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2011年11月28日 (月)

海上自衛隊の防火訓練を見学

久しぶりに海上自衛隊の話題から。

長崎県佐世保市は昔から海軍の町として栄えてきました。
現在も、在日米海軍と海上自衛隊が佐世保港の大半を占めています。

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今回、僕は海上自衛隊佐世保基地を見学させてもらいました。

佐世保基地は大きく4つの区域に分かれていて、その4つとは、

 平瀬地区:佐世保地方総監部等が所在するメイン地区

 立神地区:米軍の港の先っちょ部分で造修補給所と岸壁からなる

 崎辺地区:佐世保教育隊を中心とした教育機関

 干尽地区:音楽隊や衛生隊が所在

このうち僕は、崎辺地区と立神地区の2カ所を見学。
ところで、上の4つの地名の読み方わかりますか?
「ひらせ」、「たてがみ」は何となくわかりますよね。
「崎辺」は素直に「さきべ」と読みましょう。

残りは「干尽」。
僕は最初「せんじん」かなって思ったんだけど最初の文字は「千」ではなく「干」
そう、洗濯物を干すの「干」なんです。
で、読み方は「ひづくし」と読むのだそうです。
「ニホンゴッテ、ムズカシーデスネー」

くだらないオチがついた所で本題に戻ります。

まずは、崎辺地区へ行った僕たちを待っていたのは、こんな施設。

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何やらどデカイ配管がやたら不気味な建物です。

これ、海上自衛隊佐世保教育隊が所有する「防火訓練装置」
こんなに大きくても、施設じゃなく装置なのが面白いですよね。

つまり、艦艇で起こった火災に対し、適切に対処し消火活動ができるよう練成する訓練場なんです。

さっそく中へ入ると、実際教育生たちが防火訓練を始める所でした。

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上の写真中央の丸いところは、この中で火災を起こし消火活動の基本を教えるための施設です。

先程建物の外側にあったでっかい配管は、排煙設備と浄化設備だったんですね。
納得。

と、今回の舞台はここではなく、左奥の別の部屋。
船の機関室を模擬した施設です。

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このように、部屋の中は激しい火災でとても人が入れるような状態ではありません。
ところが、いざ火事となると隊員たちはこういう火災を食い止めなければならないのです。

そのために、消火活動は10人くらいのチームプレイで行うことになります。

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このように、2本のホースを使って消火活動にあたります。
1本は当然放水用のもの、そしてもう1本は再前方で消火している隊員たちにかけるシャワーの役割を持っています。
お互いが声をかけあいながら消火にあたり、中の火は無事に消し止められました。
思わず拍手です。

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こちらは、モニター室。
火災を発生させたり、中の様子をモニターしたり、何かの場合には即座に中止したりと全ての操作をここで行います。

いやぁ、貴重な展示を見せていただきました。

ところで、艦船にとって危険なのは火災だけではありません。
敵の魚雷攻撃等による浸水も致命的となります。

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防火訓練装置のすぐ近くにあるこちらの建物は、「防水訓練装置」です。

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このように、壁の一部に砲弾が貫通した跡があります。
訓練では、この穴から水が勢いよく噴き出してくるんだと思います。
この水圧に耐えながら、チームで協力して浸水を食い止めるのだと思います。

「思います」を連発したのは、今回実際に訓練の様子を見ることができなかったからです。
なので、教官の方に、

「どうやって浸水を止めるんですか?」

って聞いたら、

「木材(角材)を使うんですよ」

って言われたんだけど、さっぱりわかりません。

やっぱり、実際に訓練の様子を見せてもらうしかないようですね。

またもしどこかで防水訓練を見学させていただく機会があったら報告しますね。
それまでお楽しみに。

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2011年11月25日 (金)

いざ、対馬へ!

