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2013年2月26日 (火)

熊本城探訪(その3) ~ 本丸御殿の絢爛豪華なこと

今回行った本丸御殿では、たまたま期間限定特別イベント、

「甲冑・杉戸絵展」

が開催されていました。

あとで知ったんですが、普段は大広間には入れず、脇にある廊下から眺めるだけなんですが、今回はこのイベントのおかげで、「鶴之間」、「梅之間」、「櫻之間」、「桐之間」、「若松之間」と続く大広間を歩くことができたんです。

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甲冑のほうはというと、5種類の甲冑が並んでいました。
一番人気なのはやはり加藤清正公の甲冑でした。

ちなみに、こちらの甲冑は約1年前に熊本市が政令指定都市になるのを記念して行われた、

「城下町くまもと 時代絵巻」

において、加藤清正役を演じた藤岡弘さんが実際に来た甲冑なんだとか。
藤岡さんはこの甲冑を着て、熊本駅から熊本城まで約1時間、パレードを行ったんです。
ちなみにのちなみにですが、この時演じたたくさんの家来の殆どは、陸上自衛隊第8師団の隊員さんだったんだそうです。

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続いて展示されていたのは5体の甲冑。
一体誰の甲冑なのかわかりますか?

右から、細川忠興豊臣秀吉加藤清正

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そして、黒田長政、福島正則です。

皆さんなかなか奇抜なトレードマークをお持ちで、本当は全体をちゃんと見ないといけないんだろうけど、どうしても頭上の方だけ見てしまうのは僕だけ?

その中でも黒田長政の四角で平べったい鉄板(のようなもの)は不思議ですよね。
だって弓矢の的にどうぞって言ってるような形に見えるし。
あるいは、頭を上下に振るとうちわの代わりになる、みたいな(笑)。

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大広間の最後の部屋、若松之間からみる「昭君の間」です。
この部屋は藩主の部屋であったとされ、他の部屋とは全く違いとても煌びやかな空間です。

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違う角度から見るとこんな感じ。
壁から天井まで金色に染められた部屋は見るだけでもとても眩しく、僕だったらこんな部屋に1日中居ようものなら気が狂いそうになりそう。。。

ちなみに、壁に描かれているのは、中国の前漢の時代の話で、匈奴(現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女、王昭君の物語です。
なので「昭君の間」というのですが、裏話として「昭君」は「将軍」の掛け言葉で、さすがに「将軍の間」とは付けられないことからこのような工夫を施したという説もあるようです。

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しかし、普通こういう建物の場合写真撮影は不可だったりするんですが、館内表示は、「フラッシュ撮影禁止」のみ。

なんて太っ腹なんでしょう。
まっ、オール復元なんだからそんなもんか。

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こちらは大広間に沿って続く廊下から張り出した縁側。
ちょっと分かりにくいかもしれませんが、右奥にはまだ空き地のようなものが見えます。

実は本丸御殿は全部が復元されたわけではないそうです。
残りの部分は復元の予定はないようですが、これでも5年の歳月と50億円以上の工費がかかっているそうで、たしかに見応えのある本丸御殿でした。

さて、このあとは熊本城で唯一のオリジナルのお城とも言ってよいのではないでしょうか。
「宇土櫓」へ向かいます。

お楽しみに。

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2013年2月22日 (金)

熊本城探訪(その2) ~ 大天守最上階そして本丸御殿へ

熊本城大天守の最上階にやってきました。

そう言えば熊本城に入ったときから気になってたんですが、場内のあちらこちらに江戸時代の格好をした学生っぽい人がいて、昔言葉で話しかけて来るんです。
おそらくアルバイトなんだろうなって思うんだけど、結構イケメンもいて女性にはウケるんじゃないかな。
(実はアルバイトではなくボランティアみたいです)

