいたい850メートルくらいあるんじゃないでしょうか。
道幅が25メートルとして21,250平方メートル、約6,400坪の土地を占有している計算になります。
東京ドームに換算すると、半分弱の面積ですよ。
そんなに交通量が多いとも思えないのですが...

ところで、面積の比較をするとき、よく耳にするこの「東京ドーム○○個分」という表現。
なぜ東京ドームなんでしょう。ていうか、東京ドームの広さを知ってる人ってまずいないでしょ。
東京ドームと比較されてもピンと来ない人も多いのではないでしょうか?

ちなみに、東京ドームの面積は46,755平方メートルなんですが、まぎらわしいのは東京ドームのグラウンド面積(約13,000平方メートル)と比較するパターン。
関東ではよく見かける大塚家具有明ショールームの広告、「東京ドームグラウンドの2.3倍」って書いてあるんですが、実は東京ドームそのものの面積と比較すると0.64倍となるんです。
でも、こんな中途半端な数字だと誰も広いなんて感じてくれないし、でも東京ドームと比較して広いイメージを植え付けたいしってことで、こんな比較が成り立つんだろうなぁ。

そうかぁ、東京ドームと比較するってのは具体的な面積を伝えたいのではなくて、「広い」ってことを強調したいために使う手段なんですね。

ということは、仙台駐屯地の中央通りも大塚家具方式で比較すればいいんだ。
「仙台駐屯地の北門と南門を結ぶ中央通りの面積は、東京ドームグラウンド面積の1.6倍もあるんです」
ってね。

・ ・ ・ ・ ・ ・ 道路の面積を自慢してどうなるっていうんだ?(自滅)

この道路と北の端と南の端は、ロータリーみたくなっていて、植込みには伊達正宗と思わしき人物をあしらった看板が設置してあります。
この看板には今月の標語みたいなものを表示してあり、今回行った時の内容は、「健康管理の徹底」「情報セキュリティ月間」の2つでした。
「健康管理の徹底」って、自衛隊らしいですよね。だって「徹底」ですよ。
徹底的に健康管理に取り組めってことでしょ。
朝起きたら、まず、乾布摩擦しろってことですよ。(違うか...)

仙台駐屯地は、この道路だけでなく駐屯地そのものの敷地面積もかなり広く、727,000平方メートル、東京ドーム15.5個分もの面積なんです。(う~ん、さすがにかなり広いって感じがしますよねぇ。)

話を変えて、仙台駐屯地の歴史について。

仙台駐屯地の歴史はそれほど古くはなく、昭和16年に小銃や機関銃等の弾丸を製造する「陸軍東京第一造幣廠仙台製造所」としてスタートします。
戦後、米軍により駐留されることとなりますが、米軍駐留期間は昭和32年7月まで約12年間とかなり長い期間だったことになります。
昭和32年11月に防衛庁に移管され、翌昭和33年3月「陸上自衛隊仙台駐屯地」として再出発することとなりました。

というのも、今の仙台駐屯地の歴史がそれほど古くないのには訳があって、旧軍時代は旧仙台城(いわゆる青葉城)二の丸に「陸軍第二師団」が置かれており、明治初期から第二次大戦終戦まではこちらが東北地区の軍事の中心だったのです。

現在は、この仙台駐屯地に「東北方面総監部」が設置され、東北地方の守りの要となっています。
この他にも、多くの部隊が所在しているんですが、特徴的なのは東北補給処、仙台病院といった機関が同じ敷地の中にあることでしょう。

仙台駐屯地にも、「防衛館」という展示施設があり、今回若干の時間ではありますが見学することができました。

Photo_4

ここは、自衛隊関連の紹介の他、仙台の歴史や前述第二師団の歴史、伊達正宗に関する説明やゆかりの品なんかも展示してあって、いろいろと勉強になりました。

あと、この施設の前庭で変わった物を見つけました。

Photo_3

ラッパのお化けみたいな金属製の物体なんですが、説明を見ると、これは戦時中に使われた空襲警報サイレンなんだそうです。
かなりの音量だったみたいで約4キロメートル離れた今の仙台駅付近まで聞こえたそうです。
近くの人たちにはかなりうるさかっただろうなぁ。

みちのくの守りの拠点「仙台駐屯地」訪問記でした。

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2008年2月 8日 (金)

全国都市一覧

ここ2、3年、自分のスケジュール管理は、ある会社から頂いたダイアリーを使用しています。
その手帳は付録が充実していて、度量衡、郵便料金表、路線図といった定番のものの他に、世界地図なんかも載っているんですが、中でも個人的に気に入っているのが全国の主要都市一覧です。

各都道府県に存在する市の人口と市外局番が全て網羅されているんですが、これをいろんな角度で見てみるとおもしろい発見があったりするんです。

例えば...

