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2010年11月 7日 (日)

有珠山と昭和新山 ~ その2

前回の記事の冒頭で、有珠山は20世紀の100年間で4回の噴火を繰り返したと言いました。

1回目は、1910年(明治43年)
有珠山の北側、洞爺湖に近い場所です。
この時は死者1名、山林や耕地に被害が出たそうです。

2回目は、1943年(昭和18年)から1945年(昭和20年)
負傷者3名、田畑や集落、鉄道等に被害が出たそうです。
そして、もともと麦畑だったところに高さ402mの山が出現。

これが昭和新山です。

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短期間でこれ程の溶岩ドームの山ができた例は世界でも大変珍しいのです。

ところで昭和新山ができる過程を詳細に記録した人物がいます。
三松正夫さんという方です。
もともとは近くの街で郵便局長をしていたのですが、「噴火は地球内部を探る最大のチャンス」と、噴火から昭和新山ができるまでの2年強、この活動の一部始終を記録したのです。
さらに昭和21年には、私財を投げうってこの土地を買い取ったそうです。
昭和23年、オスローで開かれた「万国火山会議」に提出されたこの資料は「ミマツダイヤグラム」と名付けられ、多くの専門家に絶賛されました。

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国内では、「第一回北海道文化賞」を始め数々の賞を受け、その功績が讃えられました。
近くには彼の活動を記録した記念館もあるそうですが、今回は行けませんでした。

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こちらの写真は、有珠山の洞爺湖展望台から見た昭和新山です。
眼下真正面に見下ろすことができ、中央の溶岩ドームがはっきりと確認できます。

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こちらは、秋の紅葉に映える昭和新山です。
手前の3本の木の鮮やかな色とその後ろにそびえる溶岩ドームは異色の組み合わせながら、これも自然の調和なのかなって感じる一枚です。

3回目の噴火は、1972年(昭和52年)から1973年(昭和53年)

約100年ぶりという山頂火口からの大噴火です。
前回記述した有珠新山はこの時に誕生しました。
また、洞爺湖展望台から見えていた羊蹄山が見えなくなってしまったのもこの3回目の噴火です。

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4回目は、2000年(平成12年)
10年前、記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。

この時は有珠山の西側。洞爺湖温泉に近い場所で起こりました。

噴火予知発達のおかげで被害者は出なかったそうですが、国道や鉄道、住宅が被害にあった他、北海道銘菓「わかさいも」の工場も潰れてしまったそうです。

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見にくいですが、右下の黄色い建物がその工場だったそうです。

あと、今回利用した「道南バス」の洞爺営業所もここにあったそうです。
案内してくれたバスガイドさんが使っていたロッカーも服と一緒に土の下だそうです。

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現在ここには散策路ができていて、当時新しくできた火口や被害にあった建物などを見学することができるそうです。

有珠山の噴火って、いろんな場所で起こっていたんですね。
しかも30年に1回の割合で起こっています。
ということは次の噴火は20年後ってこと?

その時期になると地元の人たちもまたソワソワしはじめるんでしょうね、きっと。

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