小天守の最上階にもいたし、大天守にもいるんだろうなと思いきや、大天守のほうは作業着を着た普通のおじさんでした(笑)。

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それはともかく、この日はあいにくの雨。
視界も悪く、阿蘇の山々や有明海の向こうに見えるはずの雲仙も全く見えず。

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一望できるはずの熊本市街も。。。

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霧に包まれイマイチ。
まっ、いまさらそんなこと言ったってしょうがないし。
天守閣はこれくらいにして、次の目的地、「本丸御殿」へ向かいましょう。

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天守閣から見下ろす本丸御殿です。
2007年、築城400年を祝うイベントの目玉として復元されました。

僕の中では今回の見学のメインイベントでもありました。
だって、前回来た時には影も形もない建物なんだから。

正面入り口にて靴を脱ぎ、いよいよ内部へ突入。

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まず最初の部屋では本丸御殿復元の様子と、模型、昔ながらの建築技術の説明等が展示されています。

一般的にお城の城主である殿様は天守閣に住んでいると思われがちですが、実は本丸御殿が普段の生活の場所だったんです。

戦国時代はともかく、江戸時代になると争いもなくなったため天守閣の価値は威厳を表すシンボルくらいのものになってしまいました。
なので、江戸時代に立てられたお城は天守閣のない城もあったんです。
たしかに、急な階段をイチイチ行ったり来たりするのって面倒ですもんね。

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「大御台所」と呼ばれるこれらの部屋は、文字通り食事を作っていた場所で、この部屋だけで100㎡の広さがあります。
ちなみに、読み方は「おおおんだいどころ」と読みます。
これを「みだいどころ」と読んでしまうと、将軍、殿様の妻になってしまうので注意しましょう。

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さて、本丸御殿はまだまだ序の口。
このあと、奥へと進んでいきます。

が、今回はここまで。
次回、いよいよ豪華絢爛、見事に復元された本丸御殿を大公開。
ご期待ください。

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2013年2月19日 (火)

熊本城探訪(その1) ~ ○十年ぶり!?

熊本へは出張で度々訪れますが、観光目的ではないため用事が終わるとさっさと帰ってしまうパターンばかりでした。
今回、移動の関係でまとまった時間が取れたので、あいにくの雨ではあったけれど、熊本市のシンボルでもある熊本城を探索してみることにしました。

僕の記憶では、たしか小学生の修学旅行で見学して以来だと思うので、約?十年ぶり。
(~_~;)

聞くところによると、その頃からするとかなり様子が変わっているようなので、ちょっと興味もあったんです。

熊本城に入るには、4ヶ所ある入場門のいずれかを通ることになります。

頬当御門(ほほあてごもん)
櫨方門(はぜかたもん)
須戸口門(すどぐちもん)
不開門 (あかずのもん)


いずれもふり仮名がないと読めませんが、今回僕が通ったのは「不開門」
おそらく4つの門の中で最もマイナーな入口だと思います。
で、なぜここを選んだのかというと、ここへ来る前に食べたラーメンの老舗、「こむらさき本店」から一番近い門だったから。

(店名クリックで以前書いた記事にジャンプします)

ちなみに、今回約3年ぶりに「こむらさき本店」に行ったんですが、お店がガラッと変わってとても綺麗にリニューアルされていました。
店の奥までテーブルがあり、かなり広くなったイメージを持ちました。
個人的には、リニューアル前のお店も昭和の空気が漂ってて良かったんですけどね。

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それはさておき、まず僕の視界に飛び込んできたのは、巨大な石垣。
高さは20メートル。
熊本城の石垣の特徴は、高くなるにつれ傾斜が垂直になっていく、いわゆる「武者返し」と言われる構造。
見た目にも美しいし、機能的でもあるんです。

