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2012年5月 2日 (水)

多賀城駐屯地記念行事より ~ 前編

先週の土曜日、宮城県にある多賀城駐屯地というところへ行ってきました。
駐屯地創立58周年記念行事へ参加するためでした。

多賀城は、仙台から仙石線という電車に乗って20分ちょっとで行くことができます。
仙石線は仙台と石巻を結ぶ鉄道で、太平洋沿岸を走っています。

なので、当然ながら昨年の東日本大震災の津波による被害を受けていて、現在も一部不通区間が残っています。
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多賀城駅の駅舎は古い建物と新しい高架が合体した造り。
とりあえずの応急処置でしょう。
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ホームの向こうに見える渡り廊下は、建設途中?、それとも取り壊し途中なのでしょうか?
ちょっと判断つきませんでした。

駅には、自衛隊による多賀城駅~駐屯地間のシャトルバスが用意されていましたが、震災後1年が経った町の様子を見てみたくて、約2.3Kmの道のりを歩くことにしました。

駅から駐屯地までは、市内を流れる「砂押川」の河岸を歩いて行くと20分ちょっとで行けます。
一見、かなり復興は進んでいるように見えますが、実際のところはまだまだのようです。

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実際、河岸沿いの道路は河岸工事のため途中通行止めの区間があり、ちょっと迂回させられました。

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当時の傷跡がそのまま残っている建物もあり、地震と津波の怖さをあらためて感じました。

そして、多賀城駐屯地に到着。

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ここも、津波で被害にあった場所です。
腰の高さまで津波が押し寄せる中、5時過ぎには人命救助のため出動していったという話を聞きました。

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ところで多賀城駐屯地には、大きく4つの部隊が所在しています。

第22普通科連隊
第38普通科連隊
第119教育大隊
東北補給処多賀城燃料支処

一つの駐屯地に2つの普通科連隊があるのは珍しく、多分ここだけではないでしょうか。
といっても、第38普通科連隊は他の連隊とは違い、即応予備自衛官で構成される部隊。
しかも、これまでの経緯がちょっと変わっているんです。

元々は昭和37年に第9師団の隷下部隊として八戸駐屯地に創られました。
その後、予備自衛官制度の始まりとともに、平成11年にコア部隊(即応予備自衛官で組織される部隊をこう呼びます)として編制替え、6師団隷下部隊として多賀城に移駐。
さらに、平成18年に第119教育大隊とともに、東北方面混成団の隷下に編制替え。
それに併せ、4個ある中隊の半分(3中隊、4中隊)が八戸へ戻ったのです。

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駐屯地はかなり広い敷地で、上の写真の山のようになっている場所も敷地内です。
そしてこの山の向こうに燃料支処があります。

今回は記念行事で駐屯地を一般開放する関係から山の中は通行禁止になっていましたが、中腹に見えるしだれ桜は見事でした。
もっと近くで見たかった。。。

行事の内容に入る前にかなりの紙面を使ってしまったため、今回はここまで。
次回こそ記念行事のレポートをしますので、しばしお待ちを。

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