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2010年3月31日 (水)

陸上自衛隊第15旅団新編行事③

~ 「陸上自衛隊第15旅団新編行事①」を読んでない方はそち らから読んでくださいね ~

3月26日は、沖縄の那覇駐屯地にて陸上自衛隊第15旅団の新編行事が行われました。

午前中は屋外での観閲式、そして午後からは体育館で祝賀会食

祝賀会食が始まるまで、ステージでは琉球舞踊や民謡のアトラクションが披露されていました。

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さて、時間となり祝賀会食がスタート。

主催者挨拶の後、式典にも観閲官として出席されていた北澤防衛大臣が祝辞を述べました。

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今、マスコミで連日のように騒がれている普天間の問題についても若干触れていました。
ただし、沖縄での発言ということもあって、方針めいたものはなく、県民の理解を求めるといった内容です。

そういえば、午前中の式典の間じゅう、ずっと、駐屯地の外から拡声機の声が聞こえていたっけ。
いわゆる反対派の抗議デモです。
何を叫んでいるのかよく聞き取れませんでしたが、「大臣帰れ!」と言っているようなフレーズもあったような気がします。

続いて、新たに第15旅団長となった反怖(たんぷ)陸将補からの御礼と決意の挨拶です。

 

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この後、新たに編成された各部隊長の紹介、そして乾杯と続きます。

乾杯が終わると、北澤防衛大臣はもう会場を後にしてしまいました。
おそらく、次のスケジュールがあるのでしょう。
目の前の御馳走には全然手をつけられなくて残念でしたね。

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っていうか、そんなにさっさと帰らなくてもいいじゃない?
せっかくだから、もう少し懇談していけばいいのに。。。ネ。

さて、最後に祝賀会食で見つけた変わったメニューを2つ紹介します。

ひとつめは、新編記念の特別ケーキです。

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左側には「祝 第15旅団」、左には「祝 那覇駐屯地諸隊」と書かれています。

全体はイチゴのショートケーキです。
後ほど切り分けられたのをいただきましたが、クリームタップリでとても美味しかったです。
これって、隊員さんたちの手作りなのか、それとも特別注文品なのでしょうか。

もうひとつは、いかにも沖縄って感じのメニューです。

それがこちら ↓ 。

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ゲゲゲッ、豚まるごと一匹だ。
子豚の丸焼きってやつですね。

なんだか、頭が付いてると可哀想な気分になってしまいますよね。
かなりグロテスクだし。。。

でも、こちらは専用のタレをつけていただいたのですが、とても美味しかったです。

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最後になりましたが、今回の旅団化に合わせて司令部庁舎も新築されていました

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ちなみに、これまで使っていた隊舎はこちら。

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いやぁ、ずいぶんと立派になったものです。

今回は残念ながら中を見学することはできませんでしたが、近いうちにまた中を見学させていただきます。

第15旅団長、その時はよろしくお願いします!!

(って、旅団長はチンムーって誰か知らないはずでした。。。((+_+))

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2010年3月29日 (月)

陸上自衛隊第15旅団新編行事②

~ 「陸上自衛隊第15旅団新編行事①」を読んでない方はそちらから読んでくださいね ~

さて、3月26日は前日の雨模様から曇りの天気となり、雨の中での式典は逃れられそうな感じでした。

ただし、気温が異常に低い。
天気予報でも、最高気温が15度といってたくらいで、とてもこの時期の沖縄の天気ではない。
2、3日前は最高気温が27度とかだったらしく、えらい違いです。

そんな沖縄にしては寒いくらいの中で、陸上自衛隊第15旅団新編行事は行われました。

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今回の新編行事は、沖縄ということもあって、北澤防衛大臣が出席していました。

防衛大臣が出席しているってことは、式典の観閲官になるってことです。

実は今回の式典には、陸上自衛隊のトップである「陸上幕僚長」、そして第15旅団の上位組織の長である「西部方面総監」も出席していました。
こんな豪華メンバーなら誰が観閲官をやってもいいんですが、防衛大臣がいるのですからしょうがないですよね。
だって防衛大臣は全自衛隊の最高責任者なんですから。

防衛大臣の後ろには、大臣の証である「5つ星」の旗が光ってました。

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新編行事は、まず第51普通科連隊隊旗授与式が行われました。

