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2011年4月28日 (木)

東京の桜2011④ ~ おまけ

東京の桜はもうほとんど残ってないと思いますが、余韻を楽しむという意味も込めて、おまけ編なるものをしつこくお届けします。

千鳥ヶ淵から桜田門方面に向かう途中で撮った風景です。

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こちらはイギリス大使館の前をとおる内堀通り沿いに並ぶ桜です。
大使館の中にも桜があるようでした。
当然ながら、縁のない僕は中の見ることができませんでしたけど。。
誰か中の方々と縁のある方いらっしゃいませんか?

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この時期は桜と並んで、菜の花も綺麗な時期ですよね。
内堀の一画にはこんな菜の花が広がる場所もあるんです。

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国立劇場の前に咲く桜も立派なものでした。
こういう風景って、いかにも「東京の桜」のタイトルにぴったり合う構図だと思うんですけどね。

最後に、今回のベストショットのコーナー。
(いつの間にかコーナー化してる。。。)

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半蔵門付近にある公園で撮った1枚です。

中央にある3人の男性像は、「自由の群像」というもので、我が国の新聞事業発展に貢献した20名を顕彰するために建てられたのだそうです。
建設者は電通の社長さんだとか。

その銅像と、背後にそびえる木を中心に左右に広がる桜が見事でした。

両端に紅白のおばさん(?)が写ってますが、こちらも含めてベストショットということで、よろしく(^_^;)

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2011年4月24日 (日)

陸上自衛隊相馬原駐屯地

群馬県高崎市から車で30分程北西方向へ行ったところにある、

陸上自衛隊相馬原駐屯地

ここには陸上自衛隊第12旅団司令部が所在する、榛名山の麓に広がる高台の駐屯地です。

第12旅団は東部方面隊のうち、北関東および北陸地方を担当する部隊です。

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駐屯地自体が山の斜面に沿って作られているため、敷地の奥に行くほど高台になり、景色もよくなります。

駐屯地の前(上の写真の右奥)には榛名女子学院という学校があります。
この学校はちょっと特殊な学校なんですが、その話をしだすと長くなるので、また機会があったら話したいと思います。

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駐屯地の後方には、広大な相馬原演習場が広がっています。
ここは榛名さんの麓に当たるので、隊舎の後ろには榛名山が綺麗にみえます。

また、駐屯地から東の方向には、雪をまとった山並みもはっきりみえます。

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赤城山です。
駐屯地自体が高台に位置しているので、隊舎の屋上からは四方がとても綺麗に見えるんです。
特にこの日は快晴でしたし。。。

さて、先程も言いましたが、駐屯地には演習場が隣接しています。

第12旅団は、別名「空中機動旅団」といわれるとおり、ヘリコプターを多く所有している旅団でもあります。

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なので、演習場の中にこんな立派な飛行場があるのです。
本格的な飛行場ですよね。

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前回体験搭乗でお世話になったCH-47、通称チヌークが展示されていました。

今回、飛ぶことはありませんでしたが、コックピットを始め、いろいろと説明を受けることができました。

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最後に記念館を見学。
記念館の前庭には61式戦車と74式戦車が並んで展示してありました。

もともとここ相馬原駐屯地は、陸上自衛隊戦車部隊発祥の地とも言われています。
というのも、昭和29年保安隊から自衛隊になったときの戦車部隊、すなわち第1特車大隊がここに駐屯していたのです。

ところが、空中機動旅団としての任務を与えられた2001年、ヘリに搭載できない戦車部隊が廃止されました。

したがって、第12旅団には現在は戦車部隊がありません。
なんだか寂しい気がしますね。

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最後は花壇の片隅に発見した「宇宙つつじ」

「宇宙つつじ」とは、宇宙飛行士である向井千秋さんがスペースシャトルに持ち込んだつつじの種から育ったツツジなんだそうです。
ここにあるものはおそらく舘林にあるものを株分けしてもらったものじゃないかと思います。

宇宙を旅したつつじって、ひょっとすると突然変異を起こしたりするのでしょうか。。。

ちなみに、今回相馬原駐屯地を訪問したのは、3月10日、つまり大震災の前日でした。
あのあと、自衛隊のみなさんは震災対処で大忙し。
ここ12旅団も例外なく被災地の復旧活動と被災者の生活支援を行っています。

あらためて、自衛隊の隊員さんに言わせてください。

「本当にご苦労様です。そして、これからも日本のために頑張ってください。」

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2011年4月20日 (水)

ウルトラぷっちょ!?

