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2008年9月29日 (月)

陸上自衛隊霞目駐屯地

2008年9月28日(日)陸上自衛隊霞目駐屯地へ行って来ました。
霞目は「かすみのめ」と読みます。

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宮城県は仙台市に所在する駐屯地です。

今回訪れたのは、この日で行われた東北方面隊創立48周年記念行事への参加が目的でした。

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と言っても、東北方面隊の総監部はこの霞目駐屯地ではなく、ここより北へ3㎞程のところにある仙台駐屯地にあります。

方面隊の創立記念行事が総監部の所在する駐屯地とは違う場所で行われるのは、この東北方面隊だけじゃないでしょうか。

というのもここは元々飛行場なので、飛行場のエプロンと滑走路を使って式典を始めいろんなイベントが行われます。
当然他の方面隊と比べてもかなり大規模な行事を行うことができるんです。

その記念行事の内容に入る前に、まずは霞目駐屯地について少し調べてみましょう。

ここ、霞目駐屯地には主要部隊として2つの部隊があります。

ひとつは東北方面飛行隊、もうひとつは東北方面輸送隊です。

東北方面航空隊は各種ヘリコプターを保有する東北方面隊最大の航空科部隊です。
今年6月に起きた岩手・宮城内陸地震の際にも大活躍した部隊です。

東北方面輸送隊は東北方面隊最大の輸送科部隊で、人員・食糧から戦車や火砲までを運ぶ、東北における自衛隊活動の物流の要となる部隊です。

 

次に霞目駐屯地の歴史について。

この地は、昭和10年5月に仙台飛行場としてスタートします。

当初は陸軍飛行学校の練習用飛行場として使われていたようですが、昭和12年4月に定期旅客便も運航されるようになりました。

東京-札幌を結ぶ路線の中継地だったとのことです。
当時は一気に札幌まで行くことができなかったので、ここ仙台と青森を経由していたそうです。
当時、東京と仙台の間は2時間弱かかったそうで、現在の新幹線と同じ所要時間だったことになりますよね。

しかも飛行機も小型で旅客は6人しか乗れず、また天候が悪いとすぐ欠航になるなど、あまり便利なものではなかったらしいです。
事実初フライトであった昭和12年4月1日も、東京から仙台へは到着したものの最終目的地である札幌が雪のため、その先は運航中止になったそうです。

太平洋戦争中の昭和19年4月からは陸軍航空部隊の拠点として、また終戦から約12年間は米軍駐留を経て、昭和30年12月に陸上自衛隊多賀城駐屯地霞目分屯地として自衛隊の歴史が始まります。

米軍が完全撤収したのが昭和32年5月、そしてその年の12月に陸上自衛隊霞目駐屯地として現在に至ります。

霞目駐屯地の中には「飛翔」という名の資料館があって、過去の歴史や航空機の模型などが展示してあります。
また、駐屯地の中には過去に活躍した航空機の実物も飾られています。

正門を入ってすぐ右手の場所には陸上自衛隊が持つ数少ない固定翼機「LR-1」が展示してありました。

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この飛行機は三菱重工業が戦後ビジネス機として発売したプロペラ機「MU-2」を陸自向けに改造したもので、陸上自衛隊では輸送と偵察を目的として配備されました。

機体には「NE」そして「22008」と書かれているので、東北方面隊に配備されたもので、陸自としては8番機ということでしょうか。

このような歴史を持つ霞目駐屯地ですが、この場所は仙台市中心に程近い場所にあることから、週末は地元のグライダークラブが拠点として使用しているそうです。

仙台グライダークラブ : http://www4.ocn.ne.jp/~gli/glider/index.htm

週末にグライダーに乗って仙台の空を満喫するなんて、なんかいいですよね。
鳥になった気分になれて、いかにも優雅で高尚な趣味って感じで。

ただし、お金もかかりそうですけど...