そののち、第15旅団観閲式が行われました。

観閲式は通常行われる総隊記念行事とほぼ同様です。
違うのは繰り返しになりますが、観閲官が自衛官ではなく防衛大臣だということくらいです。

大臣式辞の後、部隊巡閲、そして最後に観閲行進が実施されました。

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最初に行進するのは他の式典と同様、第15音楽隊です。

そして新しくなった部隊が続々と行進してきました。

まず会場に現れたのは、当然ながら第15旅団長と幕僚たちです。

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続いての入場は、今回あたらしく新編された、「第51普通科連隊」です。

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これらの軽装甲機動車(通称LAV)は新品なんでしょうか。

続いて第15偵察隊、その後にやってきたのは第6高射特科群です。

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第6高射群は、八重瀬、南与座、白川、知念、勝連という5か所の分屯地からなります。
八重瀬には群本部が、その他の分屯地には高射特科中隊があります。

それぞれの中隊には、ホークと呼ばれる地対空ミサイルが装備されていて、これにより上空から攻めてくる敵の航空機を撃墜するという役割を持っています。

さて、この後は後方支援隊通信隊化学防護隊施設中隊等が次々と入場してきました。
そして、車両部隊の最後に見慣れない車がやってきました。

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特に前を走る、一見何の変哲もない白いトラック

ちょっと場違いなんじゃないの、なんて思いつつ、よく見ると、

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トラックには「不発弾処理隊」って書いてあります。

そして、荷台には不発弾らしきものが積載されています。

そう、これが前回お伝えした、「第101不発弾処理隊」だったんですね。

ちなみに、部隊創立以来、ここ沖縄の地で発見され処理した不発弾の数は、なんと、

31223発

重さにして、1611トンになるそうです。

それでもまだまだ不発弾はたくさん眠っているんだそうです。
ある意味怖いですよね。

最後に現れたのは、上空から。「第15飛行隊」です。

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観閲行進が終わると、会場は体育館へ移り、続いて祝賀会食となります。

祝賀会食も、盛大に行われました。

が、その内容は次回にて。。。

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2010年3月27日 (土)

陸上自衛隊第15旅団新編行事①

平成22年3月26日(金)、沖縄にある陸上自衛隊那覇駐屯地というところに行ってきました。

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那覇空港に隣接した場所にあり、正門の前にあるパイナップルハウスが目印です。

また、ゆいレール(沖縄市内を走るモノレール)を挟んだ反対側には航空自衛隊那覇基地、および海上自衛隊那覇航空基地があり、つまりは、那覇空港を取り囲むようにして陸海空それぞれの部隊がいるという、かなり珍しい場所なんです。

沖縄を守る陸上自衛隊は、第1混成団という部隊だったんですが、この26日をもって第1混成団は廃止され、新たに、

「陸上自衛隊第15旅団」

として、生まれ変わったんです。

そして、この日、第15旅団新編行事というのがあり、それに参加してきたって訳です。

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まっ、わかる人はともかく、わからない人からすると何のことやら全くわからないと思いますので、若干解説したいと思います。

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昭和20年8月、第二次世界大戦で日本はアメリカに負け、沖縄は米軍の占領地となりました。

そして沖縄が日本に返還されたのは、それから27年後の昭和47年(1972年)5月15日です。
(ちなみに僕はもうとっくに生まれてましたけど。。。)

翌年の昭和48年10月に、沖縄県にある各島々を守るため、陸上自衛隊第1混成団が編成されたのです。

そんな、第一混成団は沖縄を守るという特性から、他の部隊とはちょっと違った編成になっています。

沖縄は最後の戦場となった経緯から、大規模な空襲を受けた場所でもあります。
なので、本土のあちこちには未だ数多くの不発弾が眠っていると言われています。

不発弾が発見された場合、その処理を安全、確実に行うために組織されたのが、

「第101不発弾処理隊」

です。
ちなみにこの不発弾処理隊というのは全国に2つしかありません。
一つはここ沖縄県、そしてもう一つはどこかというと、埼玉県朝霞市にある「第102不発弾処理隊」です。
そう、有名な「東京大空襲」で大量に落とされた爆弾の不発弾を処理するための部隊です。