いつものように、男梅を買おうと思い近所のコンビニへ入った時のこと。

キャンディコーナーにて、何だか見慣れない袋菓子が目に飛び込んできた。

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その名も「ウルトラぷっちょ」

ん?いや、パッケージをよく見ると、小さく「マン」の文字が見える。。。

そう、実は「ウルトラぷっちょマン」なのだぁ。

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言うまでもなく、円谷プロの名作「ウルトラマン」とのコラボ商品だ。
中に入っていたのは6種類のぷっちょ。

ウルトラぷっちょマン
ウルトラぷっちょセブン
ウルトラぷっちょジャック
ウルトラぷっちょエース
ウルトラぷっちょタロウ
ウルトラぷっちょゾフィー

全て初期の頃のウルトラマンシリーズのヒーローたちだ。
とっても懐かしい。

って、待てよ?
ウルトラジャックって誰だっけ?

失礼!思い出した!
帰ってきたウルトラマンのことだった。
すっかり忘れてた。

あと袋には7人のウルトラぷっちょマンって書いてあるんだけど、どう探しても6人しかいない。
ネットで調べたら、あとレオがいるらしい。
そっか、残念。。。

それはともかく、今回のウルトラぷっちょにはいくつかの特徴があるらしい。
さっそく、食べてみよう。

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見た感じは普通のぷっちょのようだ。
っと、食べて見ると、中に小さなグミが入っている。
何でもりんご味といよかん味、2種類のグミが入っているらしい。

あの歯にからみつくぷっちょの食感と、グミのプルプル感があたらしいぷっちょワールドを作り出している。
お見事!

あと、今回のぷっちょはヨーグルト味なのだが、使われている乳酸菌、
なんと宇宙を旅してきたらしい。

パッケージにはM78星雲からやってきたとある。。。
そんな訳ないだろっ!

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という訳で、相変わらずイチ押しの男梅とともに、僕のデスクを彩ることとなった、

ウルトラぷっちょマンたちなのであった。

(続く。。。いや続きません)

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2011年4月17日 (日)

戦車体験搭乗 ~ 土浦駐屯地にて

しばらく、満開の桜レポートのため土浦駐屯地の続きを書くのをお休みしてました。
前回予告の通り、今回は戦車の体験搭乗です。

陸上自衛隊土浦駐屯地には各種装備品の維持整備要員を養成するということもあり、新旧の各種装備品を見ることができます。

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グラウンドには昔の戦車や大砲から最新の榴弾砲までたくさんの装備品が並んでいました。

そして、僕たちが向かったのは霞ケ浦の湖岸に面した一角。
ここで僕たちを待ち受けていたのは、

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90式戦車です。
日本が世界に誇る重量級戦車です。

航空自衛隊が戦闘機、海上自衛隊が護衛艦とくれば、陸上自衛隊はやはり戦車でしょう。
子供にも一番ウケるのはやはり戦車ですからね。

ただ、この90戦車、基本的には北海道にしか配備されていないんです。

北海道の他で見ることができるのはここ土浦と富士くらいじゃないでしょうか。
動かない試作車とかなら朝霞の陸上自衛隊広報センターでもみることができます。

なぜ、北海道にしかないのか。
話すと長くなりそうなので今回はやめときます。
どうしても知りたい方は、90式戦車でググってみると答えが見つかると思います。

さて、今回土浦訪問の目玉、体験搭乗です。
動いている戦車に乗れる機会って、滅多にありません。

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といっても、運転席や車長席に乗れるわけではなく、戦車後部に取り付けられた特別席です。
平坦な道なのでドキドキ感的にはもうひとつでしたが、時速50㎞くらいは出てたと思うのでそれなりの迫力はありましたよ。

さて、戦車体験搭乗の後、ここで見せてもらった珍しい戦車をふたつ紹介します。
まずはこちら。

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八九式中戦車 乙型(ハチキュウシキチュウセンシャ オツガタ)

という戦車です。
八九式というのは戦時中使われていた皇紀の下二桁です。
つまり、八九とは皇紀2589年、昭和4年、西暦1929年に制式化されたことを意味します。
八九式中戦車は日本で初めて制式化された国産戦車なのです。

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そして、なんとこの戦車、今でも動くんです。
ここ武器学校でエンジン等を積み替える等、大改修の末、2007年に復活したのだそうです。
今回も実際に走る姿をみせてもらいました。
なんでもキャタピラが壊れると直すのが困難だとことで、気を使われているようでした。

