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2011年3月28日 (月)

ごまそば処 「八雲」

北海道を代表する麺類といえば、ラーメン。
ですが、ラーメン以外で今札幌を中心にブームなのが、

「ごまそば処 八雲(やぐも)」

です。
札幌市内を中心に約10店舗を構える急成長のおそばやさん。

昼食時にはどのお店も行列ができるほどの人気なんです。

今回は、札幌駅からほど近い、札幌国際ビル店で昼食をとりました。

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お店に入ってまず驚いたのは、お客さんの数に負けず劣らない店員さん。

店内は結構広く、50人以上は収容できる広さなんですが、店員さんもフロア、厨房合わせると10人以上はいらっしゃいます。

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しかも男性の店員さんはひとりだけ、あとは全員女性です。

しかもこれら女性店員さんたちは全員テキパキとしているので、満席のお客さんもほとんどストレスを感じません。
ある意味、こういうところも人気の秘密じゃないかと感じました。

メニューも豊富です。

看板メニューのごまそばは、かけそば、もりそば500円から。
あたたかいそばだけでも19種類もあります。

その他、丼物、さぬきうどん等多彩なメニューが揃ってました。

そんな中、僕は大もりを、一緒に入った相方はチャーシュー丼ともりそばのセット(ランチ限定)を注文。

しばらくして、まず相方注文のセットメニューがやってきました。

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肉厚のチャーシューと半熟卵が食欲をそそります。

ほどなく、僕が注文した大もりも到着。

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さすがに“大”もりだけあって、ボリューム満点。

見た目は普通のそばのように見えますが、麺をよく見ると、

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麺の中に、小さな黒い粒々がはっきりと見えます。

札幌市内に製麺工場があり、毎日3000食以上を製造。
黒ゴマを細かく刻み、そばに練りこむことで、ゴマの風味とすっきりした喉ごしを実現させたのだそうです。

実際口に運ぶときに、ほのかなゴマの香りが漂ってきます。
そばの割合はわかりませんが、確かにさわやかな喉ごしでした。

八雲さんでは、そばつゆにもこだわりがあるそうです。
削りたての鰹と昆布の無添加だしをベースに、醤油、酒、みりん等独自の配合を加え、土瓶で熟成させたこだわりのつゆだとか。

常連さんは別ですが、初めて食べる方は是非もりそば系のメニューをおすすめします。

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こちらは新千歳空港1階にある八雲そばです。

どのお店もお昼時はかなり待つことを覚悟しなければならないと思います。
できれば昼食タイムをちょっとだけ外すのがベターでしょう。

札幌に来た際には、ラーメンも捨てがたいけど、ごまそばも是非体験してみては?

ごまそば八雲 札幌国際ビル店そば(蕎麦) / さっぽろ駅(札幌市営)札幌駅(JR)大通駅
昼総合点★★★★ 4.0

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2011年3月25日 (金)

CH-47体験飛行

東北関東大震災から約2週間が経とうとしています。
かつてない規模の被害が出る中、国民の大きな関心事は福島原発事故じゃないでしょうか。

関東に住む僕らにとっても、深刻な問題です。
一刻も早い危機回避を望むところです。

今回の記事は、その原発の消火活動でも活躍した陸上自衛隊の輸送ヘリコプター、

「CH-47J」

の体験搭乗記をお届けします。

Ch4701

3月3日、海上自衛隊下総基地の見学を終えた僕らは、このヘリで陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地へと移動させてもらうこととなりました。