そして、第一混成団のもうひとつの特長とは、混成団の中に

「第6高射特科群」

があることです。

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高射部隊とは、読んで字のごとく敵の航空機やミサイルを撃ち落とす部隊なんですが、沖縄以外にある高射特科群は通常、方面隊の隷下部隊なんです。

通常旅団の下には、高射特科中隊がひとつあるだけで、規模も小さいのですが、沖縄の場合は陸上戦に備えるよりも航空攻撃に備える方が重要ということで、主に4つの高射特科中隊からなる「群」という部隊なんです。

さて、今回そんな第1混成団第15旅団として新たにスタートを切ることとなったのですが、何が変わったのでしょうか。

最も変わったのは、隊員数が増えたことです。

混成団から旅団へ、というのはある意味格上げになったと言えるでしょう。
それに伴って、今までなかった新たな部隊ができました。それが、

「第51普通科連隊」

です。

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これにより、第1混成団の定員1800人から第15旅団では2100人と約300名の隊員増となりました。

では、なぜ今回混成団から旅団へと格上げになったのでしょう。

これを説明するためには、平成7年度に当時の防衛庁より発表された、

「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱について」(通称「07大綱」)

までさかのぼる必要があります。

ただ、これを説明しだすと簡単には終わらないので、今回はやめときます。
また機会があったら触れたいと思います。

そして、すでに今回の記事もかなり長くなってしまったので、続きは次回にします。

(記念行事本題に入れずスンマセン m(_ _)m 

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2010年3月25日 (木)

柿の種「スパイシーカレー」

亀田の柿の種と言えば、日本人なら知らない人はいないんじゃない?
ってくらい有名ですよね。

中でも、小分けの袋に詰められた「6袋詰スーパーフレッシュ」
見たことない人なんているんでしょうか。

こないだ、近所のマツキヨへビールを買いに出かけた時のこと。

ビール売り場のすぐちかくに売ってる柿の種のデザインがいつもの見慣れたやつとちょっとちがうことに気付きました。

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んっ?「柿の種 スパイシーカレー」

パッケージには美味しそうなカレーの写真が。。。

しかも「期間限定」

カレーは子供から大人まで万人が好きな食べ物。
それとみんなが知ってる柿の種とのコラボ。。。
これがハズレな訳ないよね。

というわけで、速攻ゲット。
もちろんビールも忘れずにね。

家に帰って、さっそく開封。
小分けの袋から出てきたのは。。。

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んっ?見た感じはふつうの柿の種とあんまり違いがないような。。。

でも柿の種に寄って行くと、スパイシーなカレーの香りが漂ってきました。
そして、もっと迫っていくと。。。

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よく見ると、カレーの粉末らしきものが表面にぎっしりくっついています。

そんでもって、早速お口の中へ。

ん~っ!美味いっ!スパイシー!

辛さの効いた、確かにカレー味の柿の種です。

瞬間的にファンになりました。

実は、この写真、2袋目なんです。
最初に買ったのは写真を撮るのも忘れるくらいの勢いで平らげてしまったんです。
なので、また買い直して写真を撮ったって訳なんです。

それくらいハマりそうな、「柿の種スパイシーカレー」

公式サイトによると、何でも8月までの期間限定なんだとか。

期間限定なんて言わないで、定番商品にしてくださいよ。
亀田製菓さんっ!!

亀田製菓「柿の種スパイシーカレー」公式サイトは、 こちら。

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2010年3月22日 (月)

大勝軒 しのや

家族で佐野方面にドライブに行く時、僕は高速道路を利用せず、一般道を通ることが多いんですが、その時利用する道路が「埼葛広域農道」という道です。

この道路は国道4号線と並行して走っているんですが、とにかく信号が少ないので、とても快適に走れる道なんです。

この道路沿いに、前から気になるラーメン屋さんがありました。

それが、「大勝軒 しのや」です。

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大勝軒と言えば、あの池袋にあるチョー有名なラーメン屋さんですよね。