ところでこの八九式中戦車、ボディをよく見ると、ところどころにこんな穴が空いているんです。

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丸い穴と、その横に細いスリットが入っているんです。
これは、スリットから外を見つつ、拳銃の先をこの穴から出して銃撃するのに使われたのだそうです。
でも、その分装甲が弱くなってしまうんじゃないかと心配ですけどね。

さて、珍しい戦車の二つ目とは、今回特別に見せてもらった最新戦車。

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10(ヒトマル)式戦車です。
こちらの10とは、もちろん西暦2010年のことです。

昨年制式化され、現在量産初号機が作られています。
今年度末、量産1号機が富士地区にある戦車教導隊というところに配備される予定です。

ここにあるのは、いわゆる「試作機」と呼ばれるもので、防衛省技術研究本部からこちらに移されたものでした。

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90式もいいけど、やっぱ新戦車もカッコイイと思いません?

この正面のアングルなんか、ド迫力です。

10式戦車の体験搭乗ができる日はいつになるのでしょうか?
その日が来るのを楽しみに待つとしますか。

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2011年4月14日 (木)

東京の桜2011③ ~ 江戸川公園

先月、椿山荘へ行く途中に立ち寄った江戸川公園の話をしました。

あの時に見た、開花前の桜が気になっていたので、先週さっそく行ってきました。

地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を降り、神田川の方へ向かいます。

ちなみに、前回2月下旬に訪れたときはこちら。

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それが今回どうなっているかというと、こちらです。

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すっかり様変わりですね。
満開といってよいでしょう。
神田川を覆うように広がる桜は見ごたえあります。

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川に沿った遊歩道も桜に覆われています。
こちらはこちらで、花見酒には絶好のポイントですね。

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この辺りの神田川は、江戸時代には御留川(おとめがわ)と呼ばれ、昭和40年までは江戸川と呼ばれていたそうです。
ここが江戸川公園と呼ばれるのはその名残りなんです。

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明治の初め頃からこの辺りの両岸に桜の木が植えられ、一時は200本以上の桜があったそうです。
花見の時期には夜桜見物のも出て、とても賑わっていたようですよ。

風情があっていいですよね。
今もあったら絶対繁盛すると思うんだけどなぁ。

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その後、度重なる洪水がおこり、その対策としての護岸工事に伴って多くの桜は切られました。
現在の桜は昭和58年、公園として生まれ変わったこの地に新たに植えられたものなのだそうです。

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そういえば、前回訪れたときに気になった、関口台町小学校の4年生たちの花壇。
こちらもいろんな花で綺麗に彩られていました。

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桜もいいけど、こちらも是非チェックです。

最後に、恒例のベストショットを。

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神田川を両側から覆う桜は見事です。

もうかなり散ってしまったと思いますが、今年の桜は今がラストチャンスかも。
かなり葉桜に近いかもしれませんが、見納めにいかが?

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2011年4月12日 (火)

東京の桜2011② ~ 千鳥ヶ淵

今回は靖国神社を後にして、すぐ近くにある千鳥ヶ淵公園へと進みます。

ここも桜の名所としてはかなり有名な場所です。
案の定たくさんの観光客が来ていました。

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千鳥ヶ淵は、皇居の北西部にある内堀に沿った一画です。

内堀に沿った緑道は全長約700mの遊歩道になっていて、千鳥ケ淵戦没者墓苑入口から靖国通り沿いの麹町消防署九段出張所まで伸びています。

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千鳥ヶ淵が桜の名所たる所以はなんといってもお堀の両側に広がる桜が美しいことでしょう。
沿道沿いの桜も綺麗ですが、対岸にある皇居側の桜がまたとても綺麗なんです。

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たくさんの桜が、斜面に沿って埋め尽くされているんです。

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そして、沿道沿いの桜の合間から垣間見える対岸の桜とのコントラストが見事なんですよね。
ホント。
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写真ではなかなか立体感を出すのが難しく、生の迫力をお伝えできないのが残念です。

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壮大な桜もいいけれど、一方こうやって幹の陰でひっそりと咲く桜も侘びがあっていいんじゃないでしょうか。

最後に今回のベストショット。

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お堀と皇居の緑、それを背景にした遠近に広がる桜のコントラスト。

コンパクトカメラにしては、なかなかの1枚だと思いません?
(自我自賛ですみません。。。)

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2011年4月10日 (日)