「チヌーク」という愛称を持つこのヘリコプターは、2枚の回転翼(タンデムローター)を持つ大型の輸送用ヘリコプターです。

もともとはアメリカのボーイング社が開発したものですが、日本では川崎重工業がライセンス生産しています。

陸上自衛隊では、空挺降下をはじめ、人員や機材の輸送を行うのが主目的ですが、先の原発火災でも活躍したように、山林火災等の消火活動にも使われます。

体験搭乗に当たっては、まず事前に誓約書を書くことが義務付けられます。
ヘルメットを装着し、金属製の認識票(タグ)を首にかけ、いよいよ機体に乗り込みます。

しばらくエプロンを走行したのち、ヘリポートからいよいよ離陸です。

Ch4702

この日は風はやや強かったものの、天気は申し分なし。
離陸直後の西の空は夕焼けで赤く染まりはじめていました。

まっすぐ霞ヶ浦に向かうのは芸がないということで、東京上空を経由してもらうことに。

ほどなく、ヘリは江戸川上空へ。

Ch4703

多分、この辺りに僕の自宅があるはずなんだけど。。。

やがて、都心部へとさしかかってきました。

このヘリは、輸送が主目的なので、窓はほとんどありません。
小さくて丸い窓が片面に4つ、合計8つあるだけです。

Ch4704

なので、今回も50名くらいの搭乗者だったんですが、はっきりいって窓の取り合い!
といっても僕らは紳士。
決して醜い争いはいたしませんっ(笑)。

と、突然目の前にあの話題のシンボルが出現!!

Ch4705

「東京スカイツリー」じゃないですか。

こんなに間近で、しかもスカイツリーよりも高い位置から見下ろすことができるなんてめったにありません。
一瞬ではありますが、とっても貴重な体験です。
こうやってみると、ほぼ完成しているんじゃないでしょうか。

ネットで確認したところ、3月18日13時34分に最高点634メートルに到達したとのこと。
僕が体験した日は3月3日だったので、実際にはあと少しのところだったようです。

ということは、地震の日も作業していたはずです。
人的、物的ともに被害はなかったそうですが、上にいた人はかなりの恐怖だったんじゃないでしょうか。
想像しただけで鳥肌が立ちます。

Ch4706

東京上空を後にして、僕らを乗せたCH-47は霞ヶ浦へと向かいます。

上空から見る夕焼け空も格別に綺麗です。

震災の後なら確実に中止になっていたはず。
今からすると多少申し訳ない気もしますが、でも本当に貴重な体験をさせていただき、感謝感謝です。

今回の震災対処活動はまだまだ始まったばかり。
今回乗せていただいたヘリもきっと災害現場で活躍しているはず。

自衛隊は国民の安心・安全の拠り所でもあります。
引き続き、自衛隊の隊員さんたちの活躍を心から祈念いたします。

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2011年3月21日 (月)

海上自衛隊下総基地

前回、3月初旬に陸上自衛隊習志野駐屯地を訪問した話を書きましたが、そのあと続いて、

「海上自衛隊下総航空基地」

を訪れました。

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この辺りは、昭和初期はゴルフ場だったそうです。

昭和20年に、陸軍の飛行場として整備されたのですが、すぐ終戦。
終戦より昭和34年まで米軍が駐留。
昭和35年に海上自衛隊第3術科学校として再スタートを切ります。

昭和48年、教育航空集団司令部が宇都宮から移転して、今の形がほぼ出来上がりました。

教育航空集団の隷下組織である下総教育航空群で教育する航空機は、海上自衛隊の主力である対潜哨戒機P-3C他比較的大型の固定翼機です。

以前、鹿児島にある鹿屋航空基地P-3Cを見学しましたが、ここではそれらのパイロットや整備士等を養成する部隊なのです。

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上の写真は、P-3Cを洗浄している風景。
一般人はなかなか見ることができない、珍しいシーンです。
全身シャワーは気持ちよさそう。

続いて僕らは、第3術科学校へ。
まず、見せていただいたのは、海上自衛隊の主力ヘリコプター、SH-60Jの整備要員を教育するための実習装置。

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ヘリの外装が取り外されていて、内部の構造がよくわかるようになっています。
なんだかちょっと恥ずかしそう(笑)。

上の写真はブレード(回転翼)を折りたたんだ状態。
これは、ヘリ空母等に積載する際コンパクトに折りたたむため必要な機能で、実際船に搭載する際の写真が掲示してありました。

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縄で縛られ痛そう。
ヘリコプターって、かなり荒い仕打ちを受けるものなんですね(爆)。

最後の見学場所はこちら。

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この航空機、何だかわかりますか?

