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2012年7月26日 (木)

松坂牛をしゃぶしゃぶで ~ 数寄屋橋・高尾

東京ってところは、お金さえ出せば何でも食べられるんですね。
いきなり何を言い出すんだ、ってな感じで始まっちゃいましたが、今回はちょっと贅沢したお話です。

銀座・数寄屋橋に立つニュートーキョー本店ビルは、地下1階から9階までいろいろなタイプの飲食店が入っています。
有名なのは1Fのビアホールなんですが、他のフロアは和食、中華、イタリアンそしてパーティールームまでいろんな用途に応えてくれるんです。

そんな中、たまにはしゃぶしゃぶもいいねってことで、8Fにある、

「高尾」

というお店に行ってきました。

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なんと、松坂牛をしゃぶしゃぶできちゃうんです。

エレベーターを降りると、そこは高級感漂うたたずまい。

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名前を伝えると、奥の個室に案内してくれました。
本当は個室料をとられるんだけど、ホットペッパークーポンで「個室料OFF!」ってのがあって、それを使ったんです。

すき焼きしゃぶしゃぶがあるんですが、今回は最初からしゃぶしゃぶって決めてたので、そちらのメニューから選びます。

あったあった、松坂牛のしゃぶしゃぶコース

ギョッ!
値段は10800円から?
ある程度覚悟はしてたけど、さすがに普通のサラリーマンには手が出ないっす。

で、他にないかってメニューに目を戻すと、

「黒毛・松坂 合盛コース」

ってのがありました。
これで7800円。
これなら何とかいけるかも。。。

っていうか、これより安いメニューに松坂牛は無し。

しょうがない。
今月の小遣い赤字覚悟でいっちゃいましょう。

前菜、お造りと来て、いよいよメインのご登場となります。
では、行きますよ~。

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どうですか?
えっ?これじゃ肉が主役なのかタレが主役なのかよくわからんっ、だって?

確かに。。。では、お肉のアップをどうぞ。

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しかしこれ、見ただけでわかりますよね。
両サイドに2枚だけ松坂牛。
あとの4枚が黒毛和牛。
霜降りのつき方が全然違いますもんね。

さっそくいただきましょう。
当然松坂牛からですよ。

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うわっ!
口の中で溶けるぅ~。
これが松坂牛ですか。
超美味いっ!
お金持ちってこんなのばっか食べてるのかなぁ。

続いて黒毛和牛。
こちらも十分美味しいですよ。
でも申し訳ないけど、食感も味も松坂牛と比べると全然違います。
っていうか、比べちゃいけないんでしょうね、きっと。

6枚、あっという間に終わってしまいました。
ちょっと物足りないなぁ。

ここまできたら、もう行くとこまで行っちゃえ。
追加肉だぁ~。

でも松坂牛はやっぱ無理。
すると、お店の女中さんがこんなアドバイスを。

「黒毛和牛でも、特撰ロースの方は全然違いますよ」

だって。
値段も普通のロースと松坂牛の間くらい。

でもって、やってきたのがこちら。

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確かにさっきの黒毛和牛とは見た目も違います。
でもって、しゃぶしゃぶしてみると、

全然美味いじゃん!

さすが、店員さんのお薦めだけあって、僕にはこれで十分です。

最後はスープの残った鍋にきしめんを投入。

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牛肉と野菜のエキスがたっぷり効いてて、文句なしの美味しさです。

御馳走様でした。
もちろん、とっても満足。
こんな贅沢、めったにないことなんで許してやってつかぁさい。

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2012年7月23日 (月)

金沢・蛇之目寿司でランチ

金沢で食べたランチのお話です。

っていうか、もう1ヵ月も前の話なんだけど。。。

蛇の目寿司って全国にたくさんあるんだけど、金沢の蛇之目寿司は超老舗で有名なんだそうです。
ただし、今回行ったのは本店ではなく、

「蛇之目寿司 浅の川支店」 です。

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本店の方は金沢の繁華街、香林坊にありますが、こちらは名前の通り、浅野川のほとりにありました。
主計町、浅野川大橋からも歩いて来れます。

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本店と違って店構えはこじんまりとしています。
店内に入るととても気さくな感じの大将が出迎えてくれました。