東京の桜2011① ~ 靖国神社

先週あたりから関東地方もやっと春らしい陽気になってきました。

桜の花も今が満開。
都内のあちらこちらでも綺麗な桜を堪能することができます。

という訳で、今年も昨年に引き続き、都内の桜を特集したいと思います。

第1回は靖国神社

市ヶ谷から靖国神社方面へ向かう靖国通り沿いからスタートします。

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広い通り沿いも桜並木になっていて、いかにも都会の桜だなって雰囲気です。

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この壁の向こうが靖国神社。
さっそく門をくぐりましょう。

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靖国神社の桜は、東京の開花宣言の基準になることで有名です。
どの桜の木が標本木になっているのかはわかりませんが、その木に5、6輪の花が咲くと気象台から東京の桜の開花が発表されるのです。

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靖国神社と桜の関係は古く、明治3年に木戸孝允が神苑に染井吉野を植えたのが始まりだとか。
現在境内には約600本の桜があるそうです。

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紅白並んだ、こんな桜もありました。

例年この時期にはたくさんの露店が並び、花見客で賑わうのですが、今年は東関東大震災の影響で境内での花見は取りやめ。
なので、シートを広げてお酒を酌み交わすシーンは見られませんでした。

最後に、今回のベストショットをどうぞ。
いかにも靖国神社らしい1枚です。

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次回は、千鳥ヶ淵へと足を進めます。
どうぞお楽しみに。

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2011年4月 4日 (月)

陸上自衛隊土浦駐屯地

茨城県土浦市、正確には茨城県稲敷郡阿見町というところに、

陸上自衛隊土浦駐屯地

があります。

ここには、武器学校という教育部隊(?)があります。

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今年の2月に新しい本部庁舎が完成したばかりだそうで、新築の匂いのする立派な隊舎は外から見ても、また内装も大層綺麗でした。

陸上自衛隊にはそれぞれの任務に応じた15種類の「職種」というのがあり、それに応じた様々な学校があります。
武器学校は「武器科」職種の自衛官を育成する学校であり、装備品や武器等の整備員を養成する教育機関です。
なので、新しい装備品から古い装備品までいろいろな器材を見ることができます。

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武器学校の資料館の入り口にこんなマークを発見。

これは、武器科職種の徽章で、諸外国陸軍の武器科職種に共通的に使用されている火炎弾のシンボルマークと武器科の汎用工具であるスパナを組み合わせ、武器科の職務と日本の武人の勇猛さを象徴する兜を模して表現しているんだそうです。

ここ土浦駐屯地、旧軍時代は海軍航空隊が置かれていました。
そして、海軍航空隊のパイロットを養成するための教育機関の役割を持ちます。

海軍飛行予科練習生、通称「予科練」です。

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昭和5年、これからの戦争は航空機が主役になると考えた海軍は、早い段階からパイロットを育てようと、14歳から17歳までの少年を全国から集め、この地で教育しました。

その後、予科練は三重、岩国、松山など最終的には19カ所に作られたそうです。
入隊者の総数は最終的には24万人ですが、終戦とともに解体されたため、卒業者は2万4千人だそうです。
残念なのは、その卒業者の約8割が戦死したということ。

そう、予科練の卒業者のほとんどは特攻隊等のパイロットとして全国に散らばっていったのです。

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これらの英霊を鎮魂するため、ここには雄翔園、雄翔館という施設が作られています。

雄翔園は追悼の碑や予科練二人像等が置かれていて、全体は庭園になっています。
芝生に置かれた7つの石は、予科練生の制服の7つボタンを、芝生を囲む外縁は日本列島を表しています。

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雄翔館では予科練から戦地で散った卒業生たちの写真や遺品等を展示しています。

特攻隊に選抜された少年が両親に宛てて書いた遺書など、とても10代で書いたものとは思えないほど立派な文章でした。

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雄翔館の前にある銅像は、山本五十六元帥の銅像です。
これは、戦時中にこの地に立っていた銅像のレプリカですが、この銅像をめぐる逸話を聞いたのでちょっと紹介します。

昭和18年秋から昭和20年終戦時まで海軍航空隊の本庁舎前に設置されていた山本元帥の銅像は、終戦によって米軍に汚されることを恐れ、上半身と下半身の二つに割られそれぞれ別の場所に隠されました。
その後、上半身は昭和23年に隣接する霞ヶ浦の湖底にて発見され、現在、海上自衛隊がある広島県江田島に保管されています。
一方、下半身は長く発見されませんでしたが、平成14年6月10日、元々銅像のあった台座の横(常在戦場の碑)付近の土中から発見されました。
そして、さらに細かく砕かれ、現在はこの銅像の下に眠っているのだそうです。