「YS-11」です。

YS-11について、ちょっとネットで調べてみました。

終戦とともに「航空禁止令」が布告され、日本企業における航空機製造や運航が禁止されました。
1957年、サンフランシスコ講和条約とともにこれらの禁止が一部解除されたのに伴い、同年5月に「財団法人 輸送機設計研究協会」が設立され、国産輸送機の開発がスタートしました。

1959年に官民共同出資の特殊法人「日本航空機製造株式会社」が設立され、YS-11の製造が開始されました。
1962年8月に初飛行。
1964年に旧運輸省の型式証明を取得。
以後、国内線の定期便や輸送機、自衛隊や海上保安庁等、幅広く活躍しました。

YS-11は合計182機が製造され、うち70機が輸出されたそうです。

日本で現役のYS-11を見ることができるのも、今ではここだけではないでしょうか。
ここでは、航法員や航空士を教育する訓練機として活躍しているそうです。

ちなみに、YS-11の名前の由来ですが、
輸送機設計研究協会から、「輸送機」の「Y」、「設計」のS、そして、
最初の「1」は「機体設計図第1号」、次の「1」は「採用エンジン第1号」だそうです。

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最後にP-3Cの離陸シーンに遭遇。

下総基地見学を終えたころは夕刻。
西の空は夕焼けがきれいでした。

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この後僕らは、福島原発消火活動でも活躍中のヘリコプター、陸上自衛隊の「CH-47」で霞ヶ浦へと旅立ちます。

その様子は次回にて。
間近で見下ろすスカイツリーは必見ですよ!

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2011年3月18日 (金)

陸上自衛隊習志野駐屯地②

前回と今回、陸上自衛隊習志野駐屯地にお邪魔しています。

空挺隊員を育成する第一空挺団
前回も紹介しましたが、ここには他では見ることのできないいろいろな訓練施設があります。

そしてこちら、僕が今回体験した、

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通称、飛び出し塔

正式な名前かどうかはわかりませんが。。。

高さは11メートルあります。
下から見るとそれほどでもありませんが、この11メートルという高さは人間がもっとも恐怖を感じる高さなんだそうです。

実際上に登ってみると意外と高いのにびっくりします。
手すりやフェンスがあれば恐怖はそれほど感じないのですが、飛び出し口に立って下を覗くとゾッとします。

まず地上でひととおり飛び出し要領の説明を受けた後、階段を登って上を目指します。
飛び出し口に到着すると、2本のワイヤーを体に装着します。
ワイヤーの長さは5メートルくらいでしょうか。
飛び出した後はこのワイヤーが命綱になります。

つまりこれがちゃんと装着されていないと。。。
想像したくありません。。。

いよいよ、僕の順番がやってきました。

まず、自分の氏名、出身地を大きな声で名乗ります。
そして、何でもいいので大声で一言叫びます。

「答えはひとつじゃない!」

飛び出し口に立ち、両手を前で組みます。
あごをひき、右足を半歩前に出し、一気に前へ!

おうりゃぁっ!!

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一瞬無重力状態となり、直後にワイヤーに引っ張られる衝撃に襲われます。
無重力状態は1秒もないくらい、気がついたらワイヤーにつられた自分が着地点に向かって滑走していました。

本当はここで、

「1降下ぁ、2降下ぁ、3降下ぁ、4降下ぁ、確認、よし!」
とパラシュートが開いたことを確認しないといけないのですが、当然ながらそんな余裕はありません。

でも本当にいい体験をさせてもらいました。

今度また。。。いや、もういいです(笑)。

飛び出し体験を終えた後は、「空挺館」を見学しました。

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古くて立派な建物です。

この建物は明治44年東京目黒の騎馬学校内に明治天皇の「御馬見所(ごばけんじょ)」として建てられ、大正5年騎馬学校の移転と共に移築され、迎賓館として使われていたのだそうです。

建物の2階には、天皇陛下専用の椅子や、調度品等が展示してあり、いたるところで菊の紋所を見ることができます。

それにしてもこの建物、ちょっと傾いているような気がします。

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正面からみると、やっぱり傾いています。
特に2階の出っ張った部分が右に傾いているように感じます。
よく見ると入り口の柱に貼ってある板の最上部の長さが違うんです。

最初からなのか、移築したときに傾いたのか、はたまた大規模改修時に傾いたのか。
真実は謎です。

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第一空挺団の人たちも現在は災害派遣で頑張っているのでしょうか。