昭和35年創業の割には、店内はとても明るく、綺麗に感じました。

入ってすぐカウンター席があるのですが、その奥には廊下が続いています。
入口の感じからは想像つかないくらい奥行きがあります。
今回僕たちは奥の座敷へと通されました。

一番大きな座敷は12名まで座れるようです。
座敷と言っても掘りごたつ式になっているので、足が痛くならずグッド。

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床の間?には瓦をあしらった置物が置かれていました。
おそらく花瓶になっているのでしょう。
ネットで見た写真では生け花が飾られていました。

さて、お昼のメニューはにぎり9貫セットちらし寿司があります。
にぎり寿司も上、中、並と3種類あります。

で、出てきたのがこちら。

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今回は事前に予約してあったみたいで、自分で選んだわけではないため、どのクラスなのかはわかりませんが、見た目も鮮やか、とても美味しそう。

では、いただきまぁす。

う、美味っ!
もちろんネタは新鮮なんですが、このシャリもなかなか美味い。
おそらく米にも大将のこだわりがあるんだと思いました。

今回連れて来てくれた方の話では、有名なのは本店の方なんだけど、個人的にはこちらの方が気に入っているそうです。

夜は予算に応じてやってくれるみたいだし、メニューにはちゃんと金額が入ってて明朗会計なので安心です。
金沢はお酒も美味しいし、今度は是非夜に来てみたいと思いました。


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2012年7月19日 (木)

蛍屋 ~ 上品な会席料理を頂きました

前回の記事の続きです。)
(クリックで前回記事にジャンプ)

金沢・ひがし茶屋町にある「蛍屋」さんで、会席料理を頂きました。
前回は料理に入る前で終わってしまいましたので、今回は料理中心で行きたいと思います。

ただし、申し訳ないっ! m(_ _)m

食べるのと飲むのに夢中で、何の料理だかメモるのをすっかり忘れてしまった。。。

なので、写真だけ並べますので中身はご想像にお任せします。。。
(超手抜きでゴメンナサイ。。。)

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いかがでしたか?
といっても、料理の説明がないとほとんど伝わりませんよね。

一品の量はそれほど多くはありませんが、すべてがとても上品な味付けでした。
どれもしっかりとダシをとらないとちゃんとした主張ができない料理です。
とても美味しく頂きました。
もちろん日本酒は加賀のお酒ですよ。

蛍屋さん、もしこれを見たら、料理名を教えてください。
そしたら本文を更新しますので。
よろしくお願いします。

おまけ。
途中でトイレに立ったときの話。

「お手洗いはどこですか?」

って聞いたら、トイレまで案内してくれました。
しかもドアを開けてくれるんです。
そして、

「こちらでお願いします」

って言われた方向を見ると、

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えっ?
窓に向かってするの?

何だか申し訳ないような、ちょっと恥ずかしいような。。。

いわゆる立ちションと一緒じゃない?

でもまあ、言われたとおりガラスに向かって用を足し始めると、

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なんということでしょう。
滝のように水が流れるではありませんか。

なるほど、これはすばらしい。

こういう仕掛けがあるので、初めての人にはトイレの中まで案内してくれたんだ。
きっと。

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そんな訳で、ひがし茶屋町にある「蛍屋」さん。
最後は綺麗な女中さんたちと記念撮影、そして僕たちが見えなくなるまで見送ってくれました。

とっても美味しい、そして楽しい時間を過ごすことができました。
本当、ごちそうさまでした。

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2012年7月16日 (月)

蛍屋 ~ 金沢・ひがし茶屋街より

金沢といえば加賀百万石の城下町。
戦国時代から北陸の中心として栄えてきました。

日本三大庭園の一つ、兼六園は余りにも有名。
金沢城址、香林坊をはじめ、金沢の町自体が文化遺産といっても過言ではありませんよね。

今回は出張のため観光はできませんでしたが、夜の食事だけでも金沢気分をということで、市内・ひがし茶屋街というところにある、

「蛍屋(ほたるや)」

というお店で加賀料理なるものを頂いて参りました。

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ところで、金沢には江戸時代より栄えてきた茶屋街がそのまま残っています。