最近ひらがな表記の市をよく見かけます。
2008年1月現在ひらがな表記の市はいくつあるのか数えてみました。

僕が調べた限りでは現在29のひらがな市が存在するはずです。

都道府県別でいうと、
青森県 : むつ市、つがる市
秋田県 : にかほ市
福島県 : いわき市
茨城県 : つくば市、ひたちなか市、つくばみらい市、かすみがうら市
栃木県 : さくら市
群馬県 : みどり市
埼玉県 : さいたま市、ふじみ野市
東京都 : あきるの市
千葉県 : いすみ市
石川県 : かほく市
静岡県 : 伊豆の国市
福井県 : あわら市
三重県 : いなべ市
兵庫県 : 南あわじ市、たつの市
和歌山県 : 紀の川市
香川県 : 東かがわ市、さぬき市
福岡県 : うきは市、みやま市
宮崎県 : えびの市
鹿児島県 : いちき串木野市、南さつま市
沖縄県 : うるま市

となります。
伊豆の国市と紀の川市はちょっと反則のような気もしますが、一応カウントの対象ということでご勘弁。

今のところ、2007年1月に福岡県みやま市が誕生して現在に至るはずです。

茨城県には4市とダントツの多さですね。

蛇足ですが、北海道に新ひだか町という町があります。
ここは、2006年3月の合併に際し、当初は静内町、三石町、新冠町の3つの町で合併して「ひだか市」になる予定でしたが、新冠町が合併から離脱したため市にはなれず、仕方なく「新ひだか町」となった経緯があります。
残念ですね。

次に、これらの市はもともとどんな漢字だったのかを調べてみました。

青森県 : むつ → 陸奥市、 つがる → 津軽市
秋田県 : にかほ → 仁賀保市
福島県 : いわき → 磐城市
茨城県 : つくば → 筑波市、ひたちなか → 常陸那珂市
       つくばみらい → 筑波未来市、かすみがうら市 → 霞ヶ浦 
栃木県 : さくら → 桜
群馬県 : みどり → 緑
埼玉県 : さいたま → 埼玉、ふじみ野 → 富士見野
東京都 : あきる野 → 秋留野
千葉県 : いすみ → 夷隅
石川県 : かほく → 河北
静岡県 : 伊豆の国
福井県 : あわら → 芦原
三重県 : いなべ → 員弁
兵庫県 : 南あわじ → 南淡路、たつの → 龍野
和歌山県 : 紀の川   
香川県 : 東かがわ → 東香川、 さぬき → 讃岐
福岡県 : うきは → 浮羽、みやま → 三山
宮崎県 : えびの → 蝦野
鹿児島県 : いちき串木野 → 市来串木野、南さつま → 南薩摩
沖縄県 : うるま → 宇流麻

これらの漢字は、もともとの地名そのものだったり、いくつかの町の漢字の組合せだったり、単なる当て字だったりします。
おもしろいのはつくばみらい市で、「みらい」自体は水海道(みつかいどう)の「み」、谷和原の「ら」、伊奈の「い」を組み合わせたものなんですが、漢字は単なる当て字だということ。
また、実際「水海道」はつくばみらい市からは離脱し、今は旧石下町を吸収して「常総市」となっているという、変わった経緯を持っています。

次の発見、
全国47都道府県のうち、(都道府)県庁所在地よりも人口が多い市が存在する都道府県はいくつあるか数えてみました。

調べてみると福島県、静岡県、三重県、山口県の4つが該当していて、

まず、福島県ですが、
福島市 290,059人 に対し、
いわき市 352,360人
郡山市 339,071人 
です。
県庁所在地が第3位というのは福島県だけでした。

次に静岡県ですが、
静岡市 712,170人 に対し、
浜松市 807,073人
です。
2005年3月末時点では、
静岡市 701,735人
浜松市 581,162人
だったのですが、2005年7月1日の大合併により、浜松市の人口が80万人を突破し静岡市を抜いて静岡県で最も人口の多い市となりました。

次に三重県ですが、
津市 288,600人 に対し、
四日市市 304,941人
です。
実は2005年3月末時点では、津市は鈴鹿市と松阪市より人口は少なかったのですが、2006年1月1日の2市6町2村の大合併により四日市市に迫る人口となりました。

最後に山口県ですが、
山口市 191,023人 に対し、
下関市 288,518人
です。
山口市も三重県と同様、2005年3月末時点は宇部市と周南市に負けていたのですが、2005年10月1日に周りの4つの町を飲み込んで下関市に次ぐ人口となったのでした。

ちなみに下関市は北九州市と合併するなんて噂もあるようです。
県を越えての合併って有り得るんでしょうかね。
もし合併した市が福岡県になったら、山口市がタナボタでNo.1になれるんですけどね。

あと、関係ないけど、今僕が住んでる三郷市は草加市、越谷市、吉川市、八潮市、松伏町と合併する噂があるようです。
そうすると100万都市に迫る大都市になるそうです。
僕的には、三郷市生まれではないので三郷市には未練もないし、合併した方がメリットありそうだから賛成ですけど...
いったいどうなることやら......