これからは人命救助だけでなく、遺体捜索、被災者支援、復興支援等まだまだ自衛隊の任務は続くと思います。
国民はとっても頼りにしてます。
頑張ってください。

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2011年3月15日 (火)

陸上自衛隊習志野駐屯地①

大地震の前の週になりますが、陸上自衛隊習志野駐屯地に行ってきました。

鳴らしの駐屯地に所在する主力部隊は、第一空挺団という部隊です。

いわゆる落下傘部隊です。

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日本で唯一の部隊である、落下傘部隊。
現在は中央即応集団の隷下部隊ですが、その歴史は古く、昭和30年に陸上自衛隊臨時空挺練習隊という部隊までさかのぼります。
 
駐屯地の一角にはこんな銅像が立っていました。

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台座の部分に書かれている文字、

「空の神兵(しんぺい)の像」と書かれています。

空の神兵とは、旧軍時代における落下傘部隊に対する愛称。
また戦時中の1942年には、同じタイトルの映画が公開されています。
内容は落下傘部隊に志願してきた若い隊員が、一人前の落下傘兵士に成長していく過程を描いたドキュメンタリーで、いわゆる軍隊のPRを兼ねたもののようです。

同じタイトルの主題歌は戦時中のヒットソングにもなったそうです。

現在でも空挺隊員の養成はここの主な任務であり、なので他にはないいろいろな訓練施設を見ることができます。

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こちらの鉄塔は約80メートルあり、上部の張り出した部分から実際にパラシュートを着けて飛び降りるための訓練塔です。

後で紹介する、空挺館という資料館にはこんな模型がありました。

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こちらのほうが、イメージしやすいですよね。

たった80メートルで飛び降りるなんて、かなり怖いと思いません?

隊員さんたちが飛び降りるのは基本的には飛行機やヘリコプター等の航空機です。
飛び出し訓練のための航空機を模擬した器材も揃っていました。

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こちらは羽のないヘリコプター。
一見壊れた機材のように見えますが、これも後部開閉口から飛び出す訓練をするための訓練器材です。

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こちらは真っ二つに切断された飛行機。
これも航空自衛隊が保有する輸送機を模擬したもので、ドアの部分から飛び出す訓練を行うものです。

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軽装甲機動車の背後にあるコンクリートの塊は、いわゆるレンジャー訓練を行うためのもので、急勾配を自力やロープを使って上り下りするための器材(?)です。

ね、いろんな訓練施設があるでしょ?

でも今回はここまで。
次回は実際に僕も体験した飛び出し塔と呼ばれる施設、そして記念館等を紹介する予定です。
お楽しみに。

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2011年3月10日 (木)

柳原うどん

「吉田うどん」って聞いたことありますか?

山梨県富士吉田市を中心とした地域で人気の、いわゆる「B級グルメ」です。

日本の3大うどんといえば、讃岐うどん、稲庭うどん、水沢うどんと言われています。
本当は、僕的には水沢うどんのかわりに「五島うどん」を入れたいところなんですけどね。

それはともかく、今回紹介する吉田うどんは、何といってもそのコシの強さが売りです。
讃岐うどんもコシが強いのが特徴ですが、そのさらに上をいく強さです。

という訳で、今回は忍野八海の近くにある、「柳原うどん」というお店で食べたお話です。

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東富士五湖道路、山中湖インターを降りて忍野八海方面に進むと、ファナック通りという道路につながります。

「ファナック」とは会社の名前で、工作機械ロボットでは世界トップシェアを誇る会社です。
ここにはその会社の本社および主力工場があり、それにちなんで付けられた道路の名称です。
建物全体が黄色で統一されているのでかなり目立ちます。

ファナック通りをしばらく進み、ファナックの正門を過ぎ、ひとつめの交差点である柳原交差点をちょっとすぎた辺りに「柳原うどん」はあります。

まわりの景色は結構閑散としているんですが、このお店は結構繁盛しているようでした。

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っていうか、店員の数がやたら多いような気がするんです。
実際厨房を覗いてみると、そこだけで6、7人、さらに店内全体だと10人くらいの方々が働いているように思いました。