現在も3つの茶屋街が残っているのですが、この茶屋町を語るためには、まず金沢の地理と歴史を勉強する必要があります。

加賀の藩主は前田家ですよね。
この地を前田家が統治することになったのは、戦国時代に活躍した前田利家からです。

もともとは織田信長の一家臣だった前田利家がどのようにして加賀大名になったのでしょう。
利家は、元々尾張国の一領主であった前田利昌の4男として誕生します。
そして1951年、16歳の年で織田信長の家臣となります。
信長に仕えていた時代はいわゆる「かぶき者」だったようで、戦においても数々の武功を建てたようです。

良妻として有名な「まつ」とは21歳のときに結婚。
ちなみに、まつは12歳だったようです。
12歳で結婚、翌年13歳の時には子供を産むなんて、今の時代では絶対あり得ないですよね。

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さて、このころ加賀・越前では一向一揆により混乱が生じていました。
それを鎮め、領地とするため信長はこれらの討伐を行うのですが、利家もこの討伐に加わります。
このときの武功より利家は越前府中(福井県越前市)の大名、その後能登国の大名となります。

その後信長が暗殺されると、羽柴秀吉柴田勝家の覇権争いに巻き込まれることとなります(賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い)。
最初は同じ越前を守備していた勝家側に就いていました。
しかし、秀吉と利家は旧知の仲でもあり、利家としては信長の家臣同士の争いで、どちらかに加担するのは堪えられなかったのでしょう。
途中で戦線離脱してしまいます。
しかしこれがきっかけで秀吉側の勝利を決定づけたとも言われています。

結局利家はこの戦いの後、それまで金沢城主だった佐久間盛政に代わって入城することとなり、前田家は加賀国の大名として江戸時代まで繁栄することとなったのです。

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金沢の茶屋街は、江戸時代に防衛戦略上の理由から作られたと言われています。

金沢のポータルサイト「まるごと金沢」によると、
1820年、12代藩主・前田斉広(なりなが)の頃、正式に茶屋町の町割りができたとあります。
金沢城は浅野川と犀川に挟まれた小高い丘に建てられていました。

今も残る「ひがし茶屋」は金沢城から見て浅野川の対岸に、「にし茶屋」は犀川の対岸に配置されています。
また「ひがし茶屋」のすぐ近くは「卯辰山寺院群」、「にし茶屋」のすぐ近くには「寺町寺院群」があります。

つまり、前田斉広は浅野川と犀川の外側にこれらの寺院群と茶屋街を置くことで、2つの川に挟まれた金沢城下の安心・安全を担保しようとしたんですね。

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一方、3つめの茶屋街、「主計町(かずえまち)茶屋街」は明治時代にできた茶屋街です。
ひがし茶屋街から歩いて10分弱、浅野川大橋を渡ったところにあります。

町名の由来は、かつてここに加賀藩士・富田主計 (とだかずえ)の屋敷があったことに由来します。
さらに、1999年10月以前までここの住所は尾張2丁目でした。
10月1日に、全国で初めて旧町名を復活させたのだそうです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

前説がかなり長くなってしまいました。
いい加減、話を本題に戻しましょう。

蛍屋の料理は、どれも上品で優しい味付けだなって思いました。

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まずは先付けとビールでスタートです。

というところで、紙面が無くなってしまいました。
本格的料理はこれからですが、この続きは次回とします。

ではまた。

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2012年7月12日 (木)

伊豆の国パノラマパーク ~ 空中公園編

前回に引き続き、「伊豆の国パノラマパークのお話です。

ロープウェイを降りたところ、つまり葛城山の頂上付近は、「空中公園」になっています。

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前回記事の後半にお伝えした、ロープウェイ乗り場付近にある足湯や花富士もその一部。
でも、やっぱりここのメインディッシュは3つのコースからなる散歩コースでしょう。

その3つのコースとは、駿河湾を望む西側ルートの「駿河コース」、山頂を越える「山頂展望コース」、そして伊豆の景色を望む東側ルートの「天城コース」

当然(?)ここは男の子、もっともアップダウンのきつい「山頂展望コース」を選択でしょう。
といっても約7分のコースなんですけどね。

山頂には展望台が建てられていて、ほぼ360度パノラマ展望を堪能することができます。

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伊豆長岡の町並みをはじめ、遠くには天城山も見えます。
視界がよければ富士山も見えるんですが、今回は残念ながら拝むことはできませんでした。

