陸上自衛隊日出生台演習場
陸上自衛隊日出生台演習場という所へ行ってきました。
九州への出張だからと思い、特に防寒対策はしなかったんですが、九州でもこの地域はまだまだ寒く、演習場は雪が積もっていました。
ここは、大分県由布市から玖珠町にまたがる九州では最大の演習場で、東西約15km、南北約5kmというやや東西に細長い形をしているのが特徴です。
3月6日、この日出生台演習場で西部方面隊戦車射撃競技会という大会が実施され、縁あってこの競技会を見学させていただくこととなったのです。
参考 : http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/oita/20080309/20080309_002.shtml
ところで「日出生台」って、何と読むかわかりますか?
「ひじゅうだい」って読むんですよ。
地元の人ならともかく、普通読めませんよね。
「日(太陽)が生まれ出る(出生)台地」。
ん~、何かこのネーミングには神聖な匂いが...
と感じた僕は、この名前の由来を調べようと思いネットで検索したところ...
もともとこの地域の玖珠町部分が日出生という地名であること。
また、別府市の北には速見郡日出(ひじ)町という町があること。
くらいは判ったのですが「日出生」のルーツまでたどり着くことはできませんでした。
が、ひとつおもしろい事実を発見。
かつて大正から昭和の初期にかけて、この大分県に「日出生鉄道(ひじゅう鉄道)」という鉄道が存在していたのです。
構想では、今の宇佐市(日豊本線豊前善通寺駅)から玖珠町(久大本線豊後森駅)まで鉄道を通す計画だったそうで、その途中で日出生台演習場を通ることから「日出生鉄道」と命名されたのだそうです。
鉄道は豊前善光寺から建設スタート。
しかし、志半ばで挫折。
結局吸収合併を経て戦後まもなく廃業の道をたどります。
その経緯をたどると、
1914年(大正3年)5月23日 開業、豊前善光寺~新豊川
1915年(大正4年)12月6日 新豊川~二又川 開通
1919年(大正8年)4月26日 二又川~円座 開通
1922年(大正11年)2月4日 円座~豊前二日市 開通
ここまでは順調でした。ところがここから先は止まってしまいます。
計画の半分も実現しないまま、昭和に入り、
1929年(昭和4年)4月24日 豊洲鉄道に改名
1945年(昭和20年)4月20日 他の近隣鉄道と合併、大分交通豊洲線に改名
1951年10月14日 台風により第二駅館川(やっかんがわ)橋梁が倒壊、全線休止
1953年9月30日 全線廃止
橋梁倒壊がカウンターパンチとなり廃業へ追い込まれたということらしいです。
参考URL : http://homepage1.nifty.com/pyoco3/oita/hoshu/hoshu.htm
いつものごとく話が脱線してしまったので、話を元に戻します。
当日行われた戦車射撃競技会、やはり間近で見る戦車の射撃は迫力満点。
決められた時間内に数キロ離れた的に対し、正確に射撃を行う。
74式戦車4両1コ小隊が隊長の指示に従い、寸分の狂いもなく走り、撃つ。
さすがに訓練された部隊だけあって、見事に命中する。
精強な自衛隊の一部分を垣間見ることができた、そんな1日でした。
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