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2008年3月31日 (月)

香取神宮 ~ 茶店「寒香亭」

香取神宮へ続く参道には、お土産屋さんやら饅頭屋さんやらいろんな店が並んでいますが、境内敷地の奥にも茶屋があるのをご存じですか?

本殿を裏手に回り、さらに奥へ進んだところに北参道があります。
ほとんど人通りはないのですが、ここにポツンというかひっそりと2軒の茶店があります。

そのうちの1軒、わりと大きめの看板で、

「見晴らしの良い休憩所 寒香亭」

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とあり、さらに店の左側には、

「どなたも御遠慮なくお昇り下さい」の看板。

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試しに登ってみましたが、見晴らしがいいかどうかは微妙な感じ?

御遠慮なくとは書いてあったもののそのまま帰るのも忍びないので、とりあえず中に入ることにしました。
こういう茶屋では、やはりだんごと甘酒が基本でしょ、しかも名物みたいだし、というわけでだんごを2人前と甘酒を1杯注文。

で、でてきたのがこれ。

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思ったより団子が少ない。
でも、たしかにおいしい。
あんこときなこに覆われていて分かりにくいのですが、だんごはよもぎ団子です。
なんでもよもぎ団子を出してくれるのは3月と6月限定なんだそうです。
一方甘酒のほうはそんなに甘くなく、飲みやすかったですよ。

この日はおばあちゃんと若いお兄ちゃんの2人でやってました。
それにしても古い建物だなぁと思っていたら、なんでもこの店、なんと125年も前から続いているそうなんです。

どうりで歴史を感じさせるたたずまいですよね。

こういう所でのんびりとお茶していると、日頃の喧騒を忘れさせてくれるし、スローライフな雰囲気を味わうことができます。

香取神宮へ行った際は、拝礼して引き返すのでなく、本殿の裏へまわって是非この茶店に寄ってみて下さい。

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今日の桜並木 ~ 3月31日

天気予報の通り、昨日の午後から降り始めた雨は今朝になっても降り続いています。
しかも今朝はかなり冷え込んでいるようで、僕を含めコートをまた引っ張り出して着ている人達が目立ちます。

さて、うちの団地の桜並木、昨日恐れていたことが起きてしまいました。

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昨日からの雨で花が落ちてしまっているみたいなんです。

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特に風で揺られたせいなのか、枝先の方が被害が大きいみたい。
最後に花を咲かす先端の部分から散っていくなんて、なんと無情なことでしょう。

それにしてもやっと満開かと思ったらもう散り始めるなんて、花の命のなんと短いこと。
咲き始めてからまだ1週間も経っていないんですよ。

あと雨の重みの影響でしょうか、全体的に垂れ下がっているようにも見えます。
この雨、午後にはやむとのことですが、一時でも早くやんでもらいたいと願います。

最後に、今日の夜東京近辺で花見を予定している人、かなり寒いみたいなので、風邪をひかないように十分着込んだ方が良さそうですよ。

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2008年3月30日 (日)

香取神宮 ~ 要石

ついこないだまで、フジTVで放映されていたドラマ「鹿男あをによし」を見てましたか?

この話、どんな話だったかをかなり端折って言うと...

日本の国を滅ぼしてしまう規模の大地震が迫っている。
これ、実は地下に潜む大ナマズが暴れるのが原因で、60年に一度ナマズを抑えている石にパワーを注ぎ直す必要があり、その使いとして「鹿の運び人」に突然任命された一人の教師が七転八倒しつつ、最後は何とか大惨事を食い止める、というストーリーです。
(すみません、ほんとにかなり端折ってしまいました...)

香取神宮にはこれと同じ話があり、境内の一角に「要石」と呼ばれる石が祀ってあります。

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説明によると、むかし鹿島の神である武甕槌大神(たけみかづちのかみ)と香取の神である経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、葦原中国(あしはらなかつくに)を平定し、香取が浦(霞ヶ浦)付近にたどり着きます。
ところがこのあたりは地下に潜む大ナマズのせいで地震が頻発していました。
二神はこれを鎮めるため地中深くに石棒を差し込み、鹿島の武甕槌大神はナマズの頭を、そして経津主大神はナマズの尻尾を抑え、地震を鎮めることに成功したとのことです。

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写真の通り、地上に出ている部分はわずかですが、地下には巨大な石が埋まっていることになります。
1664年3月、なんでも徳川光圀がこの石を掘らせたそうですが、根元を見ることはできなかったそうです。
信じる信じないは別としても、黄門様って結構バチ当たりなことをしたんじゃないですか?