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こんなハート型をした植え込みを見つけることができたカップルにはいいことがあるとか。。。

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さらに奥へ行くとこんなボードウォークになっていました。
空気もいいし、癒しの空間って感じがします。

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一番奥にはこんな場所が。
「幸せの鐘」って書いてありました。

それと金色のプレートには
「恋人の聖地」
って書いてあります。

そっか、ここは恋人とふたりで来る場所なんだ。
ん?ちょっと待て。
その下にある、
「Yumi Katsura Cover's Sanctuary」
って、あのウェディングドレスのデザイナーとして有名な桂由美さんのこと?
一体何故ここで桂由美さんの名前が登場するのだろう?

これはもう少し調べる必要があるな。

公園の一角に「恋人の聖地」に関して説明板がありました。
それによると、正確には「恋人の聖地プロジェクト」っていうものがあるんだそうです。

NPO法人地域活性化センターでは、「少子化対策と地域の活性化への貢献」をテーマとした観光地域の広域連携を目的に、このプロジェクトを展開しています。
その内容は、全国の観光地の中からプロポーズにふさわしいロマンティックなスポットを選定していて、現在全国115ヶ所が選定されているのだとか。
47都道府県のうちもっとも多いのは長野県で10ヶ所。
次いで静岡県の9ヶ所となっています。

また、選定されていない県は青森県、宮城県、埼玉県の3つ。

僕が住んでいる埼玉県にはないんだ。。。

じゃぁ、出身地の長崎県はどうだろう。
長崎でプロポーズの場所といえば、稲佐山(いなさやま)は外せないでしょう。
長崎県には2ヶ所ありました。

「伊王島(いおうじま)/やすらぎオリーブ園」
「長崎自動車道/大村湾PA」


あれ、なんかちょっと違和感。。。

でも、運営サイトのパンフレットを見て納得。
このプロジェクトは各地の観光スポットを運営する団体からの申請があってはじめて選定対象となります。
なので、申請がないと当然選定の土俵に乗らないということになります。
また、参画負担金として、初年度は23万円、2年目以降は15万円を払わなければなりません。
なので、当然選定されていてもいいような場所がなかったり、都道府県によってバラつきがあったりするんですね。

ちなみに、選定委員は現在4名で、ファッションデザイナーの桂由美さん、華道家の假屋崎省吾さん、それに千葉商科大学の学長さんと内閣府の方だそうです。
かつては菊川怜さんや早見優さんもやってたみたいです。

そういう訳で、今回見たプレートに桂由美さんの名前があったんですね。

恋人の聖地にだいぶ食いついてしまいましたが、そういう訳でこの空中公園はデートスポットとしても人気の場所なんでしょうね。

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でも、肝心のロープウェイは17:10で終わりみたい。
葛城山頂の展望台で、あるいはロープウェイの中で、駿河湾に沈む夕日を見ながら告白。。。

なんてロマンチックなことできないじゃん!!

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2012年7月 9日 (月)

伊豆の国パノラマパーク ~ ロープウェイ編

前回、修善寺の修禅寺の話題を書きましたが、その後僕らは沼津でお昼にしようと車で移動を開始しました。

修善寺道路を大仁中央で降り、すぐそばにある道の駅「伊豆のへそ」でトイレ休憩&お土産物色。
そのまま国道136号線で沼津へ向かいます。

と、ちょっと走ったところで、目の前の上空を横切るロープウェイを発見。
一体何だろうと気になり、ロープウェイの根元まで行ってみます。

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「伊豆の国パノラマパーク」

あのロープウェイの先には何があるんだろう。
もともと予定はしていませんでしたが、ここまで来て素通りする訳にはいかないでしょ。

ということで、早速中へ入りましょう。

施設の奥に、ロープウェイのチケット売り場がありました。
ここでチケットを買い、そのまま2階へ上がるとロープウェイ乗り場があります。

このロープウェイ、どこへ行くのかというと、約1.8キロメートル先の葛城(かつらぎ)山の山頂なんです。

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1.8キロ先ってかなり先ですよ。
出発地点からみると目の前の小高い山のさらに奥まで続いているんです。

