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2010年2月27日 (土)

市ヶ谷記念館 ~ 前編

市ヶ谷にある防衛省は仕事柄よく行く場所なんですが、通称「市ヶ谷台」と呼ばれるこの地に防衛省が六本木から移転してきたのが、平成12年。

つまりちょうど10年前ということになります。

それまで、ここには東部方面総監部(現在は朝霞駐屯地)が置かれていました。

その総監部が置かれていた、通称「1番館」

移転とともに取り壊されたんですが、一部を残して復元され、今では当時の歴史を振り返る歴史博物館として生まれ変わりました。それが、

「市ヶ谷記念館」

なんです。

僕は10年経って初めて、市ヶ谷記念館を見学することができました。

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外観は当時の1番館の正面玄関そのものです。

実は僕も昔の1番館はよく知ってるんです。(古い人間なもんで。。。(-_-;))
昔と違うのは、2階建てではなく、3階建だったこと。
中央部分はさらにもう一段高くなっていて、国旗と時計があったこと、でしょうか。

車寄せの上のベランダみたいになっている場所は、三島由紀夫が切腹自殺を図った場所としても有名です。

ところで、この建物はいつ頃建てられたものなんでしょう。

紹介パンフによると、昭和12年6月陸軍士官学校本部として建設されたそうです。

太平洋戦争が始まると、この建物は大本営陸軍部、陸軍省、参謀本部が置かれ、旧陸軍の本拠地となります。

終戦を迎えると、ここは米軍に接収されることとなりますが、昭和21年5月に開かれた極東国際軍事裁判、通称「東京裁判」舞台、いや法廷となります。

戦後、昭和34年に返還された後、昭和35年からこの建物は「陸上自衛隊東部方面総監部」および陸・海・空各自衛隊幹部学校として使用されてきました。

そして、平成12年5月、防衛省移転とともに、この1番館は約60年という生涯を終えたのです。

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さて、この記念館は戦前に建てられた当時の面影を残す3つの部屋が再現されています。

大講堂、旧陸軍大臣室、旧便殿の間、の3つです。

まずは大講堂に案内されました。

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大講堂はこれまでの市ヶ谷台の歴史を学べる空間になっていました。

ビデオ上映による「市ヶ谷台の歩み」や、明治から昭和にいたる展示品の数々。

これらを見ながら先ほど説明した歴史を勉強できるのです。

ところで、正面のステージのさらに上には、「玉座」、すなわち天皇陛下が座る専用のスペースが設けられていました。

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そして、この玉座に座る天皇陛下をとても大きく見せるために、大講堂そのものの造りにすごい秘密があるんです。

と、ここで前編の終了です。

秘密を知りたい方は、是非後編も読んでね。

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