たしかに気になりますけどね。石の正体。

香取の要石は丸っこい形をしていますが、鹿島の要石は凹型をしているらしいです。
香取の要石は石柱で囲ってあるだけですが、鹿島の要石は鳥居付きの立派な囲いに覆われているようです。
要石の扱いに差があるようですが...

それはともかく、今度鹿島の要石も見てみようと思います。

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今朝の桜並木 ~ 3月30日

今日は日曜日、でもあいにくの曇り空、しかもちょっと肌寒い。

うちの団地の桜並木は、そんな天気のせいか昨日からほとんど進展なし。

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まあ、すでにほぼ満開状態なのでこれ以上進展してくれなくてもいいんですけどね。

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上野公園や千鳥ヶ淵に比べると見劣りしますが、家を出てすぐのところにこれだけの桜並木があるのだから、個人的には満足してます。

ただ、ここはあくまでも公道なので、シートを広げて花見酒って訳にはいかないのが残念。
1日くらい道路を封鎖して、住民に開放したっていいと思うのは僕だけ?
今度、団地の理事会に進言してみようかなぁ。

天気予報によると、今日の午後から明日の朝にかけて雨が降るらしい。
この雨で花が散ってしまわないことを願っています。

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香取神宮 ~ 豆知識編

今回は、香取神宮についての豆知識について。

香取神宮に祀られている神様は、「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」という神様です。

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日本書紀によると、この神様は「国譲り」の話の中に出てくる神様です。
どんな話かというと...

はるか昔、天照大神(あまてらすおおかみ)が葦原中国(あしはらなかつくに:地上=日本のこと)を治めようとしましたが、地上では荒ぶる神々が争いをやめず非常に乱れていました。

そこで天照大神は八百万神を集め話し合いを行い、葦原中国の国造りを行った出雲国の大国主神(おおくにぬしのかみ)から地上の国を譲ってもらうため、まず天穂日命(あめのほひのみこと)、つづいて天稚彦(あめのわかひこ)を派遣しますが、いずれも大国主神に従ってしまい、失敗してしまいます。

事態を重くみた八百万神はもう一度慎重に話し合いを重ねた結果、経津主大神が最もふさわしいという結論に達しました。
そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ・鹿島神宮の御祭神)が申し出で来たので、 二神で出雲に派遣されることになりました。

経津主大神は武甕槌大神と共に出雲国に降臨し、十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さに突き立て、国を譲るよう説得します。
結局、大国主神は大御神の命令に全く異議はありませんということで、二神に平国の広矛(くにむけのひろほこ)を差し出し、二神は日本の国を平定することができたとのことです。

その後、二神は国内を巡行し、荒ぶる地上の神々を平定して日本建国の基礎を築いたという、建国の大功神なのだそうです。

そういう神様を祀る香取神宮の御利益は、勝運、開運はもちろん家内安全、産業(農業・商工業)指導、海上守護、心願成就、縁結、安産、交通安全、災難除け等非常に多岐にわたります。

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香取神宮の創建は定かではありませんが、言い伝えによると紀元前643年だそうです。
経津主大神は「香取大神」とも呼ばれたりするんですが、こういう古い歴史を持つことに由来するのでしょう。

今でこそ「神宮」と名のつく神社はたくさんありますが、平安時代から江戸時代までは「伊勢神宮」、「鹿島神宮」とこの「香取神宮」の3社のみだったそうです。
この3社をして「三大神宮」と呼ぶこともあります。
伊勢神宮は別格としても、香取神宮は由緒正しき神宮と言えるのではないでしょうか。

香取神宮では年間を通じて様々な祭事が行われていますが、特に大きな祭りは12年に1度行われる「式年神幸祭(しきねんじんこうさい)」でしょう。
毎年4月15日には神幸祭が行われるのですが、12年に1度の4月15日と16日の2日間にわたって行われる行事はかなり大がかりなものらしいです。
約3000人以上に上る人々が昔の装束をまとい、長蛇の行列が香取神宮を出発、佐原の街を練り歩き、船に乗り利根川を渡る。
佐原駅の近くで一夜を明かしたのち、2日目は佐原の諏訪神社、八坂神社を経由して香取神宮に戻ってくるというものらしいです。