もちろん、僕らお客にとっては店員さんが多い方がいいんですけどね。

お店のメニューはいたってシンプル。
うどんの種類は11種類。
温かいうどん系は、かけうどん、わかめうどん、肉うどん、肉わかめうどん、肉玉うどん、月見うどん、釜玉うどんの7種類。
つけうどん系は、つけうどん、肉つけうどん、肉玉つけうどんの3種類。
そして冷やし系は、冷やしたぬき、のみ。
冬だからでしょうか、夏になるともうちょっとバリエーションが増えるのでしょうかね。

うどん以外のメニューは3つしかありません。
まぜご飯、ざるそば、そして焼肉定食

ん?定食ってこれだけ?
なぜ焼肉定食だけがエントリーしたの?

若干疑問を抱きつつ、僕は「肉つけうどん」を、一緒に入った先輩は「肉玉うどん」を注文。

まず、注文して約2分で登場してきたのが、こちら。

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「肉玉うどん」
このボリュームでたったの450円!

つづいて約3分でやってきたのが、もちろん、

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「肉つけうどん」
こちらも450円!

安いと思いません?
一見わかりにくいと思いますが、つけ汁の方には結構お肉が入ってるんですよ。
このお肉がなかなかうまいんです。

柔らかくて、味が染み込んでいて、見た目牛肉かなって思ったんですが、後で調べてみると、実は馬肉だったんです。
秘伝のタレで漬け込んだ馬肉は、クセもなく、柔らかく仕上がっています。
肉うどんが一番人気なんだそうですが、確かに納得です。

ちなみに、かけうどん、わかめうどん、冷やしたぬきは350円。
かけうどんが何だか割高なような気もしますが。。。
大盛りは100円増し、かえ玉は200円です。

この料金で、あれだけの人数の店員さんをまかなえるんでしょうかね。
ホント気になります。
余計なお世話ですけど。。。

そして、冒頭に話した、そのコシの強い麺がこちら。

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どうです。
極太のいかにも手打ちって感じの麺です。

食べてみると、コシの強さが半端ないのがすぐ分かります。
讃岐うどんと比べても、こちらのほうが断然勝ってると感じました。
っていうか、ちょっと強すぎなんじゃない?ってくらい強い。

僕はもともとコシの強いほうが好きなので気に入りましたが、一緒に行った先輩はここまで強くしなくてもよかったんじゃない、って言ってました。

まぁ、その人の好み、答えはひとつじゃないので、これもアリということで。。。

ところで、店の駐車場からは、雪を頂いた富士山がとても綺麗に見えました。
思わずシャッターを切ります。

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ちょっと電線が邪魔でしたが、気にしない、気にしない。

みなさんは、コシが強いほうが好きですか?

強いのがお好きな方は是非チャレンジしてみてください。

柳原うどんのサイトはこちらから。
(上の「こちら」をクリック)

関連ランキング:うどん | 富士吉田駅

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2011年3月 7日 (月)

江戸川公園から椿山荘へ ~ 椿山荘編

前回の続きです。

江戸川台公園を過ぎたところに、椿山荘(ちんざんそう)への庭園側入り口、

「冠木門(かぶきもん)」

があります。

門をくぐって中へ入ると、目の前にりっぱな木が現れます。

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椿山荘の御神木にもなっている椎の木です。
高さは20メートル、根元周囲は4.5メートル。
樹齢はなんと500年と椿山荘で最も古い木なんです。

その右手にある建物は、「長松亭(ちょうしょうてい)」と呼ばれる茶室です。

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この茶室は、昭和の電力王、電力業界の長老とも呼ばれた、松永安左ヱ門という人物に設計を依頼して完成したものだそうです。

松永翁は晩年、茶人としても有名な方だったそうで、この茶室の造りも本人が好きな四畳枡床向切逆勝手(よじょうますどこむこうぎりぎゃくかって)の茶室だとか。
って言われても、僕には何を言っているのかさっぱりわかりませんが。。。