さて、次回は陸上自衛隊を代表する装備品、90戦車の体験搭乗と新旧戦車の紹介をしたいと思います。
お楽しみに。

 

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2011年4月 1日 (金)

「答えはひとつじゃない!」⑤ ~ 「反省」と「後悔」

5.「反省」と「後悔」について

私は「答えはひとつじゃない!」とともに、以前から自分に言い聞かせているもうひとつの言葉があります。
それは、

「反省はしても後悔はするな!」

です。

先日とある書店で、将棋の羽生名人が書いた本「大局観-自分と戦って負けない心」をチラ読みしていたんですが、その本の冒頭に出てきた言葉がまさしく、「反省はするが、後悔はしない」でした。

実際に買って読んだわけではないので(ゴメンナサイ)、真意は私が考えるところと同じかどうかわかりませんが、通じるところはきっと同じだと思っています。

私の場合、この言葉「反省はしても後悔はするな!」は、「答えはひとつじゃない!」と深い関わりを持っています
今回はそのあたりを深堀りしてみたいと思います。

まず、反省と後悔の違いについて考えてみます。
「後悔」という言葉を辞書で引くと、次のようにありました。

「あとになって以前の自分の言動を悔やむこと。」

一方、「反省」という言葉を同様に引くと、次の通りです。

「自分の過去の言動をかえりみて、考えること。」

(以上、旺文社国語辞典より)

どちらも、多くのケースにおいて、過去に行った自分の言動や判断が失敗してしまった場合、あるいは思うような結果が出なかった場合にとる行動だと言えます。
後悔と反省は一見違う行動のように見えますが、実は時系列に考えたとき、これらの行動はプロセスの差であるということができるのです。

ミスや失敗を犯してしまったとき、「あ~あ」とか「しまった」などと思うはずです。
そして、

「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」

あるいは、

「あの時こちらを選択しなきゃよかった」

と悔やむのではないでしょうか。

これが「後悔」ですよね。
私は後悔はやってはいけないことだとは思っていません。
なぜなら失敗してしまったとき必ず通る道なのですから。

実はここからが大切なのです。
このとき、ここで思考が停止してしまうと、「後悔」で終わってしまいます。

この後に、

「こんなことをしないためにはどうすればよかったんだろう」

あるいは、

「別の選択をしていたらどうなっていたんだろう」

と考えることが重要なんです。

つまり、「後悔」は「反省」への通過点なのです。

「後悔」はマイナス志向のままこの先も引きずっていくことになります。
でも、「反省」はマイナス志向からプラス志向に転じることができるのです。

そして、「後悔」から「反省」へとステップアップするためのキーワードが、

「答えはひとつじゃない」

なのです。

いったいどういうことなのでしょう。

まず、答えはひとつしかないという前提で考えてみます。

考えを実行に移す際、唯一の答え(=方法)に基づいて行われます。
うまくいけばそれでOK。
でも失敗してしまった場合、その答えは正しいはずなのにうまく行かなかったという結果だけが残り、そのことに囚われてしまいます。

そして他の解決策が考えられないために、思考がそこでストップしてしまいます。
すなわち、後悔で終わってしまうのです。

一方、答えはひとつじゃないという前提ではどうでしょう。

あらかじめ複数の解決策を用意しておいた場合は、ひとつの手段で失敗しても他の手段で再チャレンジすることができるかもしれません。
とても取り返しのつかないような結果になったとしても、なぜ失敗したのか、失敗しないためにはどうすればよかったのかと考えることで経験となり、次への教訓として生かすことができます。

また、あらかじめ複数の解決策を用意していなかったとしても、失敗という結果に囚われず、他の手段はないかどうかもう一度考え直す、あるいは、二度と同じ失敗を繰り返さないためにはどうしたらよいか考えることができます。

すなわち、後悔から反省へと進むことができるのです。

我々の社会を構成する人間は人それぞれであり、それゆえ物事に失敗はつきものです。
そして、人は成功や失敗を繰り返すことで成長していくものです。
失敗を後悔で終わらせるのではなく、反省へと進めることが大切だと考えます。

「反省はしても後悔はするな!」

この言葉が、最後まで読んでくれた方々のお役に立てれば幸いです。

※「答えはひとつじゃない!」⑥ ~ 「気遣い」と「気配り」はこちらから
※最初から読みたい方はこちら

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