前回は2002年に行われたそうなので、次の式年神幸祭は2014年4月、つまり6年後ということになります。
かなり先の話ではありますが、次回のお祭りは是非見に行きたいと思いました。

香取神宮HP : http://www.katori-jingu.or.jp/

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2008年3月29日 (土)

今日の桜並木 ~ 3月29日

今日は土曜日ということもあって、写真を撮ったのがお昼になってしまいました。coldsweats01

今日もいい天気。
そよ風も気持ちいいし、絶好のお花見日和ですよね。

さて、うちの団地の桜並木もかなりいい感じになってきましたよ。

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木によっては、ほぼ満開のものもあるようです。
全体的に見ても、もう8分から9分咲きくらいにはなっているんじゃないでしょうか。

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この調子だと明日はもう満開状態なんじゃないでしょうか。
通りを歩いていた二人のおばさんも立ち止まって見とれていました。

今日は角度を変えてもう1ショットサービス。

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この角度から見ると桜のアーチみたいにみえるでしょ。

完全に空を覆い隠すまでにはいっていませんが、かなりイケてると思います。

でもちょっと悲しいのは、多少風が強いせいか、すでに道路に花びらが落ちているんです。
花びらというより、花房の単位で落ちているのはちょっとかわいそうです。
まだ満開ではないのに...

とはいえ、明日も楽しみ。
たぶん満開の桜が見れそうだから。
明日は午後から天気がくずれるみたいなので、寝坊しないようにせねば。

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2008年3月28日 (金)

香取神宮 ~ 訪問編

先週の土曜日、行ってきました。香取神宮。

過去記事「香取神社」の中でも書いたんですが、香取神宮は全国にある香取神社の総本山です。

http://hirohi.cocolog-nifty.com/hirohi1/2007/12/post_3320.html

千葉県香取市(ちょっと前までは佐原市)にあります。
東関東自動車道佐原香取ICを降りてすぐ、高速を利用すれば都内からでもそんなに遠くありません。

我が家では厄除け、七五三等神社での祈祷は近所の香取神社にお世話になっています。
今回特にイベントがあったわけではないんですが、やはり総本山の香取神宮へは一度行っておかねば。
思い立ったが吉日ということで突然の参拝となった訳です。

まず、参道入り口の無料駐車場へ到着。

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天気もよく、土曜日だったんですが、意外と人は少ない。
来週から桜まつりがはじまるらしく、そうなると見事な桜、かなりの人出となるのでしょうが、逆にそうなるとゆっくりできなさそうだし、そういう意味ではよかったのかも。

参道前の商店街を抜けると、「香取神宮」の巨大な石碑と大鳥居。
第二の鳥居というらしいのですが、第一の鳥居はどこにあるのでしょう。

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鳥居の下で一礼し、参道を進む。
この道は左へカーブしているんですが、鳥居をくぐった瞬間から、空気が変わります。
ものすごく神聖な、そして清らかな気分にさせてくれる空気に包まれるのです。
この感覚、そう以前伊勢神宮へ行った時と同じ感覚です。
あの時もそうでした。
カーブしている参道を進み本殿に近づくにつれ霊験あらたかな感覚に包まれていく。
それと同じ感覚です。
やはり、こういう場所には神々に守られた何かしら違ったものがあるんでしょうか。

参道を登ると目の前に広がるのは大きな鳥居、そしてその奥に総門という建物が現れます。

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ここでまた一礼し、総門をくぐって右に曲がると、左手にもう一つの門である楼門という建物が見えてきます。

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またまた拝礼をして、この楼門をくぐるといよいよ本殿(正確には拝殿)とのご対面。
目の前に現れた本殿を見てびっくり。

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想像とは違って、全体的に黒い建物なんです。
ここへたどり着くまではどちらかというと赤色で来てたのに...
ハッキリ言って予想外。
屋根も黒、柱も黒、壁も黒、そしてそこに輝く金色の模様。
とても荘厳なたたずまいです。
これはこれで圧倒されます。

拝殿の前に立ち、二礼二拍手。
家族の無病息災を祈り、一礼。

さすが香取の総本山だけあって、願いが叶うような気が。
なんだか来た甲斐あったなぁ、って思えます。
おみくじは末吉だったけど...