ちなみにたった四畳一間の部屋ですが、料亭「綿水」の別室として利用できるんです。
なお、現在期間限定で特別プランがあるらしいですよ。
チャンスかも。。。

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少し坂道を登っていくとこんな風景が見えてきます。

こうなると、もう庭園というよりはどこかの森の中って感じです。

やがて、目の前に広がる大きな建物。

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こちらが椿山荘です。
そして、その隣にそびえるホテル。

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「フォーシーズンズホテル椿山荘 東京」です。

椿山荘は明治時代、山縣有朋(やまがたありとも)が資材を投げ打ってこの土地を購入、命名したことに由来します。

江戸時代以前からこの辺りは椿が自生する景勝地で、「つばきやま」と呼ばれていました。
その名をそのまま生かしたことは言うまでも有りませんね。
山縣有朋は、この地に庭園とともに邸宅を建て、明治天皇や時の政財界人たちを招いて重要な会議を行った記録もあるそうです。

大きな池の向こう側に、白い物体を発見。
大きな箱のような形をしています。

ここには確か三重塔があったはず。
現在、大規模修繕でもやっているんでしょうか?

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ちなみに、一昨年の秋に訪れた時にはこんな風景でした。

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ちょっと角度が違いますが、こんな感じの塔が建っているはずです。

この時は紅葉がとても綺麗だったのを鮮明に記憶しています。

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最後に、館内のロビーではこのような飾りが施されていました。

「つるし雛」と呼ばれるもので、伊豆稲取地方に伝わる伝統行事、お雛さまの吊るし飾りなんだそうです。

桃の節句も近い(今はもう終わってますが。。。)ということで企画されたものです。
約23畳というスペースに4600体もの雛人形が吊るしてあるのだそうです。

写真より実際に見る方がはるかに綺麗でした。

今回はまだ冬の寒い時期でしたが、春になって庭園にたくさんの色がついた頃にまた来たいと思います。

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2011年3月 4日 (金)

江戸川公園から椿山荘へ~公園編

先々週、ある陸上自衛隊東部方面通信群の式典が椿山荘で行われました。

まだまだ春とは言えず、コートも必要な時期です。

椿山荘と言えば結婚式ではとても有名なところ。
何といっても2万平方メートルという広大な庭園があり、都会のど真ん中にありながら都会の喧騒を一切感じさせない、とても素敵な空間です。

さて、今回僕は地下鉄有楽町線を江戸川台で降り、江戸川公園経由で向かいました。

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江戸川公園は神田川に沿って作られた細長い公園です。
椿山荘へはこの公園を通らずに正面入り口方面へ行くコースと、この公園の中を通って庭園から入る方法があります。

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僕は迷わず公園内を通るコースを選びました。

公園に入ってまず目についたのはある人物の胸像。
説明書きによると、「大井玄洞」というお方の像でした。

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何でも昔の神田川(明治時代は江戸川と呼ばれていました)は、ちょっとした大雨や台風ですぐ洪水になり、近隣住民を困らせていたんだそうです。

明治43年にも大洪水が起こり、神田川が氾濫し多くの住民が被害に会ったそうです。
これを機に玄洞さんが立ち上がり、住民の願いを実現すべく努力し、大正2年に神田川の護岸工事を着工させ、同8年に完成させたのです。

この功績により、昭和3年にこの地に胸像を建て、その徳を後世に伝えているのだそうです。

公園のほぼ中央には細長い花壇があり、この時期にしては珍しく色とりどりの花が植えられていました。

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花壇の一角に、看板を発見。
お世辞にも上手とは言えない手書きの字で、こんなことが書いてありました。

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近くの小学校、文京区立関口台小学校の4年生が自分たちの手で植えたものだったんですね。
確かにプロが植えたのとは見映えが違いますが、気持ちのこもったものは見映えとは関係なく心がなごむものです。

江戸川台公園は、春には神田川沿いに広がる桜がとても綺麗で、地元の人たちにとってはお花見の名所のひとつでもあります。

当然、この時期はまだ全く咲いていないはずなんですが、

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1本だけ咲いているのを発見!

