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2012年6月12日 (火)

三内丸山遺跡、リベンジ!(後編)

前回に引き続き、青森市にある「三内丸山遺跡」をお届けします。

前回は「大型竪穴住居」と「大型掘立柱建物」を見てきました。
今回は、その他の建物を順に見ていきましょう。

まずは、こちら。

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「掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)」

いわゆる高床式の建物ですね。
僕らが小さい時に習ったのは、高床式倉庫という名で、弥生時代以降に出てきたという記憶があります。
縄文時代は狩猟が中心でした。
弥生時代から農耕が始まったのに伴い、収穫した農作物を貯蔵するための倉庫として建てられたと記憶してます。

でも、この建物は約4500年前、縄文時代中期に建てられたもの。
弥生時代が始まる2500年も前に建てられた計算になります。

その特徴は堅いクリの柱に穴をあけ、床のベースとなる木材を貫通させて造られているところ。
縄文時代にこのような建築技術があったなんて、僕らの先祖って凄いと思いません?

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ちなみに、1月に来た時はこんな感じでした。
ほぼ同じアングルからのショットですが、これじゃよくわかりませんよね。

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これは単なる道路のように見えますが、この道路の両脇はお墓になっていて、大人の遺骨が2列に整然と並んでいたそうです。
現在は全て埋め戻されているので、その様子をこの目で確認することはできませんでした。

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こちらの一画にあるこれらの建物は、いわゆる竪穴式住居と呼ばれるものです。
実は、竪穴式住居と言っても、いくつかのバリエーションがあるようです。

上の写真でもいくつかのタイプが写っています。
一般的な茅葺きの他に、樹皮葺き土葺きといったバリエーションがありました。
土葺きにはさらに一面が苔や草で覆われたものもあります。

時代の流れでいろんなバリエーションが造られたのか、位や身分によって種類が分けられたのか定かではありませんが、とりわけ土葺きはなんとなくみすぼらしい感じがします。
でも、土葺きは下地として茅を敷いた上から土をかぶせていて、断熱効果が高い構造になっているそうです。
先人の知恵ってやつですね。

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ところで遺跡の入口には、縄文時遊館という展示施設が併設されています。
中庭から見ると、総ガラスの回廊のような造りになっていて、遺跡とは対照的に超近代的な建物です。

中には、当時の時代背景や生活の様子などが展示されているようですが、何せ40分という短い時間、今回は、いや今回もこちらの見学は断念。

最後に、施設内にあるレストランで目に止まったのがこちら。

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「ソフト栗夢(クリーム)」 (-_-;)

ダジャレにしては多少強引な気もしないでもないですが、当時の建築材であった栗にひっかけて考案されたソフトクリーム。

「ソフトクリームとモンブランのステキな出会い」

だそうです。

ご当地ソフトはこれまでも結構とりあげています。
なので、ここも行っとかないといけないでしょう。
実際かすかにモンブランのテイストが加わっていて、美味しかったですよ。

今回紹介した他にも、見所満載の三内丸山遺跡。
40分という時間では全部見るのは無理でした。。。

また近い将来再リベンジしようと心に誓い、遺跡をあとにしたのでした。

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