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2008年5月26日 (月)

鹿島神宮 ~ 鹿園とさざれ石

鹿島神宮の本殿の奥、東神門から100メートル程歩いた左側に鹿園があります。

ここには30数頭の鹿が飼育されています。

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鹿と言えば奈良ですよね。
実は奈良の鹿とここの鹿はとっても深い関係があるんです。

説明によると、神代の時代に鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)の所へ、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の命令を天迦久神(アメノカグノカミ)という神様が伝えに来たそうです。
この天迦久神は鹿の神霊ということから、鹿島神宮のお使いは鹿なのだそうです。

西暦767年に藤原氏が奈良の春日大社を創建する際、鹿島神宮から武甕槌大神の分霊を迎えたのですが、そのときその分霊を白い神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて1年がかりで奈良まで行ったのだそうです。
奈良の鹿はこの神鹿がルーツであり、春日大社のお使いも鹿なんです。
つまり、奈良の鹿の祖先は鹿島の鹿ということになるんです。

現在鹿島神宮で飼育されている鹿ですが、幾度か絶滅してしまっているようです。
でも不幸中の幸いと言うべきか、現在の神鹿はなんと奈良の鹿の系統なのだそうです。
これって、いわゆる「逆輸入」ってやつですよね。

ところで、鹿園のすぐ脇にある売店では鹿の餌を売っています。
鹿にあげるものと言えば「鹿せんべい」!!
先日までテレビドラマとして放映されていた「鹿男あをによし」で、黒板に大きな文字で書かれた言葉を思い出しました。
「鹿せんべい、そんなにうまいか」

でも、ここにある餌は普通のにんじんなんです。
にんじんって馬の餌じゃないのなんて思いながらも、とりあえず1カゴ(100円)購入。

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さすがに鹿たちもパブロフの犬状態になっているらしく、カゴを持った人間が近づくだけでこちらにゾロゾロ寄って来る。
柵の間にちょっとだけ隙間があって、そこから鹿たちが口を突き出してきた。

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よく見ると、近くに寄って来た鹿たち、みんな角が生えている。
つまり寄って来たのは全員オスということになります。
一方メスはというと、ニンジンには興味がないのか、はたまたオスをたてて遠慮しているのか、はたまたオスに怒られるから諦めているのか、こちらの方を見向きもしませんでした。
ちょっとだけこちらを振り向いたメスの顔を見た限りでは、諦めムードの表情に見えました...

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さて、鹿園の脇の目立たない場所にごつごつした石が祀ってありました。
これ、「さざれ石」っていうんです。
そう、あの「君が代」の歌詞に出てくるさざれ石のことです。

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  ↑ごめんなさい、肝心のさざれ石の写真撮るの忘れた!

君が代って国歌だし、なにかある度に聞いたり歌ったりしますが、ハッキリ言って歌詞の意味ってよくわかんないって思いません?
僕もハッキリ言って、今までさざれ石ってよく知りませんでした。

漢字で書くと「細石」となります。
石灰石が雨水等で溶けると粘着力の強い液体ができます。
この液体が小さな石が集まった隙間に入り込み小石どうしを凝結させます。
そうして長い年月をかけて大きな岩となったものがさざれ石なのです。

君が代の歌詞をよく見ると「五七五七七」つまり短歌調になっています。
実はこの歌は平安時代の「古今和歌集」に詠まれた「詠み人知らず」の和歌なのです。

諸説ありますが、君が代の「君」とは天皇のこと、なので君が代の歌詞の意味は、

「天皇の時代が、小さな石が大きな岩となり苔が覆うくらい、末永く繁栄がつづきますように」

という祈りがこめられた歌なのです。

へぇ~、こんな意味が込められていたんですね、君が代には。
だから、国歌にするしないの時も賛否両論あったんだ。
僕なんか小さい時は「巌となりて」は「岩音鳴りて」だと思ってたくらいだし。(恥)
(関係ないかっ!)

ついでなので、なぜこの歌が国歌になったのかについても調べてみました。
この歌はもともと、神事や宴席等いろんなお祝いの席で最後に歌われる祝歌として全国へ広がっていき、浄瑠璃などにも取り入れられるなど、昔からかなりポピュラーな歌だったようです。

明治の初めまで、日本には国歌は存在していなかったと言われています。
そのころ世界の列国には国歌があり、日本にも国歌が必要との判断から、明治2年当時薩摩藩砲兵隊長で後に初代陸軍元帥となった大山巌という人物が薩摩琵琶歌の一節からこの歌詞を選定。
また、当時英国公使館護衛のため軍楽長として来日していたフェントンが作曲したといわれています。
ただし、現在歌われている曲はフェントンのものではなく、明治13年に宮内省雅楽課の林広守らによって新たに曲がつけられたものです。
鹿島神宮の解説では明治26年に国歌に制定されたとありますが、正確に言うとその年に当時の文部省告示により「祝祭日奉唱歌」8曲のうちのひとつとして指定されたのだそうで、国歌として制定されたという訳ではなさそうです。
そしてそれを受け、明治33年小学校令施行規則で紀元節、天長節、元日に君が代を歌うことが定められました。
これにより今日に至るまで各地で歌い継がれた結果、現在の君が代が国民の歌、すなわち国歌に準じるものとして定着したのではないかと言われています。

あとはご存じの通り、平成11年8月13日に「国旗及び国家に関する法律」が制定、施行され、「君が代」が正式に国歌として制定されたのです。

君が代を国歌として認める認めないについては、ネットでも相変わらずいろんな意見が飛び交っているようですが、僕個人的な意見を言わせてもらうと、実際いろんな式典やスポーツの表彰式等でこの歌が流れていますし、慣習として君が代が世界の常識でいう国歌と同様の位置づけになってしまっている訳ですから、歌詞の意味はどうあれ国歌でいいんじゃないでしょうか。

まあ、歌いたくない人は歌わなきゃいいんだし、国歌として認めたくないっていうんならそれでもいいんじゃない、って思います。
ただし、それを主張するのは自由ですが、人に強要するのは余計なお世話ですよね。

だって、「答えはひとつじゃない」んだから。

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