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2012年9月27日 (木)

益子参考館② ~ 土祭2012より

前回に引き続き、益子参考館レポートをお届けします。

上(うえ)ん台(4号館)の隣にあるのは工房

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44坪ある建物の中は、ろくろ、土置き場、道具置き場等が整然と並んでいて、とても機能的な空間だなと感じました。
今すぐでも陶器を製作できるんじゃないかってくらいきれいでした。

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こちらは、レンガ造りの「赤絵窯」です。

赤絵窯とは、陶器作りの最終工程で使われる窯で、本焼きが終わり、上絵(赤絵)を付けたあと、この窯で焼くことによって色彩豊かな作品が完成するのです。

残念ながら、こちらも東日本大震災の影響で半壊という状態でした。
現在再建準備中だとのことです。

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こちらは登り窯。
1943年(昭和18年)に作られたこの登り窯は、益子町文化財に指定されています。
先ほどの赤絵窯ほどではありませんが、こちらも先の震災の影響で一部分が崩落しているそうで、同じく再建準備中。

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こうやって下から見るとかなり大きな登り窯だというのがよくわかります。

この窯からたくさんの名作が生まれたのでしょうね。

最後に「濱田庄司館」に戻り、いくつかの作品を鑑賞します。

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僕は陶芸に通じているわけではないのでよくわかりませんが、シンプルなデザインの中に日本の自然の息吹が込められたような、そんな素朴さが伝わってきます。

最後に、濱田庄司という人物について勉強してみましたので、ここで触れたいと思います。
(益子参考館パンフレットより)

濱田庄司は、1894年東京生まれ。
東京高等学校窯業科から京都の陶磁器試験場に入所した後、英国にわたってから陶芸家としての道を本格始動させます。
帰国後は田舎の生活を望み、1924年30歳のときに益子に移住してきました。
また、同時期に沖縄での活動も長く、多くの作品を残しています。

1942年までの間に多くの古民家を邸内に移築し、自身の生活と作陶の場としました。
またこの間に柳宋悦柳宋理の父)や河井寛次郎民藝運動を創始、日本の工芸会に大きな影響を与えました。

1955年には、第1回重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定され、また1968年には陶芸家として3人目となる文化勲章を受章しています。

いやぁ、しかし、この年になってもまだまだ勉強することはたくさんありますね。
ちょっとだけですが、陶芸の世界に興味が出てきたような気がします。

さて、そろそろお昼時になってきました。
この後はランチタイム。
人里はなれた山奥にある人気のレストランに向かいます。

その後の話はまたの機会で。
近日公開予定ですのでお楽しみに。

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