「対馬」

なんて読むかわかりますか?
まあまあ有名なので、わかりますよね。

そう、「つしま」です。
先日、自衛隊の研修で対馬へ行く機会がありました。

今回の対馬への旅は個人的にとっても楽しみでした。
というのも、実は大昔に住んでいたことがあるんです。

幼稚園の頃なので断片的にしか記憶がないんですが、
僕が通っていたのは、「厳原(いづはら)幼稚園」という町立の幼稚園だったんです。
当時は当然知らなかったのですが、1918年(大正7年)創立ということで、大変由緒ある幼稚園だったんです。
100周年には是非お祝いに駆けつけたい、なんて思ったりしてます。
たぶん無理だけど。。。

話を本題へ戻します。
今回、長崎県大村市から陸上自衛隊輸送ヘリコプター、「CH-47」に乗って移動しました。

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ちなみに九州に配備されているものは、正式には「CH-47JA」といい、他のものに比べ、大型の燃料タンクが搭載されています。
何故だかわかりますか?

そうです。
沖縄や対馬など離島が多く、航続距離を延ばす必要があるためです。

早速機内へ乗り込み、いざ出発。

Ch01

無事に離陸。
そうそう、ヘリの中には横向きのベンチシートが向かい合うように設置されていて、いわゆる地下鉄のような感じです。
もっというと、ひとまわり小さい都営大江戸線に乗っているような感じです。
(関東以外の人にはわかりにくい説明ですみません<m(__)m>)

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しばらくすると、九十九島佐世保港が見えてきました。

ほんと、九十九島は大小様々な島が密集しているのがよくわかります。
上から見るのは初めてです。
空気が澄んでいれば、もっと綺麗に見えるのに、残念。

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またしばらくすると、大きなつり橋が見えてきました。

平戸大橋です。
長崎県平戸市は平戸島という大きな島になっていて、九州本土と平戸島を陸路でつなぐ唯一のかけ橋なんです。
全長665m、1977年に開通した当時は日本で最も長い吊り橋だったんですよ。

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またしばらくすると、今度は結構大きい陸地が見えてきました。
いよいよ対馬かと思いきや、実は「壱岐」でした。

写真の右上のあたりが、壱岐の中心、郷ノ浦地区のはずなんですが、もやが濃いため綺麗に見えないのが残念です。

さて、CH-47の旅もそろそろおしまい。
いよいよ、目的地が見えてきました。

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こちらが対馬の中心、厳原です。
僕が住んでいたころは、町村合併前だったので、
長崎県下県郡厳原町でした。

ちなみに「下県」は「しもあがた」と読みます。
対馬は2つの大きな島からなり、かつては北側の島が上県郡、南側の島が下県郡と分けられていたんです。

ヘリは対馬空港に降り、そこから対馬駐屯地まで車で移動します。

僕が住んでいたころと比べかなり道路も整備されているようで、○十年ぶりとはいえ初めての景色です。
空港から厳原まで結構トンネルが多いのにびっくりしました。

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そうこうしているうちに、陸上自衛隊対馬駐屯地の正門が見えてきました。
と同時に、ここにきて何だかとっても懐かしい感覚が甦ってきました。

そう、かつての僕んちは対馬駐屯地の裏手にあったんです。
この上り坂は何となく覚えています。

当時は平屋建ての長屋が並んでいたんですが、見た感じ鉄筋の団地に生まれ変わっているようです。
当然と言えば当然です。
何せ○十年前のことなんですから。。。

ということで、ひとり勝手に当時の感傷に浸りながら、今回はこれくらいにしておきます。

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2011年11月21日 (月)

長崎ちゃんぽん in 東京 ~ 「九州藩」編

久しぶりに、東京でおいしいちゃんぽんを出してくれるお店を見つけました。
実は、会社の近くに最近できた居酒屋さんなんです。

JR市ヶ谷駅を降り、内堀にかかる橋を渡ったほぼ正面にあります。

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その名も「九州藩」

いわゆる九州料理をメインにした居酒屋さんというわけ。

今年の8月にここ市ヶ谷の地に出店。
確か、その前ここにあったのは「花まるこ」だったんじゃないかな?

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お店自体はこのビルの地下1階にあるのですが、1階の階段口のところにはランチメニューが掲載されています。

そして、そのメニューのにあるのが、長崎名物、ちゃんぽんと皿うどんです。

長崎出身の人間がこれを見たら、迷わずお店にはいらなければなりません(笑)。

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しかし、「九州藩」って何だか大それた名前をつけたもんですね。
っていうか、そんな名前の藩なんかないし。。。

一応、この会社のサイトに行って確認したところ、なるほどねって納得できる社長の挨拶文が掲載されていたので紹介します。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

何故、九州藩?