ほどなく不開門に到着。
入場受付にはおじさんが一人。
このおじさんがとってもお喋り好きで、

「実はこの門がお城へ行くのに一番近道なんですよ~。」

から始まって、約5分間の熱弁を振るっていただきました。
しかもなんと無料(笑)。

入園料は基本500円ですが、今回僕が買ったのは城彩苑・湧々座とのセット券を購入。
別々だと800円のところ、セットで600円と200円もお得なんです。

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不開門だなんて、ちょっと不気味な響きを感じますが、この門は熊本城の東北に位置しており、昔の陰陽道によるとこの方角は鬼門と呼ばれ、不浄の気の出入りするところと考えられてきたそうです。
築城にあたっても、この方向は塞いでも開けてもいけないとされ、門は造っても通常は閉鎖されていました。そこから不開門と呼ばれ死人や不浄物の搬出時にだけ用いられたのだそうです。

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しばらく進むと、石垣の切れ目に不思議な入り口が現れました。
どうやらここをくぐらないと先へ進めないようです。
石垣の上にはかなり立派な建物が建っていますが、この時点では何の建物なのか全く分かりません。

そしてこの地下トンネルのようなところを抜けると、いきなり目の前に登場してきたのが。。。

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熊本城の主人公、天守閣です。
熊本城の特徴は大小二つの天守が並んで立っているところ。
小天守大天守と比べると若干ですが後ろ、何となく控えめに建っています。
城主を見守る奥方様といった感じにも見えます。

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ちなみに熊本城の天守閣は昭和35年に復元されたもの。
熊本城復興のため市民から集めた寄付金で建てられたそうです。
場内は展示室になっているんですが、各フロアの一画には寄付金を納めた名前が掲載されていました。
「一口城主」と言うのだそうです。
ちなみに現在も「新・一口城主制度」が行われていて、平成21年から現在まで5億円の募金が集まったのだとか。

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熊本城は加藤清正が建てたと伝えられています。
そもそも、薩摩の攻撃から守ることを目的として作られ、難攻不落と恐れられたそうですが、結局明治になるまで攻められることはありませんでした。

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加藤清正は豊臣秀吉の命によりこの地に派遣され統治することとなった訳ですが、清正が来るまでの肥後国はとても貧しく争いが耐えない国だったそうです。
清正は治山治水、新田開発、貿易等積極的に行い、熊本繁栄の基礎を築いたとして領民からは神様のように慕われたのだとか。

肥後国は江戸時代の途中から、加藤氏に変わって細川氏が統治することとなります。
細川氏による統治の方が全然長いのですが、熊本では今でも加藤清正公の方が人気があるようです。

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実際に熊本城が戦争の舞台になったのは明治になってから。
明治10年2月、あの西南戦争において薩軍の将、西郷隆盛は13000人の兵を率い、3500人の官軍が籠城する熊本城を攻めました。

薩軍は主力を以って3日間に攻め続けたにも関わらず、結局1兵たりとも城内に侵入することはできませんでした。
結局熊本城に立て籠もった官軍は増援部隊が来るまでの52日間守り続けたのだそうです。
築城から約370年を経て、熊本城が難攻不落であることを証明したことになります。

熊本城を攻め落とせなかった西郷隆盛は、終焉の地城山で

「わしは官軍に負けたのではない清正公に負けたのだ」

と独白したとまことしやかに今も伝えられています。
(熊本城公式HPより)

復元された熊本城天守閣は、フロアを上るにつれ加藤家、細川家、西南戦争と時代を追って歴史を知ることができ、ひととおり学習したところで最上階へたどり着くことができるよう造られています。

次回は、いよいよ最上階へ上り、大天守から望む熊本の街をお届けしたいと思います。

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2013年2月15日 (金)

炎の大作戦2 ~ 自衛隊限定お土産より

僕は仕事柄、客先である全国の自衛隊に行きます。

特に陸上自衛隊が多いんですが、自衛隊がある駐屯地には大概、

「厚生センター」

という施設があり、食堂、談話室、図書館、売店、理髪店といった、隊員さんたちの生活に必要なお店が並んでいます。
というのも、基本的に若い自衛隊員は駐屯地の中の宿舎で生活していて、彼らのために必要な生活資材がひととおり揃えられるようになっているんです。