このあと、本殿の裏手にある茶屋、あと要石を見に行ったのですが、この話は後日ということで。

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今朝の桜並木 ~ 3月28日

今日は朝から曇り空。

昨日の朝の天気予報では今日辺り雨が降るようなことを言っていたような気がしてたんですが、今朝の天気予報では今日も晴れ、土日も天気は良さそう。
今週末花見を計画している方、良かったですね。

さて、うちの団地の桜並木は、そんな天気にお構いなく、どんどん花開いていきます。

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枝先の方はまだ蕾が多いのですが、全体的には6分から7分咲きくらいはいっているんではないでしょうか。
昨日の朝からかなりの進化です。

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ところで、テレビなどでも桜に関係する話題が増えてきましたね。
こないだ、卒業式に似合う歌というのをやっていたんですが、1位はコブクロの「桜」でした。
あと、ベストテンには「蕾」も入っていました。
コブクロはこの季節、定番化しているってことですかね。

そういえば、ちょと昔カラオケでコブクロの「桜」、森山直太郎の「さくら」、ケツメイシの「さくら」を3連発で歌ったことがあったっけ。
どうでもいいけど...gawk

4月に入ると、入学式シーズン。
開花がこのハイペースだと入学式の頃にはもう散ってしまってるんじゃないか、ちょっと心配です。

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2008年3月27日 (木)

今朝の桜並木 ~ 3月27日

    桜って1日経つと結構変わるものなんですね。

うちの団地の桜並木、昨日やっと咲き始めたと思っていたんですが、今朝になってだいぶ見栄えが良くなってきました。

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木や枝によってバラつきはありますが、平均すると3分咲きといったところでしょうか。

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満開には程遠いと思っていましたが、今週末には立派に花見ができそうな勢いです。

話は変わって、春休みのおかげか朝の通勤電車が幾分余裕を感じるようになりました。
子供にとっては唯一宿題のない嬉しい春休みですが、我々ビジネスマンにとってもブチ嬉しい期間ですよね。

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2008年3月26日 (水)

今朝の桜並木 ~ 3月26日

うちの近所の桜並木ですが、昨日からずいぶん変化しました。

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ついに花が咲き始めたのです。

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東京からすると4,5日遅れているんでしょうか?
やっと1分咲きといった感じです。

これからどんどんきれいになっていくんでしょうね。

余談ですが、写真に写っている小学生軍団、今日が終業式なんです。
埼玉県の公立小学校統一のようなんですが、ちょっと遅い感じがしません?

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2008年3月25日 (火)

霧中の出勤

    今朝、東京、埼玉地方は久々に濃い霧が立ち込めていましたね。

私の通勤路線である武蔵野線はただでさえ止まりやすい路線なんですが、今朝窓から見た外の景色を見て「これはひょっとして」と思い、早めに家を出ることにしました。

案の定、電車は遅れていたんですが、ホームに立った瞬間10分遅れの電車が来て、しかも濃い霧の中徐行運転することもなくすんなり、というかいつもより早く出勤することができました。

これはこれでよかったんだけど、逆に拍子ぬけした感じがした霧中の出勤でした。

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ちなみに上の写真は我が家の近所で通勤路なんですが、桜並木が美しい道路です。
都内ではもうかなり開花しているようですが、うちの桜はまだほとんど咲いていません。
今週末くらいが見頃なのかな。

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2008年3月24日 (月)

クラシックコンサート

昨日、久々にクラシックのコンサートを聴きに行って参りました。

東京フィルハーモニー交響楽団による本格的なやつ。

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どれくらい久々かというと、たぶん中学生以来じゃないかと思うので、約30年ぶりということになります。
そういえば30年前も東京フィルだったような気が...