「出身はどちら?」
の問いに大半の人は
「九州」
と、どことなく誇らしげにこたえる。
「・・・で、九州のどちら?」
と話は続くが、最初の九州で既に心は繫がっている。
この強い結び付きは、日本中のどこにもない。
「そうだ!九州は、ひっくるめて一つなのだ。」
という思いは消し難く、『九州藩』を名乗った次第です。 

※荻原商事㈱公式HP 会社案内より抜粋

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

この前半部分、九州以外に住んでいる九州出身の人なら、誰でもうなずく話なんです。
「九州」っていう2文字で何となく友達になれたような気になちゃうんですよね。

さて、本題のちゃんぽんですが、注文して出てきたのがこちら。

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実際、写真で見るよりかなりボリューム感ありです。

豚肉、エビ、タコ、キクラゲ、それにたっぷりの野菜。
そして、長崎の人にしか通じない「はんぺん」まで入ってる。。。

長崎以外の地ではんぺんというと、おでんとかに入っているあの白いフワッとしたやつを思い浮かべると思います。
「紀文のはんぺん」は有名ですよね。

ところが、長崎にはその白いはんぺんはまず売ってません。
長崎で言うはんぺんとは、かまぼこを短冊切りにしたようなもので、ピンク色やみどり色などカラフルな色つけがしてあり、ちゃんぽんに色どりを添える重要な役割を持っているんです。

実際どんなものか、以下のサイトに商品の写真が掲載されていますので、気になる方はクリックしてみてください。
(※中野蒲鉾店HP カタはんぺん)

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スープも麺も本場のものと遜色ありません。
麺はおそらく、長崎から取り寄せているんだと思います。

魚介のダシがよく出てて、あの白濁スープがちゃんと再現されています。
個人的にはもう少し塩味を抑えてあっさり系に仕上げた方がいいかなとも思いますが、ラーメンに馴れたこちらの世代の人たちには、これくらいインパクトのある方がいいのかもしれませんね。

しかし、これで750円は安い!
とっても気に入りました。

会社から歩いて来れるので、しょっちゅう通いそうです。
ダイエットのため、お昼は軽めにしてるのに。。。

ところで、夜は九州各地の郷土料理とお酒が楽しめて、こちらもコストパフォーマンスばっちりです。
九州出身の方も、そうでない方も、ここに来ると九州気分を満喫できますよ。

関連ランキング:郷土料理 | 市ケ谷駅麹町駅四ツ谷駅

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2011年11月17日 (木)

化学防護車と除染車のお話

前々回に引き続き、福岡駐屯地に所在する第4特殊武器防護隊ネタよりお届けします。

今回は特殊武器防護隊が所有する、2種類の車両についてです。

まずは「化学防護車」

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6つの大きいタイヤが特徴的な車ですが、これと同じ様な車両に指揮通信車というのがあります。
そう、指揮通信車を改造して作られたのがこの化学防護車なんですが、こちらは汚染させた地域でも活躍できるよう車内の密閉度を高め、空気浄化装置等が追加されているのだそうです。

今回の展示では、放射能で汚染された地域での観測活動を行うという前提で行われました。

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まず、車体上部にある観測装置がニョキっと現れ、外気の観測を行います。

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次に、車体後部に備え付けられた、「マニピュレーター」が土壌のサンプルを採取します。
ちなみに今回は、社内の操作査員がゴルフボールを掴む様子を見せてくれました。

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続いて、汚染された土壌を除染するため、目印を立てる模様です。
これも、社内の操作員によって、開始地点と終了地点に旗を立てます。

続いては「除染車」の登場です。

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正確に言うと「除染車3型」
つまり3世代目ということでしょうか。

2500リットルのタンクを装備していて、化学剤等を散布することができます。

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今回は放射能に汚染された土壌の洗浄、あと展示ということで水の散布を行います。
先程化学防護車が立てた旗を目印に、まず前方の噴射ノズルから勢いよく噴射されます。