僕はまだ本店へは行ったことがないんだけど、上野駅にでっかい看板があるので、前から気になってたんです。

大勝軒の創始者である、山岸一雄さんという方は、つけ麺を考案した人としても有名な方で、「特製もりそば」は大勝軒の看板メニューなんです。

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当然この「しのや」さんも大勝軒に暖簾(のれん)分けしてもらったお店なんだろうと思い、大勝軒のサイトにある「のれん会」でチェックしてみたんですが、しのやさんは載ってませんでした。
ということは、どこかのお店のさらに暖簾分けなんでしょう。
本家からすると、孫かひ孫にあたるって感じでしょうか。

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そんなことはともかく、とにかく中へ入りましょう。

入口を入るとわりと広めのカウンター席があり、さらに奥には座敷席があります。
回りには何にもない田舎なので、ラーメン店にしては広いスペースです。
おそらく全部で40席くらいあるんじゃないかと思います。

あと、全体的に薄暗いのが特徴です。
特に、奥の座敷席が異常に暗いと感じました。
僕的には、もうちょっと明るくしてもいいんじゃないかと。。。

メニューは基本的には2種類。
つけめんである「もりそば」とラーメンである「中華そば」。

本来なら大勝軒定番の「特製もりそば」を注文すべきところなんですが、
僕は、初めて入る店はラーメンと決めているので、今回は、

「中華そば(680)円」

を注文。

メニューを見ていて気になったのが、注意書きのように書いてある麺の量の説明。
なんと、普通盛りの麺は300gもあるんです。他店の約2倍なんだそうです。

当然麺の量は選べるとのこと。
半分(150g)と少なめ(210g)は50円引き。
中盛り(450g)は100円増し。
大盛り(600g)は150円増し。

おいおい、大盛りって頼む人はいるんだろうか。
約4人前はあるんじゃない?

さて、そんなことを考えている間にやってきました、「中華そば」

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で、デカい。。。
写真じゃわかりにくいかもしれませんが、上に乗ってるゆで卵。
あれ、ふつうのゆで卵ですからね。

しょうゆベースの割には全体的に白濁している感じがします。
大きなチャーシューが1枚。存在感があります。

まずスープをひと口。
おっ、これは、超こってりスープだ。
かなりドロドロ感があります。

麺をすくってみます。

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かなり太麺です。
これにさっきのこってりスープが絡んできます。
結構イケます。
しかもこのボリューム感がたまりません。
スープの量も、普通のお店の2倍はありそうでした。

この値段でこのボリューム感ならかなりのコストパフォーマンスだと思います。

お店の近くには道の駅「ゆめすぎと アグリパーク」もあるので、道がよく分からない方はここを目指していくといいと思います。

関連ランキング:つけ麺 | 姫宮駅北春日部駅藤の牛島駅

        0480-38-4545

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2010年3月15日 (月)

岩の原葡萄園

昨年、新潟県は上越市に行った時の話をしました。

そのとき訪れた場所のひとつについて紹介します。

「陸上自衛隊高田駐屯地」の郷土記念館を紹介した際、上越高田は日本におけるスキー発祥の地だとレポートしました。

ここ上越市にはもうひとつ、日本で最初のものがあるんです。

それは、ワインなんです。
そして、そのワイン発祥の地と言われているのが、

「岩の原葡萄園」

なんです。

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実はワイン発祥の地は、ここではなく山梨とも茨城とも言われていますが、ここ岩の原ワインの祖でもある「川上 善兵衛」という人は、「日本のワイン葡萄の父」と呼ばれている人なんです。

というのも、文字通り「岩の原」だったこの地に、若干22歳でブドウ栽培、ワイン醸造の事業を興したのだそうです。

しかし雨の多い日本では醸造用ぶどうの栽培は困難を極めたため、善兵衛は欧米から多数のぶどうの苗木を取り寄せ品種改良を重ね、マスカット・ベーリーAを始め、日本の風土に適した品種を多数生みだしたのだそうです。
(以上、岩の原葡萄園のパンフより)

さて、今回はもう時間も遅かったため100年以上の歴史を持つ貯蔵蔵のみの見学となりました。

本来であれば葡萄畑や見晴らし台等、見どころはたくさんあるんですよ。

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1898年に建造されたというワイン貯蔵のための石蔵は、とても歴史を感じさせてくれる、一種神聖な場所であるかのようでした。