その中でも特に売店は別名「PX(ピーエックス)」とも呼ばれ、生活必需品の他、迷彩シャツやパンツをはじめとするミリタリーグッズも多数揃っている他、僕らみたいな出張者のためになのか、お土産もたくさん売っています。
その中でも、自衛隊でしか買えないお土産も多数あって、今回たまたま訪れたPXにて、ワゴンに積まれたこれらの品々をあらためて眺めてみました。

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カレー、乾板、饅頭、あと怪しげな(笑)健康ドリンクまで、多種多彩な品揃えです。
なぜ「怪しげ」なのかっていうと、作っている会社が「中国火薬」という会社だからです。
(ホントは怪しくないんですよ、ホントに)

そんな中で、今回僕が購入したのがこれ。

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「炎の大作戦 2」

こちらも何だか怪しげなタイトルでしょ?
パッケージにはいろんな文字が並んでいます。

「自衛隊名物」「自衛隊限定販売」は良いとして、

「爆弾饅頭編」、「激辛弾搭載」。。。?
そして、
「演習弾12発中2発実弾が入っています」。。。

ちょっと過激なような気もしますが。。。

まっ、いわゆるロシアンルーレット的な饅頭なんですよね。
ならば挑戦してやろうじゃありませんか。

帰宅後、家族4人で早速、「状況開始ーっ!」

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パッケージを取ると整然と並んだ饅頭が12発。
この中に、激辛まんじゅうが2発搭載されているんだな。
ではまず、1巡目

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ひとつ手に取り、2つに割ります。
見た目は普通の饅頭じゃないですか。
ではいただきます。
中のあんこも普通に美味しい。

つまりセーフ。
4人全員セーフってことです。

続いて2巡目

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何だか微妙に粒々が見えるけど大丈夫かなぁ。
おそるおそる口の中へ。
ん?いや、普通の饅頭でした。
よし、セーフ。
2巡目もこれまた全員セーフ。
これで12発中8発は演習弾だったことになる。

続いて3巡目
これが最後、4人のうち2人が撃墜ってことになるんだ。

ところが、なんと僕以外の女戦士3人はここでリタイア。。。
何っ!?

「こんなところで戦線離脱する奴があるかぁ!」

という説得にもかかわらず、あっさり無視されてしまうこの悲しさ。。。

でも僕は男。
男子たるもの、こんなところで離脱する訳にはいかない!

ここからは単騎突撃あるのみっ!(~_~;)

ところが何と、9個目、10個目もセーフ。

ということは、残った2個がアウトってこと?
いや、もしかしたら女戦士3名の誰かが実弾を食べていながら申告しなかったということも考えられる。
いやいや、そうではなく今回はたまたま実弾は搭載されておらず、不発弾だったのかもしれない。

でもそんなことはすでにどうでもよいのだ。
前進あるのみなのだから。。。

そして、11個目。

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ちょっと待て。
これは明らかに様子がおかしい。
さっきの粒々とは明らかに違うような気がする。

一抹の不安を抱えながらも、一気に口の中へ放り込む。

キターーッ!!(>_<)

舌はピリピリ。
しかもマズイ!
辛いものが苦手な人には、結構キツイかも。

当然ながら、このあと連発で実弾を食らったのは言うまでもありません。

是非、諸君も試してみたまえ。
宴会でウケること間違いなし。。。かも。。。

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2013年2月11日 (月)

長崎を“さるく”Part2 ⑪ ~ おまけ:帰りの汽車の中で

今回のさるくツアーは前回お届けした稲佐山の夜景で終わりなんですが、最後におまけをひとつ。
帰りの電車の中で食べた「ぶたまん」のお話です。

長崎駅は昔は、といっても20年以上前ですが、駅の周りにはお土産やさんが何件かある程度でした。
ところが、2000年に駅ビル「アミュプラザ長崎」と大型ショッピングセンター「夢彩都」が相次いでオープンしてからというもの、長崎駅周辺は一気に変貌を遂げました。