所要時間は約7分
最初、田んぼや民家の上を進み、最初の山に差し掛かるとなだらかな傾斜となって上っていきます。

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葛城山の麓からはいきなり急上昇。
あっという間に、出発地点が下界となってしまいます。
結構スピードもあって、こういうのが苦手な人にはスリル満点かも。

そしてあっという間に山頂駅に到着。

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標高452メートルの葛城山の山頂からは、360度のパノラマを拝むことができます。
本当は、上の写真のはるか先に富士山が見えるはずなんです。
この日は天気は良かったものの、全体的に霞んでいたせいで残念ながら富士の頂を拝むことはできませんでした。
残念。

その代わり、っと言っちゃあなんですが、

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「花富士」と書かれたこんなオブジェで勘弁してねってことでしょうか。
はい、今日のところはこれで勘弁してあげます。。。

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温泉場が多い伊豆ならではなのか、山頂にこんな足湯もありました。
まさかこの場所で温泉が湧き出しているとは考えにくいんですが、これはこれで結構人気があるみたいです。

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ところで、この葛城山山頂一帯は、「空中公園」と名付けられたテーマパークになっていて、いくつかの散歩コースが楽しめるようになっています。

次回、その散歩コースを歩いてみたいと思います。
何が出てくるかは、次回のお楽しみです。

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2012年7月 6日 (金)

修善寺の修禅寺

伊豆には2本の鉄道が走っています。
ひとつはこないだ5月にも「黒船電車」で取り上げましたが、熱海から下田まで行く、

伊豆急行鉄道(伊豆急)

ですよね。
で、もうひとつは三島から修善寺(しゅぜんじ)までの、

伊豆箱根鉄道駿豆線(通称「いずっぱこ」)

です。(ちなみに「駿豆」は「すんず」と読みます)

今回は、いずっぱこの終点、修善寺を訪れました。

修善寺という地名は、当然ながら同じ名前のお寺があり、その寺にちなんでつけられた名前です。
修善寺温泉も修善寺川も同じ理由なんですが、実はお寺の名前はちょっと違います。
読み方は同じ「しゅぜんじ」でも、漢字で書くと「修禅寺」となるんです。

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修禅寺は平安初期の807年弘法大師(空海)によって創建されたと伝えられています。
従って当初は真言宗のお寺だったことになります。

まずは階段を登って境内へと進みましょう。

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門をくぐると正面に本堂が現れます。
それほど大きな敷地ではなさそうです。

境内の右手には立派な御手洗場があります。

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よく見ると、「大師の湯」と書かれています。
「大師」というのは弘法大師のことでしょうか。
「湯」って、水じゃないの?
ということは、ひょっとして。。。

あったかい!
これ、温泉なんだ。
確かに「大師の湯」の文字の上には「桂谷霊泉」と書いてあります。

意表をついた先制攻撃にちょっとビックリ。

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ところで、先程真言宗のお寺と言いましたが、今は真言宗のお寺ではありません。
ちょっと歴史を振り返ってみましょう。

平安初期に空海によって建立された時には、当時の地名をとって「桂谷山寺(けいこくざんじ)」と呼ばれていました。

鎌倉時代の1250年頃、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)という僧侶が鎌倉から移り住んできました。
このお坊さんは南宋から来たとも言われていて、鎌倉の地において宋で盛んだった臨済宗を広めていましたが、元寇の襲来時に密偵の疑いをかけられ、この地に移住させられたのです。
この時に寺自体も臨済宗に改宗され、また「修禅寺」という名もこの頃から定着したと言われています。

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その後、戦禍を受けたり(1361年)、火災で全焼したり(1461年)し、衰退の一途をたどりますが、1489年当時の実力者である北条早雲(ほうじょうそううん)の手によって再興が図られます。

早雲の叔父であった隆溪繁紹(りゅうけいはんじょう)という禅僧がここに住み、修禅寺も曹洞宗に改宗されました。

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ちなみに、北条早雲とはどういう人物だったのでしょうか。

1489年頃の日本はというと、応仁の乱(1467年~1477年)の後、室町幕府が衰退し戦国時代に入ろうとする時期でした。
元々早雲は「伊勢新九郎」という名前で室町幕府の一役人でした。
今川家の家督争いに巻き込まれたことから駿河に下るのですが、1487年に焼津にて挙兵したところから彼の大躍進が始まります。