当時は結構クラシックを聴くのが好きで、ベートーベンの交響曲は全部レコードを持ってたりしたんですが、田舎(諫早)の体育館(当時は文化会館がなかったもんで...)に東京フィルが来るっていうんで親に連れて行ってもらった記憶があります。
コンサートに行ったあと指揮者のカッコよさに影響されて、自宅でベートーベンの交響曲をかけながらよく指揮者の真似ごとをしていたのを思い出しました。

さて、3月23日(日)和光市民文化センターで行われたコンサート。
実は最初はあまり乗り気ではなかったのですが、終わってみるとやっぱり大感激。

演奏曲目は、
○ブラームス:悲劇的序曲
○モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番
○マーラー:交響曲第1番「巨人」

マーラー以外は初めて聴く曲でした。
でも、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章はよくテレビなんかで流れている曲で馴染みのあるものでした。

ピアニストの小山実稚恵さん、プロなので上手いのは当然なんですが、あの指の動きは生で見ると.感動的ですね。
曲風もあるんでしょうが、力強いのではなく、とてもやさしいタッチながらメチャメチャ早くて滑らかといった雰囲気でした。
あと、ピアノを弾いていない時、オーケストラの音に合わせて体を揺らしながら聞き入っていた姿が印象出来でした。

今回の指揮者は、「金聖響(きむ せいきょう)」という人でした。
日本人っぽくない名前なんですが、大阪生まれの日本人です。
「聖響」なんて、指揮者をやるために付けた名前みたいですよね。
芸名じゃないかと思いましたが、調べたら在日韓国人3世なんだそうです。
なんと、女優のミムラさんが奥さんなんだとか。

パンフに経歴が紹介してあったんですが、ボストン大学哲学科からニューイングランド音楽院大学院指揮科修士課程を経て、ウィーン国立音楽大学指揮科修了。
1998年にデンマークコペンハーゲンで行われた若手指揮者の登竜門である「ニコライ・マルコ国際指揮者コンクール」で優勝。
まるで、「のだめカンタービレ」の千秋みたいな方ですね。

最後のマーラー「巨人」は、生で聴くと迫力満点。
全曲通して聴いたのは初めてでしたが、CDなんかで聴くのとはやっぱり全然違う。
迫力が音の振動となって、体にビンビン伝わってきました。
80分近くあるんですが、全然長いとは感じませんでした。
通して聴くと、まるでSFファンタジー映画を観ているような感覚を味わうことができました。

いや~、ほんとに良かった。
金聖響+東京フィル、サイコー!!
また近いうちに絶対行こう。
あと、マーラー「巨人」のCD買おうっと。

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2008年3月15日 (土)

「由布院」と「湯布院」

今回、大分県由布市に出張したわけですが、行く前から気になっていたことがありました。

それは、「由布院」と「湯布院」。

温泉名は正式には「由布院温泉」。
でも「湯布院温泉」の表記も見かける。

JRの駅名は「由布院駅」。

高速道路は「湯布院IC」。

役所は「由布市役所湯布院庁舎」。

小学校は「由布院小学校」なのに、
中学校は「湯布院中学校」。

美術館は「由布院美術館」。

そして自衛隊は「陸上自衛隊湯布院駐屯地」。

どちらも「ゆふいん」には違いないんですが、漢字表記の使われ方にどうも一貫性がない。

なぜ、2つの「ゆふいん」が存在するのだろうと思い、いろいろ調べていくと、どうも現在の由布市になるまでの市町村合併の歴史を紐解いていくことで理由が見えてくることがわかりました。

まず、今の由布市が施行されたのは2005年(平成17年)10月1日。
いわゆる平成の大合併により、大分郡のうち湯布院町、挾間町、庄内町の3つの町が合併して誕生しました。
つまり、今の由布院温泉がある地域はそれまでは「湯布院町」だったということになります。

さらに遡ること50年。
1955年(昭和30年)2月1日、当時の由布院町と湯平村が合併して「湯布院町」が発足。
ということは、それまでは今の由布院温泉がある地域は「由布院町」だったということになります。

1936年(昭和11年)4月1日に北由布村と南由布村が合併して由布院村が誕生しているので、「由布院」という地名はこの年から始まったことになります。

さて、最初に並べたいろんな名前の漢字表記についてですが、
それぞれが誕生した時代の地名がどちらだったかによって決められたのではないかという仮説を立てることができます。

さっそく調べてみましょう。

僕が調べている間、狭霧台から見た湯布院の風景をお楽しみください。

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さて、まずは由布院駅。
もともとは「北由布駅」だったのですが、1950年(昭和25年)1月1日に現在の由布院駅に改称。
なので、由布院駅の名称がつけられた時は「由布院町」。