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続いては後方の様子。
左右の隊員がスプレーガンを操作して、目標に対し確実に噴射する様子を展示してくれました。

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仕事が終わり、部隊に帰ってきた除染車はタイヤを中心に汚れた部分を綺麗に洗い流します。

って、実はこれ、スプレーガンを体験させてもらった僕なんですけどね。
へへっ。。。

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2011年11月14日 (月)

第9師団記念行事にて

先週日曜日(11月6日)、青森駐屯地において第9師団創立49周年記念行事に参加してきました。

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陸上自衛隊第9師団は北東北3県、すなわち青森県、秋田県、岩手県を警備担当区域とする師団。
今年の式典は、特に岩手県において東日本大震災により大きな被害を被ったということで、今回の式典もかなり縮小版で行われました。

通常であれば、観閲行進や訓練展示と言った、お馴染みのメニューなんですが、観閲行進も訓練展示も無し。
体育館内のみでのかなり簡略化されたものとなっていました。

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参加した隊員もおそらく300名くらいじゃないでしょうか。

このように、1列縦隊で次々と体育館の中へ入って行きます。
とはいえ、隊列は乱れることなく、綺麗な行進で入場するのはさすがです。

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整列が終了し、執行者である第9師団長に対する栄誉礼が終わると、今回の大震災の犠牲者に対する黙とうが行われます。
1分間の黙とうの間、音楽隊による追悼演奏が流れてきました。
今年の式典は、どこへ行っても黙とうが捧げられます。
当然と言えば当然なんですけどね。

この後、師団長式辞、来賓式辞と続き、これで式典は終了。
わずか30分という短い式典でした。

祝賀会食では、今回の震災に取り組んだ第9師団の活動がビデオと写真で紹介されていました。
残念ながら会食の風景は、イクラ丼稲庭うどんのせいで写真に納めるのを忘れてしまいました。

その代わり、最後に青森駐屯地の紅葉を2枚お届けします。

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東京の紅葉は、かなり遅れているようですが、青森の紅葉はとっても綺麗でした。

という訳で、簡単ですが青森駐屯地の記念行事の報告を終わります。
失礼いたしました。

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2011年11月10日 (木)

自衛隊の除染作業って。。。

もう約1ヵ月ほど経ちますが、陸上自衛隊第4師団がある福岡駐屯地という所に行ってきました。

部隊研修の一環でお邪魔したんですが、そこで見せてもらったのは、

「第4特殊武器防護隊」

による、除染作業の模様。

実際に東日本大震災でも活躍したこの部隊は、原発から20Kmしか離れていない、川内村村民体育センターという所で除染施設を開設したそうです。

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で、今回その時に行っていた、人員除染所での様子を再現してくれました。

想定としては、放射能汚染地域で活動してきた隊員が、こちらの施設で検査を行い、除染するというものです。

施設の全貌はというと、

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こんな感じになります。
結構な長さがありますね。

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テレビ等でよく見る、白い防護服を着た隊員が帰ってくると、受付ののち、まず服の上からスクリーニング(汚染濃度を測ること)を行います。

どのあたりに放射能物質が多くついているかを知らせ、服を脱いだり体を洗ったりするときの注意を指示します。

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そして、防護服を脱ぐ訳ですが、使い捨てタイプのこの服、実は紙製なんです。
なので、脱ぐときは、ビリビリッと破きながら脱いでいきます。
このとき注意しなければならないのは、表面が体につかないよう、裏返しながら脱ぐのだそうです。

服を脱いだら、再びスクリーニングを行い、基準値を超えている部分がなければここで終了し、更衣室へ行きます。

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体の一部にまだ放射能物質が残っている場合には、こちらのシャワールームで指摘された部位を重点的に洗い流します。

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きちんと洗い流されたか、再度検査を実施します。
ここで、基準値以内であればOK。
NGとなった場合は再びシャワーへ、基準値以下になるまでこれを繰り返します。

