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2011年6月 1日 (水)

「答えはひとつじゃない!」⑥~気遣いと気配り

6.「気遣い」と「気配り」について

人は集団の中で生きていくものだ、と以前書きました。私たちは孤独では生きていけないということですよね。
いろんな人と関わりながら生きていく以上、何でもかんでも自分勝手に進めるわけには行きません。
そこでは「気遣い」「気配り」といった、相手を思いやる気持ちが大切です。

ところで、「気遣い」と「気配り」はどのような違いがあるのでしょうか。
どちらも相手のことを思い、何らかの言葉をかけたり、行為を行ったりすることではあります。
辞書によってはこのふたつの言葉は同じ意味として扱われているものもあるようですが、私はこの2つの行為には決定的な違いがあると考えています。
ちょっと難しい言い方になるかもしれませんが、その行為の主体がどちらの主観に基づくものかということです。

まず、「気遣い」について考えて見ましょう。
旺文社国語辞典によると、気遣いとは、

①「気を遣うこと。心づかい。」

②「悪い事態になるのではないかという恐れ。心配。」

とあります。
相手のことが気になって、あれこれと思い悩む現象であると言えます。

例えば、誰かと会話している場面で、自分の言った言葉で相手が気を悪くするんじゃないかと思い言うのをためらうとか、自分にとっては興味のない話だけど相手を喜ばせるために面白そうな反応をしてあげるといったことはよくあるんじゃないでしょうか。

あるいは、喉が渇いてたまらなくて、自販機で冷たい水を買ったついでに、相手も喉が渇いているだろうからもう1本買って、「はい、どうぞ」と言って渡すのも相手に気を遣った行為ですよね。

でも、この場合、相手もきっと喉が渇いているだろうと自分が勝手に思ってしまっているだけで、実際相手が本当に喉が渇いているのかどうかはまだ判りません。
こうやって考えると、「気を遣う」行為のきっかけは、相手のことが気になる、気になってしょうがないという思いであり、あくまでも自分自身の主観に基づく行為なのです。

また、気遣いの対象は親戚だったり友達だったり、どちらかというとすでに面識がありある程度親密な相手に対して遣うことが多いのではないでしょうか。
赤の他人だったり、ほとんど面識のない相手に対して気を遣うというのは難しいのではないでしょうか。
それはある程度相手のことがわかる、相手の考えていることが予測できているという前提に立っているからなのです。
ただし、それはあくまでも自分がそう思っている、もっと言うと思い込んでいる状態であって、本当に相手が自分の思っている通りかどうかは、その行為をやってみなければわからないのです。

面識のあまりない相手のことを気遣って、余計なお世話だって言われた経験のある方もいるのではないでしょうか。

自分が思っている通りであれば、きっと感謝されるでしょう。
しかし、もし違っていれば相手は感謝するどころか、場合によっては逆効果だったりすることさえあるのです。

一方、「気配り」というのはどういう行為なのでしょうか。
同じ国語辞典で調べると、

「行き届くように、いろいろと心遣いすること。配慮」

とあります。

なんとなく同じ様な意味にも取れますが、微妙に違うようにもとれます。
私が着目するのは上の文章中の、「いろいろと」の部分です。
気を配る状態とは、相手のことを思い、相手が思い悩んでいることを察していろいろと配慮する現象であると言えます。

例えば、先程の飲み物の例で言うとこういうことです。

喉が渇いてたまらなくて、冷たい水を飲みたいと思います。
その時、きっと相手も喉が渇いているんじゃないかなと考え、

「喉渇いてない?そこの自販機で水買ってこようと思うんだけど、よかったらついでに何か冷たい飲み物を買ってこようか。」

と言って、まず相手の気持ちを確かめます。さらに、

「水にする?それとも麦茶とかの方がいい?」

と、相手が望むものを聞いてから買ってきます。

ここまでいくと、かなりのものですが、
つまりこの行為が相手に対する配慮であり、「気配り」なのです。

この時、気を配るのは確かに自分が相手に対して行うものなのですが、気を配る内容がどちらの主観に基づくものかというと、こちらの場合はあくまでも相手にあります。

あと、気配りというのはある特定の人に対して行う場合と、自分の周りにいる複数の人たちに対して行う場合があるのではないでしょうか。

一流ホテルのコンシェルジェは、様々なことへの配慮が行き届いていると思います。
いろいろなお客様がいろいろな希望・要望や不平・不満を持っています。
そういう様々な場面を事前に察知して、やさしく声掛けし、相手の考えていることを聞き出し、すばやく解決する。
いわゆる気配りのプロですよね。

こうやって考えると、気遣いと気配りの違いのポイントは「会話」のような気がします。
すなわち、自分が相手のことを思ってから行動するまでの間に、「会話=コミュニケーション」によって相手の意思の確認が行われるのが気配り、「会話」が行われないのが気遣いなのです。

相手に対して「気を遣う」ことも大事だと思いますが、「気を配る」ことのほうが遥かに大切なんじゃないでしょうか。

では、どうやったら気遣いを気配りに変えることができるのでしょうか。

ここで、「答えはひとつじゃない!」の登場です。

私流に言わせてもらうと、「気遣い」の内容は「答えがひとつ」に近いということとほぼ同じです。
一方、気配りとは、相手が思っていることは必ずしも自分と同じとは限らない、「答えはひとつじゃない」から相手の気持ちを確かめてから判断する、判断するためには相手に聞いてみないとわからない、だから会話によって確かめるということになります。

つまり、「気配り」は、「気遣い」に会話をプラスすることで成り立つのです。
簡単な足し算じゃないですか。

コンシェルジェになれ、とは言わないまでも、気配り上手にはなりたいものです。

そのためには「答えはひとつじゃない!」を頭の片隅に置いておくことをお勧めします。

※最初から読みたい方はこちら
※答えはひとつじゃない⑦はこちら

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