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2008年10月 7日 (火)

二式大艇 in 鹿屋

先日、海上自衛隊鹿屋基地へ行ってきました。

ここは戦前からの海軍基地、そして特攻隊の前線基地としても有名です。

最近では知覧の方が有名になっている感もありますが、鹿屋基地の方に言わせるとあそこは陸軍の特攻基地であり、実はこちら海軍特攻基地である鹿屋の方が多くの特攻隊が飛び立った前線基地だったんだよと言われました。

じゃあ、なぜ知覧の方が有名になったんでしょう。

詳しいことはわかりませんが、知覧の方が鹿児島市に近いし、指宿との間にあるから観光コースに組み込みやすいこと。
あと、知覧には武家屋敷もあってセットで観光できること。
あと、穿った見方ですが、鹿屋は自衛隊(=国)が運営していて入場料も無料なため、旅行代理店にとってもメリットがないなんてことも理由のひとつなんでしょうかねぇ。

それはさておき、鹿屋基地のレポートは次回にとっておくことにして、今回は鹿屋基地に隣接している鹿屋航空基地史料館にある気になった飛行機について取り上げたいと思います。

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ここの目玉はなんといっても零戦なんですが、今回僕が最初に取り上げたいのは「二式大艇」と言われる飛行機。
ここ鹿屋航空基地史料館に展示されている航空機の中で、4年前ほどから展示されている最も新しいもので、ひときわデカく、そして美しいフォルムで佇んでいました。

正式には「二式大型飛行艇12型」と呼ばれるもので、戦時中日本が誇る大型飛行艇です。

零戦は国内数か所で見ることができますが、この二式大艇はここ鹿屋でしか実物をみることができないんです。

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この二式大艇の生い立ちは、太平洋戦争に遡ります。

本機の前身である「九七式飛行機」が昭和13年に採用されましたが、日本海軍はその後継機の開発を九七式飛行艇を開発した「川西航空機」(現新明和工業)に命じます。
そして、昭和15年に試作機が完成ののち昭和17年に正式化されたのが「二式飛行艇」です。

当時は世界一の高性能と言われた大型飛行艇です。
その主な性能諸元は次の通り。

全長:28.1メートル
全幅:38.0メートル
全高: 9.2メートル
最大速度:453.2km/時
航続距離:最大7,152km

偵察、策敵、哨戒、輸送といった長大な航続距離を生かした作戦や任務に用いられた、多方面で活躍した名機です。

本機は改良型も含め、終戦までに167機作られました。
開発そして量産のスピードとも今と比べるととてつもなく早いと思いませんか?

しかも出来上がった二式大艇は当時としては画期的なスピードと航続距離を誇る名機として世界を震撼させる程で、太平洋戦争の当初は連合軍からとても恐れられていたようです。

鹿屋航空資料館では、その活躍の一端として、梓特別攻撃隊への参加が紹介してありました。

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「第2次丹作戦」と呼ばれるこの作戦は、太平洋戦争末期の昭和20年3月に行われた作戦です。

その前の月の2月、関東地方を襲った爆撃機が、空爆を終え帰還した場所がカロリン諸島ウルシー基地であると断定。
4年前に行った真珠湾攻撃での戦果を忘れきれない日本海軍は、翌3月にそこへの奇襲作戦を計画します。
ちなみに、カロリン諸島とは現在のミクロネシア連邦にあり、日本からは南へ約3000km、グァム島からさらに約700km程南に位置します。

この計画を実行するため日本海軍は鹿屋基地に司令部を置く「第5航空艦隊」を編成しました。
そして、この計画を実行する作戦を「第2次丹作戦」と呼び、この作戦を実施する部隊は「菊水部隊 梓 特別攻撃隊」と命名されました。

ウルシー基地まではあまりにも遠く、戦闘機では往復できる距離でないことから必然的に特攻となります。
海軍戦闘機「銀河」24機が選抜されました。
ただし、戦闘機のみでは夜間の長距離飛行は困難なため、その誘導機として選ばれたのがこの「二式大艇」3機だったのです。

二式大艇3機のうち1機は気象観測用、残りの2機が道案内用でしたが、道案内用のうち1機が早い段階で離脱、
また、銀河も目的地までたどり着けたのは15機だったようです。

戦果は、米空母「ランドルフ」に突撃。
撃沈まではできなかったようですが、大破させたと記録にあるようです。

このように当時活躍した二式大艇ですが、戦況の悪化とともに次々に撃墜され、終戦時にはたったの4機しか残っていなかったとか。
しかもそれは米軍に奪われたもので、米軍はそのうちの3機を破壊、残った1機を本国に輸送して調査したそうです。
そのとき米軍はこの飛行機の圧倒的な性能にあらためて驚愕したそうです。

その後、1979年になり日本へ返還されました。
このときの尽力者が、当時船の科学館初代館長だった、かの笹川良一氏だったそうです。
そしていたんだ箇所が修復、復元された後、そのまま船の科学館で展示公開されていました。

この鹿屋基地に二式大艇が移管されたのは2004年3月
それ以来、世界で唯一生き残った二式大艇はここ鹿屋でしか見ることができないのです。

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何はともあれ、この二式大艇、機体のフォルムが実に美しいと思います。

特に船底を思わせるような機首下部の滑らかな形は、思わず見とれてしまいました。

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戦争には負けましたが、軍事技術では勝っていたのかも知れませんね。

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コメント

初めまして、アニメ版両津勘吉です。
二式大艇カッコイイですね。 US-1も二式大艇と似ていますが、少し細い感じがしますね。 それに対し二式大艇は太い感じがします!
二式大艇を初め、零戦や隼、飛燕、雷電、紫電改、九七式戦闘機、一式陸攻等こんな優れた飛行機を沢山造ってたなんて・・・・・、当時の日本はまさに米国やイギリス等と並ぶ世界一の航空大国だったんですね。
二式大艇って現在の最新鋭旅客機で言うと、どの機種あたりの大きさでしょうか・・・・・?

投稿: アニメ版両津勘吉 | 2012年7月18日 (水) 18時29分

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