3分咲きくらいでしょうか。
いわゆる「狂い咲き」ってやつですね。
思わずシャッターを押しました。
何だかとってもラッキーな気分になりました。

さて、次回は椿山荘の門をくぐっていきたいと思います。
お楽しみに。

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2011年3月 1日 (火)

「答えはひとつじゃない!」④ ~ リーダーシップについて

4.リーダーシップのための「答えはひとつじゃない!」

私たちは組織や集団の中で生活しています。
組織や集団にはほぼ必ずリーダーという存在がいますよね。

会社では与えられた職務を部、課あるいはチームという組織の形で遂行していきます。
そこには部長、課長あるいはチームマネージャーといったリーダーが存在します。

学校ではクラスという組織で構成されます。
クラスには委員長というリーダーがいて、何かを決めたりする際には議長をやったり、クラスの意見をまとめるために多数決をとったりという役を引き受けます。
またクラブ活動ではキャプテンや部長といったリーダーがいます。
スポーツを例に取ると、キャプテンはチームを勝利に導くためメンバーの個性に応じて役割や配置を決めたり、みんなの意思をひとつにまとめ結束力を高めることを行います。

このようにリーダーというのは組織を運営していく上で必要な存在であり、リーダーの資質や行動力によってその組織は機能したり低迷したりという結果につながるのです。
つまり組織にとってリーダーシップというのはとても大切な要件なのです。

では、理想的なリーダーシップとは何か、リーダーシップのための条件とはどのようなものなのでしょうか。
カリスマ性があるか、包容力があるか、判断力があるか、頼りがいがあるか等、いろいろな条件が考えられます。
私はこれらの条件の中にある共通的な要素があるんじゃないかと考えます。
それはメンバーを信じ、それぞれのメンバーの持っている能力を最大限に発揮させる能力であり、それによってチーム力を最大限に発揮できると考えるのです。

メンバーそれぞれの持つ力は様々です。
メンバーの個性や能力を把握し、ひとつにまとめるためにはメンバーとの信頼関係を構築する必要があります。
そのときに必要なのが「答えはひとつじゃない!」という考え方です。

メンバーの考えは自分の考えと違うこともあるでしょう。
そのためには彼らの意見や答えを否定せず、一旦は受け入れることが重要です。
彼らの意見を聞かず、自分の意見を押し通してチームを引っ張ろうとしてもそう簡単に動くものではありません。
メンバーの意見を聞くことで相手との信頼醸成にもつながります。
みんなの意見をひとつにまとめ、全員の合意のもとでチームが動けばとてつもない力を発揮することができるでしょう。
一見遠回りに思えるかもしれませんが、リーダーに不可欠な考え方として「答えはひとつじゃない」があるのではないでしょうか。

「俺の言うことは間違いない。俺についてくれば必ず成功する。俺についてこい」
と言うのも、リーダーシップとしては決して間違いではないし、有効なひとつの手段だと思います。
メンバーがリーダーを信頼し、チームがひとつになれば士気も上がるし、効率も上がるでしょう。
しかし、長い目で見たときに、そのやり方が必ずしも正しいかどうかは疑問です。
うまくいっているときにはそれでもよいでしょうが、何かにつまずいたとき、あるいは期待通りの結果が出せなかったとき、メンバーからの信頼に翳りが生じるかもしれません。
もしくはリーダー自身が自信喪失に陥るかもしれません。
そうなるとチームを立て直すのには多大な労力と時間を費やすことになります。

一方、メンバー全員の合意のもとに進めば、様々な状況に対する耐性が増すため、結束力は簡単には崩れません。
それまでに検討してきた他のケースに変更してもよいし、あるいはまた新たな合意形成のもとで進めばよいのです。
リーダーは合意形成を行うためのファシリテーター(進行役、まとめ役)であり、最終意思決定者であるべきです。
そのための努力を惜しまない、かつメンバーひとりひとりを信じる、そういう人物が求められているのではないでしょうか。
そういうリーダーシップに必要な資質、思考の原点に「答えはひとつじゃない」が有効だと思うのです。

人間は集団の中で生きていく動物です。
リーダーシップは会社や学校だけで求められるものではありません。
自分自身にとっても、周りの人たちにとっても望ましい結果、すなわち自分が属する組織や集団がよりよい成長を遂げるために、この言葉を送りたいと思います。

※続き:答えはひとつじゃない!⑤はこちらから。

※最初から読みたい方はこちら

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