蔵のまん中には、現在は使われていないそうですが、巨大な樽が横たわっていました。

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そしてその両側にある真新しい樽には、ワインが貯蔵されているそうで、それぞれの樽には詰められた年が西暦で記されています。

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また、蔵と隣接した場所には「雪室」と呼ばれる部屋がありました。

この部屋は冬の間に降った雪を貯蔵する部屋で、夏になるとこの雪の冷気で石蔵を適温に保つ効果があるんだそうです。

雪国ならではのアイデアですよね。

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最後は、園内のワインショップでお土産タイム。

当然ながら、できたてのワインを試飲することができます。

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また、ちょっと高級なものからヴィンテージまで、岩の原葡萄園お薦めのワインを1杯100円から300円で頂くことができます。

当然僕も頂きました。全部で3杯、それでも500円です。

やはり高いものはコクと香りがあって、とても美味しいと感じました。

国産のワインに多い甘めの味ではなく、ヨーロッパのワインに近い辛口なのが印象的でした。

5月には新種のきき酒会、10月には秋の収穫祭等イベントも盛りだくさんなので、これらのイベントの日程に合わせて行くのもいいんじゃないかって思いますよ。

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2010年3月 3日 (水)

市ヶ谷記念館 ~ 後編

~前編のつづき~

玉座にまつわる大講堂の秘密。。。

それは、大講堂の2階席から全体を見渡すとよくわかります。

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玉座がとても遠くに見えませんか?
2枚前の写真は玉座の前のステージから全体を撮った写真、
一方この写真は2階席から全体を撮った写真です。

実はこの大講堂は、玉座の数メートル後ろが頂点となるよう、天井と壁、そして床までがだんだん狭くなるよう造られているんです。

さらに、天皇陛下が玉座の真中に座った場合、先ほどの頂点の数メートル前に位置するため、陛下自身はとても大きく見えてしまう錯覚を起こすのだそうです。

つまり、この講堂は天皇陛下の存在を絶大なものに見せるため、とても緻密な計算が施されていたんです。

余談ですが、この大講堂は戦後行われた「東京裁判」の会場としても使われたそうです。
そのときの写真なんかも数点展示されていましたよ。

さて、大講堂の見学が終わり、2階に上がるとまず「旧陸軍大臣室」があります。

この部屋は東部方面総監部時代は総監の執務室だったんですが、実は僕は若かりし頃に2回ほど入ったことがありました。
なので、ちょっと懐かしい感覚が甦りました。
(ような気がしました)

また、この部屋には取り壊される前の市ヶ谷駐屯地1番館の建物が模型として再現されていました。

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前庭の植え込みや中庭まで忠実に再現されています。結構リアル!

この部屋には、三島由紀夫が自殺した当時、部屋の中で乱闘が起こった際の刀の傷跡なんかも確認することができました。

最後の部屋は、「旧便殿の間」

これはどんな部屋かというと、旧士官学校時代、天皇陛下の休憩場所として使われていた場所だったんです。
なので、見るからに気品を感じさせる内装が施されていました。

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この部屋の特徴はまだあります。

それは夏の暑さや冬の寒さを凌ぐための工夫でした。

冬の寒さを凌ぐための設備は、「暖炉」です。

一方、夏の暑さを凌ぐための工夫は。。。それはこちらの写真。

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ちょっと分かりにくいかもしれませんが、窓の上、両サイドに空気の吹きだし口があるのに気付きませんか?

まさしくコレ、送風口なんです。
しかも、夏には涼しい風がこの送風口から出てくるんです。
その仕組みはというと,,,

涼しい風は、この建物の地下から柱や壁を通ってここまで運ばれ、部屋を涼しくするんだそうです。

暑くてどうしようもない日などは、地下に氷を蓄え、そこで冷やした空気をここまで運んでくれるんだとか...
今みたいにエアコンがない時代の工夫が凝らされていたんです。

すばらしい建物だったんですね、「市ヶ谷駐屯地1号館」。

なお、防衛省では1日に2回、「市ヶ谷台ツアー」として防衛省の見学ができます。

このツアーには、今まで話した市ヶ谷記念館見学も含まれていますので、興味のある方はいかがですか?

市ヶ谷台ツアーの案内 : こちらをどうぞ

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