北条早雲はこの後伊豆を攻め、伊豆の国の主となります。
これを機に、小田原城権現山城(現横浜市)、岡崎城(現伊勢原市)等を次々と奪取。
1516年三崎城を攻め落とし、相模(現神奈川県)をほぼ手中にします。
戦国時代の幕開けをもたらした人物、あるいは最初の戦国大名とも言われており、これらのことから下剋上の代名詞にもなっているのだとか。

北条早雲は1519年に亡くなりますが、前年に家督を継いだ氏綱はさらに勢力を拡大、武蔵国を手中にし、以降4代にわたり戦国時代における関東の覇者として君臨するのです。

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なお、北条早雲という名は息子の氏綱が付けた名前。
本人は先程も出た伊勢新九郎、あるいは伊勢盛時(いせもりとき)と名乗っていたようです。
ということは、鎌倉時代に一世を風靡した北条氏とは全く別系統。

歴史の資料では、これらを区別するために、鎌倉時代の執権を握っていた北条氏を鎌倉北条氏、戦国時代の北条氏を後北条氏(ごほうじょうし)と呼んでいるようです。

ちなみに鎌倉北条氏も元々は伊豆国の出身。
早雲の躍進の出発点が伊豆であったことから、息子の氏綱が父の武功を讃えるために「北条氏」を名乗り出したのではないでしょうか。

何だか修禅寺がテーマのはずだったのに、後北条氏の話にすり替わってしまいました。
メチャメチャ脱線してしまいましたが、そういうことでこの修禅寺、現在は曹洞宗のお寺ってことを言いたかったんです。

最後におまけを一つ。

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6月のこの時期に楓の一部分が紅葉してました。
とっても珍しいと思いません?
赤くなっているのはこの部分だけなんです。
これを目にしたほとんどの参拝客が写真を撮ってましたよ。

これも何かの御利益なのかもしれませんね。

歴史とロマンに満ち溢れたパワースポット、修善寺の修禅寺でした。

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2012年7月 3日 (火)

ロイズチョコレートワールドのお土産

昨年10月に書いた記事で、「新千歳空港がすごいことになってます」っていうのがあります。
その時、ロイズ・チョコレートワールドっていう名前だけ紹介して、詳細はいつかレポートしますよって書きました。

5月6月で2回ほど北海道へ行く機会があり、ここにしか売っていないお土産とかもあるので、あらためて訪れました。

空港のどこにあるのかというと、新千歳空港の3階。
昨年から新たに国内線と国際線が連絡通路でつながったんですが、その連絡通路の国内線よりの一画にあります。

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国内線側から見るとこんな感じ。
なんだか楽しそうでしょ?
左側の板チョコのような壁の向こうはチョコレートミュージアム、右側はショップとファクトリーになっています。
ファクトリーはショップで売られるオリジナルのチョコレートを作っている現場をガラス越しに見ることができます。
ショコラシエっていうんでしたっけ?
数名の職人さんの技を間近に見れるんです。
時間があったらいくらでも見てたい、そんなチョコレート工房です。

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一方、ミュージアムの方は、
カカオの豆からチョコレートができるまでの説明、
チョコレートの歴史、
その他チョコレートに関係するコレクションが多数展示してあります。

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そしてショップ。
店内の雰囲気も、そして売られている商品も、とてもファンタジックな世界をイメージさせる世界が広がっています。
もちろん、一般のお土産品売り場にはないオリジナルの商品もたくさん並んでいます。

ここで前々回に行った時に買ったのがこちら。

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ロイズ ポップチョコ

動物シリーズ4点セット。
クマ、ウマ、シカ、ウシのカラフルなポップチョコです。
これで値段はなんと840円。
なかなかリーズナブルだと思いません?

そして、前回のお土産はこちらです。

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ペンギンの置物(?)。
マフラーがホワイトチョコで出来てます。

まわりのお菓子と比べても、まあまあの大きさだってことがわかりますよね。
値段は忘れましたが、そんなに高くはないですよ。

いずれにしてもオッサンの僕が楽しいくらいなんだから、女子や子供ならもっと楽しいはず。
新千歳空港に来ることがあるのなら、ちょっと早めに来て、ロイズチョコレートワールドを楽しんでみてはいかが?
最低でも1時間は余裕を見た方がいいと思いますよ。
ホント。

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