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2008年2月 2日 (土)

陸上自衛隊久里浜駐屯地

先日、仕事で陸上自衛隊久里浜駐屯地という所へ行ってきました。

1月24日と25日の2日間にわたって行われた「通信学校フェア」というイベントに参加するためでした。

久里浜駐屯地は、神奈川県横須賀市にあります。
JR久里浜駅あるいは京急久里浜駅から歩くこと10分ちょっと、平作川という川沿いの道路に沿って久里浜港の方向へ歩いて行くと駐屯地が見えてきます。

駐屯地の近くになると、この平作川にたくさんの釣り船やボートを見かけます。
磯の香りと相まって、都会の喧騒をなんとなく忘れさせてくれるような、のどかでいい所だと思います。

1

駐屯地の正門は、この平作川にかかっている橋を渡った所にあります。
一応、この橋にも名前が付いていて、「みいつ橋」といいます。
ちなみに「みいつ」を漢字で書くと「御稜威」と書くのですが、「御稜威」って何のことか気になったので、ちょっと調べてみました。

「御稜威(みいつ)」というのは、「御稜」と「威」に分けると何となく見えてきます。
「御稜」とは古墳、つまり天皇の墓のこと、「仁徳天皇稜」が有名ですね。
「威」とは「威力」のこと。
なので、御稜威とは皇室パワーということになります。

現皇室は「神武天皇」に始まって、今の今上天皇まで125代、2600年以上も続いているんですが、こんなにひとつの血統が国の皇族として続いているのは世界広しといえど日本だけなんです。

また、皇室に代々受け継がれている有名な「三種の神器」。

ちなみに三種の神器とは、
八咫鏡(やたのかがみ)』
『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
(「草薙の剣」と言えば聞いたことあるかな)
です。
知ってました?僕は知りませんでしたけど...

三種の神器にまつわる話も諸説ありますが、これらの宝物が盗まれもせず、火災などの災難に遭うこともなく、オリジナルが何千年にもわたって現存するのも世界に類を見ないことなのだそうです。

つまり、これほど日本の皇室が滅びることなく長く続き、また三種の神器が失われることなく受け継がれて来たのには、何かしら摩訶不思議な力があるに違いない。
このような皇族が持つ不思議な力、パワーのことを、「御稜威」と呼ぶのだそうです。

蛇足ですが埼玉県熊谷市に「御稜威ヶ原」という地名があります。
この地域は現在工業団地なのですが、すぐ近くに航空自衛隊熊谷基地があります。
「御稜威」と自衛隊、何か関連があるのでしょうか...

話がかなり横道にそれてしまいましたので、本題に戻しましょう。

久里浜駐屯地には最初にも触れましたが、「通信学校」という学校と、「中央野外通信群」という部隊があります。
つまり、久里浜駐屯地は通信と深い関係がある駐屯地なのです。

ところで、陸上自衛隊にはたくさんの学校があります。
というのは、陸上自衛隊はいろんな「職種」に分かれていて、いろんな部隊もこの「職種」に基づいて編成されています。
この職種、現在は15の職種があり、全て挙げると、
「普通科」、「野戦特科」、「機甲科」、「高射特科」、「武器科」、「航空科」、「化学科」、「通信科」、「輸送課」、「需品科」、「施設科」、「会計科」、「警務科」、「衛生科」、「音楽科」となります。
そして、音楽科を除き、これらの職種毎に学校が存在するのです。

また話が横道にそれてしまいました。

続いて、この久里浜駐屯地の歴史について。

昭和5年、横須賀市田浦に「海軍通信学校」が開設されました。
当時は軍事活動における無線通信が急速に発達していった時代で、昭和14年、施設拡大を目的に今の久里浜の地へ移転してきました。
ここから久里浜駐屯地の歴史が始まります。

終戦とともにしばらくは米軍のものとなりましたが、
昭和25年、警察予備隊の発足とともに、「総隊学校」としてこの地に学校ができました。
昭和28年、保安隊になったのに併せ、今の防衛大学校の前身となる「保安大学校」がこの地に開設されました。
久里浜駐屯地の敷地も、当時は今よりもはるかに広く、川を挟んだ反対側も自衛隊の敷地だったそうです。
昭和29年、保安隊から今の自衛隊へとなった際、防衛大学校は今の浦賀へと引っ越して行き、また総隊学校も各職種別の学校へ分けられ、今の通信学校のみが久里浜に残ることとなりました。
やはり、旧軍時代から通信にゆかりのあるということからなのでしょうね。

話は変わって、この駐屯地には、敷地の中にちょっとした山があるのが特徴です。

2

実際この山を利用して訓練や教育も行われているみたいです。
一度登ってみたいですね。
頂上から見る景色も良さそうですし。

それはともかく、ここには駐屯地歴史館もあるようなので、次回行った時にはこちらも覘いてみたいと思います。

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