次に湯布院IC。
湯布院ICが誕生したのは、1989年(平成元年)7月20日に大分自動車道湯布院IC~別府IC開通により誕生。
なので、湯布院ICが誕生した時は「湯布院町」。

次に、由布院小学校と湯布院中学校。
ネットではいつ設立されたか探し当てることができませんでしたが、どちらも昭和30年代に卒業した人たちの同窓会が存在することから、
どちらも誕生時は、おそらく「由布院町」か「由布院村」。

中学校が仮説と合いませんが、貴重なコメントを発見。

「昔、由布院町と湯平村が合併して湯布院町となりました。それから町内に1つしかないものは湯(例えば中学校は1校なので、湯布院中学校)、2つ以上あるものは昔のままの由を使っています(小学校は3校あるので由布院小学校)。」

参考URL : http://www.windsnet.ne.jp/staff_room/44.html

つまり、昭和30年湯布院町が施行されたのに伴い、由布院中学校から湯布院中学校へ改称されたらしいのです。

次に由布院美術館。
この美術館は湯布院で亡くなった放浪の詩人画家、佐藤 渓という人物の作品を展示することを目的に、1991年(平成3年)7月に建てられました。
なので、由布院美術館がたてられた時は「湯布院町」。あれ?

こちらの場合、いくつかの情報を総合すると、1つは公共施設ではないため特に時代の自治体名称に縛られる必要がなかったこと、そして、由布岳、由布院温泉という自然や歴史の重みを感じさせるのは「湯布院」ではなく「由布院」であったことから、「由布院」の表記を採用したと思われます。
(違っていたらゴメンナサイ)

最後に陸上自衛隊湯布院駐屯地。
こちらは、昭和31年1月に駐屯地が開設されました。
なので、湯布院駐屯地が開設された時は「湯布院町」。
もし、駐屯地開設があと1年早かったら、由布院駐屯地になっていたのかも知れませんね。

