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2008年10月14日 (火)

加茂みたらし団子

以前から行きたかったお店のひとつだった所へ行ってきました。

「加茂みたらし団子」

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それは、みたらし団子発祥の地と言われるお店です。

そもそも、みたらし団子ってなんで「みたらし団子」って言うかわかりますか?

「みたらし」を漢字で書くと、「御手洗」です。

「おてあらい」(=トイレ)じゃないですよ。

「御手洗」というのは神社なんかにある場所で、参拝する前に身を清める場所。
そうそう、柄杓で水をすくって手を洗うでしょ?
中にはウガイまでする人がいたりする所。

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この場所のことを「御手洗(みたらし)」って言うんですよ。

みたらし団子の「みたらし」はある神社の御手洗からとったと言われているんです。

その神社とは、京都市内にある「下鴨神社」というところです。
聞いたことある人も多いんじゃないかと思います。
だってここは今や世界文化遺産のひとつなんですよ。

下鴨神社のレポートもそのうち詳しくしようと思っていますのでお楽しみに。
(って、誰も楽しみにしてないか)

そして、このみたらし団子を食べられる場所こそが、その下鴨神社のすぐ横にある
「加茂みたらし茶屋」というお店なんです。

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お店のメニューに、みたらし団子の由来が載せてありました。

それによると、

下鴨神社には清泉が湧き出る「みたらしの池」があります。
この池は京都三大祭りのひとつ「葵祭り」の際、祭の主役である「斎王代」が祭の前日に禊(みそぎ)を行う場所で、その時に湧き出す水玉はまず一つ浮き、やや間をおいて3つ4つ湧き出すそうで、その様を形取って作られたのが由来だと言われています。

とここで、祭りの主役の「斎王代(さいおうだい)」って何?
って疑問を持った人のために、ちょっと調べてみました。

「斎王代」は「斎王」の代理のことです。
では、斎王とは何かというと、あるサイトの説明によると、

天皇に代わって伊勢神宮の神事に参加するために、天皇の即位に合わせて天皇の娘や姉妹等の身内から選出された未婚の女性のことなんだそうです。
歴史上記録に残っているのは、673年天武天皇の代に任命された大来皇女から1333年後醍醐天皇の代の洋子皇女まで660年続いたとあります。
斎王は京都で約三年の禊ぎの期間を経た後、9月15日~17日の伊勢神宮神掌祭に参加するために、今日から5泊6日かけて数百人の規模で伊勢に赴きます。
なお、斎王が任を解かれて帰京するのは天皇の代替わりの時だということです。

下鴨神社では810年から1204年まで、この斎王の代理として斎王代を立て、神事である葵祭りの主役としていたのだそうです。
当然斎王代の選出基準は皇族の未婚女性です。
現在京都の三大祭りとなった葵祭りですが、現在選ばれる斎王代も未婚女性の中から選出されるそうです。
ただし皇族ではないようですが...

斎王代の話はこれくらいにして、団子の話に戻りましょう。

加茂みたらし団子の特徴は、1本の串に5個の団子が刺さっていること、
そして、そのうちの1個だけ他の団子と離れて刺さっていることです。

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これには意味があるんです。

この5個の団子は人間の五体を表わしているのです。
ひとつ離れているのは、当然「頭」ということになります。

昔はこの団子を神前に供え、祈祷を受けたのちこれを家に持ち帰って食べたのだそうです。
とても神聖な食べ物だったんですね。

今回食べた加茂みたらし団子、1人前3串15個入って400円
ひとりで15個って多い気もしますが、1個1個が思ったより小ぶりなので決して多くはありません。
トロッとした甘いタレがたっぷりかかっていて、タレをすくって食べることができるよう細長いスプーンが添えられています。

正式な食べ方は分りませんが、爪楊枝がついてくるので1個ずつ串から外し、爪楊枝で刺して口に運ぶといった食べ方で食しました。

ただちょっと気になることが...

爪楊枝が一番上の団子に刺さって出てくるんですよね。
この団子って、確か頭の部分じゃぁ...

まっ、いいかぁ。
針治療だと思えば......

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