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2008年7月14日 (月)

陸上自衛隊八重瀬分屯地 ~ 六高祭

6月29日(日) 陸上自衛隊八重瀬(やえせ)分屯地へ行ってきました。

陸上自衛隊第6高射特科群 創隊36周年記念行事への参加でした。

04

ここの記念行事は通称「六高祭」と言われており、毎年この時期に行われます。

ところで、八重瀬分屯地とはどこにあるかというと、沖縄県沖縄本島、那覇市の南、糸満市の東に位置する、沖縄県八重瀬町というところにあります。
那覇市の中心部から車で行くと約40分程かかります。

実はこの八重瀬分屯地、平成17年までは「与座分屯地」と呼ばれていました。
平成18年1月1日に島尻郡東風平町と島尻郡具志頭村が合併して「八重瀬町」が誕生したのに併せ、分屯地名も「八重瀬分屯地」と改称したのです。

 (東風平は「こちんだ」、具志頭は「ぐしかみ」と読みます。
  わかってました?
  沖縄の地名も北海道に匹敵する難解さですよね。)

ちなみに、この八重瀬分屯地のすぐ南に「陸上自衛隊南与座分屯地」があるのですが、ここは合併前も合併後も「南与座」のままです。

また、八重瀬分屯地の西側には「航空自衛隊与座岳分屯基地」という基地があるのですが、こちらも昔のままです。

なぜ与座分屯地だけが改称されることとなったのか、正確なところはわかりません。
これは想像ですが、このあたりでは一番大きいこの八重瀬分屯地が八重瀬町を守る役割を担っていることから、地域密着を目指す自衛隊としては与座分屯地のみを新しい町名と同じ「八重瀬」に改めたのではないかと思います。

ところで、36年前の出来事と言えば...

昭和47年5月15日。
そうです。
沖縄がアメリカから返還された年です。
すなわち第6高射特科群は沖縄本土復帰の年とともに活動を開始したことになるのです。

ただし、総隊当初からこの八重瀬にあったわけではありません。

昭和47年8月1日、まず、本部隊の前身となる第124特科大隊が朝霞で編成されました。

そして、翌48年1月から3月にかけて、那覇駐屯地(今の第1混成団がある場所、那覇空港の隣)に移駐してきました。

同じ昭和48年4月13日、今の八重瀬分屯地(当時の与座分屯地)の開設とともに現在の第6高射特科群が移駐、現在の形ができあがりました。

さて、この六高祭ですが、他の記念行事とは決定的に違う特徴があります。

それは、開始時間が夕方だということです。
一般的な記念行事は午前中10:00頃から始まるのですが、やはりこの時期の沖縄ってことで、涼しくなる夕方から始めることにしたらしいです。
そしてその行事の内容はというと、

1720 記念式典
1810 六高エイサー
1815 音楽隊演奏
1840 祝宴

という流れになります。

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六高エイサーとは、この第6高射特科群の有志によるエイサー(沖縄の踊り)のことで、さすがに自衛隊だけあって踊りにキレがあり、とても勇壮な感じを受けます。
式典のプログラムの他、祝宴の中でも披露していました。

03

祝宴ではこのエイサーの他にも、琉球舞踊や沖縄版獅子舞(正式な言い方がわからないもんで。。。)等いろんな出し物があって、かなり楽しめる祝宴でした。

02

六高祭が終わり、送迎バスに乗ってホテルに到着したのは21時過ぎ。

いくら暑い沖縄でも、夜の風は結構心地よかった「六高祭」レポ-トでした。

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