ということで、一部私立の施設を除き、最初に立てた仮説がほぼ成り立つことが証明されました。

ん~、すっきり!!

~~~自己満足の世界に陶酔中~~~。

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2008年3月14日 (金)

金鱗湖 ~ 「泉」と「暖温啼」

前回、大分県は湯布院にある金鱗湖をレポートしましたが、今回は金鱗湖のほとりにある、僕が入った2軒の店を紹介します。

1軒目は蕎麦処「泉」。
金鱗湖の湖畔に立つこのそば屋さんは「古式手打そば」が売り文句で、この辺りではかなり人気の店のようです。

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僕が入店したのも1時を過ぎていたんですが、ほぼ満席状態でした。
早速「せいろそば大」を注文。程なく3段重ねのそばが運ばれて来ました。

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この日は北海道白老産のそば粉を使っているということですが、十割そばでありながらすっきりとしていて歯ごたえもあり、3枚ペロリと平らげました。
ちなみにおなじ由布市内に「遊験館」というそば道場もやってるそうです。

http://www.yufuin-izumi.sakura.ne.jp/index.html

2軒目は喫茶店「暖温啼」。
「ダンディー」と読みます。

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入り口のドアをくぐるとゆったりとした空間が広がっています。
そして目に飛び込んでくるのは大きな暖炉。

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この寒い時期には実際に薪がくべられていて、店全体が暖かいムードに包まれています。
暖炉の上にはもはや骨董品と化したラジオやテープレコーダーが並んでいて、レトロな空間を演出しています。

で、早速コーヒーを頂くことに。

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豆はマスターのオリジナルブレンド、自家焙煎、そして挽き立てのコーヒーは薫り高く、ちょっと濃いめでもまろやかな味でとても飲みやすい上品な味でした。

湯布院そして金隣湖を訪れた際には、是非立ち寄ってみてはいかが?

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2008年3月13日 (木)

金鱗湖

大分県湯布院にはとても小さいけれど有名な湖があります。

「金鱗湖(きんりんこ)」という、直径200メートル程の、池と言ってもいいような湖なんですが、ここは湯布院の観光スポットでもあります。
湯量が豊富だと言われる由布院温泉。
この湖底からも温泉が湧き出ているため、湖面を湯気がうっすらと覆い何とも幻想的な雰囲気を醸し出しています。

Photo

実は後で解ったのですが、湖を覆っていたのは湯気ではなく、湖水と空気の温度差により発生した霧なんだそうです。

この湖のほとりに1枚の看板があり、金鱗湖の名前の由来が記されていました。
それによると、もともとこの湖は「岳下の池(岳とは由布岳のこと)」と呼ばれていたのですが、明治17年幕末の儒学者である毛利空桑(もうりくうそう)という人が、この湖に泳ぐ魚の鱗が夕陽に照らされ金色に輝くのを見て、金鱗湖と名付けたのだそうです。
また、大昔はかなり大きな湖だったのですが、度重なる地震と土砂崩れにより今の大きさになったのだそうです。

しばらくこの湖を観賞していると、湖畔に巨大なカモを発見。

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東京の皇居なんかでみるカルガモと比べても2倍以上はありそうな感じでした。
温泉パワーで巨大化したんでしょうかね。

僕が訪れたこの日は平日だったのですが、かなりの観光客が来ているようでした。
そして、この観光客目当てにこの辺りには沢山のお店があります。

次回は僕が今回訪れたお店を紹介します。

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陸上自衛隊日出生台演習場

陸上自衛隊日出生台演習場という所へ行ってきました。

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九州への出張だからと思い、特に防寒対策はしなかったんですが、九州でもこの地域はまだまだ寒く、演習場は雪が積もっていました。

ここは、大分県由布市から玖珠町にまたがる九州では最大の演習場で、東西約15km、南北約5kmというやや東西に細長い形をしているのが特徴です。

3月6日、この日出生台演習場で西部方面隊戦車射撃競技会という大会が実施され、縁あってこの競技会を見学させていただくこととなったのです。

参考 : http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/oita/20080309/20080309_002.shtml

ところで「日出生台」って、何と読むかわかりますか?
「ひじゅうだい」って読むんですよ。
地元の人ならともかく、普通読めませんよね。
「日(太陽)が生まれ出る(出生)台地」。
ん~、何かこのネーミングには神聖な匂いが...
と感じた僕は、この名前の由来を調べようと思いネットで検索したところ...

もともとこの地域の玖珠町部分が日出生という地名であること。
また、別府市の北には速見郡日出(ひじ)町という町があること。
くらいは判ったのですが「日出生」のルーツまでたどり着くことはできませんでした。

が、ひとつおもしろい事実を発見。
かつて大正から昭和の初期にかけて、この大分県に「日出生鉄道(ひじゅう鉄道)」という鉄道が存在していたのです。
構想では、今の宇佐市(日豊本線豊前善通寺駅)から玖珠町(久大本線豊後森駅)まで鉄道を通す計画だったそうで、その途中で日出生台演習場を通ることから「日出生鉄道」と命名されたのだそうです。
鉄道は豊前善光寺から建設スタート。
しかし、志半ばで挫折。
結局吸収合併を経て戦後まもなく廃業の道をたどります。
その経緯をたどると、

1914年(大正3年)5月23日 開業、豊前善光寺~新豊川
1915年(大正4年)12月6日 新豊川~二又川 開通
1919年(大正8年)4月26日 二又川~円座 開通
1922年(大正11年)2月4日 円座~豊前二日市 開通

ここまでは順調でした。ところがここから先は止まってしまいます。
計画の半分も実現しないまま、昭和に入り、

1929年(昭和4年)4月24日 豊洲鉄道に改名
1945年(昭和20年)4月20日 他の近隣鉄道と合併、大分交通豊洲線に改名 
1951年10月14日 台風により第二駅館川(やっかんがわ)橋梁が倒壊、全線休止
1953年9月30日 全線廃止

橋梁倒壊がカウンターパンチとなり廃業へ追い込まれたということらしいです。

参考URL : http://homepage1.nifty.com/pyoco3/oita/hoshu/hoshu.htm

いつものごとく話が脱線してしまったので、話を元に戻します。

当日行われた戦車射撃競技会、やはり間近で見る戦車の射撃は迫力満点。
決められた時間内に数キロ離れた的に対し、正確に射撃を行う。
74式戦車4両1コ小隊が隊長の指示に従い、寸分の狂いもなく走り、撃つ。
さすがに訓練された部隊だけあって、見事に命中する。

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精強な自衛隊の一部分を垣間見ることができた、そんな1日でした。

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