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2009年9月27日 (日)

陸上自衛隊小平駐屯地記念行事

9月26日(土)は陸上自衛隊小平駐屯地創立55周年の記念行事が行われました。

01

ここには、陸上自衛隊小平学校という教育機関があります。

陸上自衛隊には学校と名のつく機関が14コ程ありますが、学校の名前に地名がついているのは、富士学校とこの小平学校のみです。

小平学校も、もともとは業務学校調査学校という2つの学校でした。

2001年に2つの学校が統合され、現在の小平学校という名前になっています。

さらに歴史を遡ると、

戦時中の昭和17年に、陸軍経理学校が牛込若松台(現在の新宿区若松町)より移転して来たことから始まります。

この経理学校は終戦とともに閉鎖されたので、わずか3年という短い歴史だったことになります。

戦後しばらくはイギリス軍の駐留地だったそうです。

昭和22年に東京地方警察学校が開設、

昭和29年(1954年)に陸上自衛隊小平駐屯地が開設、当時久里浜にあった業務学校と幹部学校が移転してきたことから小平駐屯地としての歴史がスタートします。

当時の業務学校は今でいう調査職種や輸送職種、それと需品職種も扱っていましたが、これらの職種は移転してすぐ、調査学校(小平)、輸送学校(立川→朝霞)、需品学校(松戸)に分離移転されました。

また、昭和31年から35年まで、業務学校と調査学校はここには存在していなく、越中島というところにあったそうです。

その間、ここには海上自衛隊幹部学校と航空自衛隊幹部学校がこの地にありました。

昭和35年に陸海空の幹部学校が市ヶ谷に移転したのと同時に、業務学校と調査学校が再びこの地に帰ってきました

そして、先ほどの2001年に小平学校に統合されるまで、2つの学校が小平駐屯地に所在していたということになります。

なんだかとっても複雑な歴史をもっている小平駐屯地ですが、一貫して共通しているのはすべて学校機関が所在していたということです。

この辺りは住宅街なので、部隊を持ってくるわけにはいかなかったんでしょうか。

02

ところで、小平学校のマーク(校章)ですが、銀杏(いちょう)金鵄(きんし:金色のとび)を組み合わせたものなんですが、銀杏はもともと業務学校の校章、金鵄は調査学校の厚相だったんです。

ちなみに、金鵄とは日本神話に登場する霊長「八咫烏(やたがらす)」の分身だそうで、戦前では「金鵄勲章」というのもあり、特別に功績をあげた軍人などに送られていたそうです。

最後に、現在の本部庁舎はとても古い建物で、なんでも新しい本部庁舎を建設中なんだそうです。

03

祝賀会食場に完成イメージ図が展示してありました。

なんだか式典のレポートは殆どありませんでしたね。

以上、小平駐屯地記念行事レポート、

改め、

小平駐屯地歴史探訪の時間でした。

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