今回は、デモンストレーションということで、このように開けっぴろげの状態ですが、実際は違いますからね、当然。

ところで、すっかりお馴染みとなったこの白い防護服。

「タイベック」って言うんだそうです。
これ、アメリカにあるデュポン社というところの登録商標だそうで、白の他にもブルーやグリーンなどもあるそうです。

アマゾンで検索したら、普通に売ってました。
1枚、1,130円。

そんなに高くないじゃん。
家族分、買っとこうかなぁ(冗談)。

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2011年11月 7日 (月)

陸上自衛隊竹松駐屯地記念行事より ~ 後編

前回は、ホークミサイルが発射装置に装填完了したところまでをお伝えしました。

今回はいよいよミサイル発射です。

想定としては、北北東の方角から未確認の航空機が飛来してきたというものです。

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敵戦闘機と確認した中隊本部は、敵機の目標補足と高出力イルミネーターレーダーによる追尾を行います。
ちなみに、奥にあるのが中隊指揮装置、手前にあるのがイルミネーターレーダーです。

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ホークミサイルの発射準備が整いました。
中隊長の命令により、いよいよ発射です。

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赤い火花を噴射して、発射ーーっ!
って、実際には発射できません。
実は日本においては有事以外、このミサイルを発射できる場所はどこにもないんです。

という訳なので、一応発射したことにしといてください。
で、目標の方向を見てみると、

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何と、発射されたホークミサイルが、敵航空機に向かって飛んでいるじゃないですか(笑)。

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しかも、超スローモーションで。。。(笑)。
そして、ついに。。。

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大きな音とともに、見事命中(笑)。

敵の航空機はあとかたもなく、撃墜されてしまいました。

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あはははは。。。(^_^;)

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こちらは、対ヘリコプター用として装備された12.7mm重機関銃です。
かなり古い装備品なので、ちょっと動きが鈍い感じもしました。

最後は、祝賀会食より。

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各テーブルには、一人一人このようなマット(の替わり)、メニュー表、箸入れが整然と並べられていました。

こういうところ、非常に気配りが行き届いていて、とてもセンスがいいと思います。

また来年も来たいなぁって思いますもんね。

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2011年11月 4日 (金)

陸上自衛隊竹松駐屯地記念行事より ~ 前編

平成23年10月23日、長崎県大村市にて、

陸上自衛隊竹松駐屯地創立59周年記念行事が行われました。

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僕は昨年に引き続き参加してきました。
そういえば、昨年は激しい雨の中での行事。
テントが張ってあったのでなんとか大丈夫でしたが、隊員の人たちは大変そうだったのを思い出します。
(昨年のレポートはこちらからどうぞ)

今年の行事は、昨年とは打って変わって快晴のもとで行われました。

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竹松駐屯地の主力部隊は、「第7高射群」
そして、第7高射群の主力装備は、「ホークミサイル」

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正確には「地対空誘導弾 改良ホークⅢ型」といいます。

現在はもう製造されていません。
ホークの後継として2003年に制式化された、「03式中距離地対空誘導弾(中SAM)」
に役目を譲ったからです。

という訳で、今回と次回にわたりホークミサイルの装填から撃墜までをダイジェストでお届けします。

部隊の展開が終わり、発射装置の準備が完了すると、

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「運搬ローダ」と呼ばれる運搬車両に搭載されたホークミサイルがさっそうと登場してきました。
この運搬車がとてもちっちゃくて、何だか可愛いんです。

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ローダが発射装置の所まで来ると、いよいよ装填開始。

各隊員がそれぞれの配置につき、いくつかの点検が終わると、いよいよローダのアームが動き始めます。
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ミサイルが最も高い位置に来た時、車体が傾いています。
必死で支えている姿が、けな気じゃないですか。
「もう少しだ、頑張れ~」

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無事に発射装置に搭載されると、隊員がきちんと装填されているか、チェックを行います。

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チェックが完了すると、ローダはミサイル発射装置から静かに離れていきます。
バンザイしたまま、後ずさりしているような感じですね。

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役目を終えた運搬ローダは別の場所へと去って行きました。

自分が運んできたミサイルが発射されるのを見ることができないなんて、ちょっと悲しくないですか?

って、なんだか今回は「運搬ローダ哀愁物語」みたいになってしまいました(笑)。

次回は、いよいよミサイル発射と敵航空機撃墜の模様をお届けします。

お楽しみに。

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