以上、霞目駐屯地についてでした。
次回はここで行われた記念行事をレポートします。

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2008年9月26日 (金)

今津駐屯地記念行事

前回に続き、今回は今津駐屯地の創立記念行事についてレポートします。

9月21日(日)朝、京都市内のホテルを8時前に出発しました。

朝の天気予報では関西地方は雨。
しかも、京都、大阪地域には大雨洪水警報が出ている。

京都市役所前で地下鉄東西線に乗り、山科駅で乗り換え。
山科駅で乗り換えの電車が来るまで30分程あったので、駅前のロッテリアでコーヒーを飲む。
すると、雷とともに激しい雨が降って来た。
こりゃあ記念式典としては最悪の天候だなぁ、と思いつつ山科から湖西線に乗り近江今津駅へ向かう。

今津駅で自衛隊の送迎バスで今津駐屯地へ到着。

駐屯地に着いた時は小雨に変わっていました。

記念式典は予定より10分程遅れて開始。
一応招待席にはテントが張ってあったので雨が降ってもなんとかなりそう。
雨はここにきて奇跡的に降っていませんでした。

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前回お伝えしたようにこの今津駐屯地は戦車部隊主体の駐屯地なので、観閲行進の中心も当然戦車です。

全部で40両くらいの戦車が登場したんではないでしょうか。

戦車の他には96式装輪装甲車(WAPC)、中部方面移動監視隊が保有する地上レーダ装置1号、そして戦車直接支援隊が保有する78式戦車回収車などが登場してきました。

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       (地上レーダ装置1号)

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       (78式戦車回収車)

式典はなんとか無事に終わり、次は訓練展示です。

訓練展示の準備が行われている間、会場では第3音楽隊による演奏が行われました。

このいわゆる幕間のイベントは音楽隊の演奏だけだと思っていたんですが、
この後もうひとつサプライズなイベントが用意されていました。

なんと梅花学園によるチアリーディングです!!!

  梅花学園とは、大阪市茨木市および豊中市にある学校で、
  幼稚園から大学院まで揃える女子高なんです。

    梅花学園HP : http://www.baika.jp/

  特にチアリーディングでは有名で、数々の大会で優勝しているそうです。
  なんと、大学では「チアリーダー推薦入試」という制度まで設けているそうですよ。

今回はこの式典のために用意したオリジナルプログラムを披露してくれました。

自衛隊の式典とはとても馴染みのないイベントですが、周りのオジサンたちもとっても喜んでいました。
僕も生で見るのは当然初めてだったので、とても感動しました。
 (鼻の下が伸びていなかったかちょっと心配でしたけど...coldsweats01

残念ながら、写真、ビデオは撮影厳禁と言われたため、マイカメラに収めることはできませんでした...ほんとに残念。

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(この写真は撮影禁止のアナウンスが流れる直前の写真。
  このあとのオリジナル演技は素晴らしかった。。。shine

訓練展示の内容ですが、ストーリーとしては他の駐屯地記念行事とあまり変わらない内容なんですが、やはり戦車部隊だけあって登場するのはほとんど戦車のみ。
歩兵部隊は一切登場しません。

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第3戦車大隊と第10戦車大隊が協力するかたちで敵の陣地を撃破する様子を展示していました。
最後に両部隊の戦車が撃破した敵陣地の前に集結した姿は圧巻でしたよ。

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結局最後まで雨が降ることはありませんでした。

本当に奇跡的な天気で大ラッキーな今津駐屯地記念行事でした。

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2008年9月22日 (月)

陸上自衛隊今津駐屯地

昨日(9月21日)、陸上自衛隊今津駐屯地へ行ってきました。

駐屯地創立56周年記念行事への参加が目的です。

今津駐屯地は滋賀県高島市に所在する駐屯地です。

最寄りの駅はJR湖西線の近江今津駅。
駅のホームからも遠くに琵琶湖を望むことができました。

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東京からだと、まず東海道新幹線で京都まで行きます。
そこから湖西線に乗り、琵琶湖を右に眺めながら約1時間程で着きました。

今回は記念行事とのことなので、駅に送迎バスが出ていました。
それに乗り、約15分ほど山を登った所に今津駐屯地はありました。

さて、今津駐屯地は滋賀県に唯一存在する自衛隊です。
ここには、第3戦車大隊と第10戦車大隊が駐屯しています。

第3戦車大隊は第3師団(師団司令部:兵庫県伊丹市)隷下の部隊、
第10戦車大隊は第10師団(師団司令部:愛知県名古屋市)隷下の部隊。

すなわち、この今津駐屯地は異なる師団の隷下部隊が1つの駐屯地に存在する、とても珍しい駐屯地なんです。

通常師団は隊区(防衛任務を担当する区域のこと)がきれいに分けられていて、各部隊はその隊区の中に所在しているのが通常なんです。
滋賀県は一応第3師団の隊区となっているので、第10戦車大隊は10師団隷下でありながら、第3師団の隊区にお邪魔していることになる訳です。

なぜ、このような現象が起きてしまったかというと、あくまでも僕の予想ですが、戦車部隊ならではの理由なんじゃないかと思います。

  戦車部隊に限らず自衛隊が訓練するのは演習場であることが殆どなんですが、
  戦車は装軌車であるため駐屯地と演習場が隣接している必要があります。
  だって、キャタピラ着けたまま道路を走る訳にもいきませんし、
  輸送車に乗っけて運ぶのも大変でしょ。
  しかも射撃ができる広さの演習場が必要です。

  第10師団が管轄する中部、東海地方にもいくつか演習場はありますが、
  戦車部隊が動き回れるような大きな演習場はないみたいなんです。
  一方、今津駐屯地に隣接している、饗庭野(あいばの)演習場は中部方面隊の
  中でも大きい方の演習場で、戦車部隊が動き回って射撃できそうなくらいの広さ
  はありそうです。

ということで、第10戦車大隊がこの今津駐屯地に駐屯することになったのだろうと推測します。

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(上の2枚の写真。わかりますよね、3戦車と10戦車の違い)

余談ですが、2つの戦車大隊が同じ駐屯地に所在しているところはもう一つあります。
大分県の玖珠駐屯地で、第4戦車大隊と第8戦車大隊が一緒にいます。
こちらも日出生台演習場という九州では最も大きな演習場と隣接している駐屯地なんですよ。

さて、話を変えて、まずは今津駐屯地の歴史について。

今津駐屯地は、昭和27年に今津特別訓練隊として発足しました。

その後昭和29年に第3特車大隊が新編。

ところで、「特車」とは言うまでもなく「戦車」のことです。
  特別訓練とか特車とか、このころ「戦車」という言葉を使ってないのはどうしてでしょう。

  自衛隊の前身は警察予備隊(昭和25~)、保安隊(昭和27~)と名称を変え、
  昭和29年6月に現在の自衛隊という名称になりました。 

  当時は戦争を放棄した日本が軍隊をもつべきかどうか等、いろんな議論が展開
  されていたようです。
  そんな中、「戦車」という言葉自体が戦争や侵略をイメージさせる言葉だとして
  拒否されたのでしょう。

  「特車」という言葉が出てきた背景はこのような理由からだと思われます。

  しかし、自衛隊の発足とともに「戦車」という呼び方が復活しているので、
  「特車」時代(?)は意外と短かったようです。

昭和37年に、第10戦車大隊と第13戦車大隊が新編。

昭和40年に第13戦車大隊は日本原駐屯地へ移駐します。

  

第13戦車大隊は第13師団(現在は旅団)の隷下部隊なので、昭和37年から昭和40年までの約3年間は3つの師団の戦車部隊がこの今津に集結していたことになりますね。

途中は割愛させていただき、
平成20年3月に全国で初めての中部方面移動監視隊が新編され現在の体制となっています。

今津駐屯地についてのうんちくはこれくらいにしておいて、今回の記念行事について。

と思ったんですが、ここまででかなり長くなってしまったので今回はここまで。

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