昔は繁華街といったら「浜町アーケード」だったのですが、今や人気があるのはこちらの方かも。
たくさんのブランドショップや有名店が軒を連ねています。

そのアミュプラザの1階にある人気お土産やさんのひとつが、ここ。

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豚まんの「桃太呂」です。

「肉まん」でも「中華まん」でもなく、「ぶたまん」の桃太呂です。

長崎ではダントツの人気といってもいいでしょう。
「ぶたまん = 桃太呂」といってもいいくらい。

実は長崎にはこれと並ぶ人気メニューに「角煮まんじゅう」というのがあり、こちらもなかなか捨てがたいのですが、そちらはまたいつか取り上げることとし、今回は豚まんで攻めたいと思います。

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本店は長崎市内、銅座というところ。
長崎市内の中心にあり、思案橋の隣街。
この辺りは長崎一の歓楽街でもあります。

創業は昭和35年(1960年)
創業50年を過ぎているので、もう老舗と言ってもいいんじゃないでしょうか。
実は長崎には「新地」という中華街があり、豚まんを取り扱っているお店もたくさんあります。
でも僕が思うに「桃太呂」がダントツ人気なのは、美味しいのはもちろんですが、スナック感覚で食べられる手軽さなんじゃないかなって思います。

大きさは若干小さめのひと口サイズ(いや、ふた口かな。。。)
皮から餡、そして包む作業も全て手作り。
それでいて、値段は何と1個60円

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桃太呂のこだわりは、「すべて手作り」だけではありません。
材料にもかなりのこだわりがあります。

具に使われる豚肉は長崎県雲仙産の豚肉のみ。
地元の店頭やネットでじわじわと口コミが広がりつつある、「雲仙スーパーポーク」「雲仙プライムポーク“極”」なんてのがあるのをご存知ですか?
知らない方は是非ググってみてください。

玉葱は長崎産もしくは北海道産。
小麦粉も国産のみを使用。
食品添加物等は一切使わない。

厳選された素材のみを使い、手作りにこだわり、さらにその日に作った商品はその日にしか売らない。
そんなこだわりが、食にうるさい長崎の人たちに愛される最大の理由なのかも知れませんね。

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今回僕はお土産用として10個入りパックを2個。
そして、電車で食べるためにできたてアツアツ豚まんを2個。
合計22個で支払った金額は1,380円、安い!

帰りの電車で、缶ビールとともにいただきました。
豚まんを手でふたつに割ると、湯気とともに美味しい香りがフワァ~と漂ってきます。

まず右手に持った半分を一気にひとくちで。

続いてビールをキューッとひとくち。

そして左手で持った半分をガブっと。

そしてまた、ビールをいただきます。

クハ~~ッ!!!

う~ん、最高っ!


皆さんも食べたくなってきたでしょ?
桃太呂の公式サイトからお取り寄せもできるみたいなので、よかったらどうぞ。
(上の下線部クリックでジャンプします)

関連ランキング:肉まん・中華まん | 長崎駅長崎駅前駅八千代町駅

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2013年2月 6日 (水)

長崎を“さるく”Part2 ⑩ ~ 長崎の夜景は世界一!?

ロープウェイに乗って稲佐山の展望台へ来たのは、もちろん長崎の夜景を楽しむためです。

でも、夕方のこの時間に来た理由はもうひとつあります。
東シナ海に沈む夕日を拝むためです。

夕日が沈むまであと少し。
とにかく急いで屋上の展望台へ向かいます。

ところが屋上はとんでもなく寒い。
人もまばらです。
とはいえ、ここは夕日を見るためだから耐えるしかありません。

寒さをこらえつつ西の方角を見ると、いきなりこんな光景が入ってきました。

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おおっ、西の空に後光が差しているではありませんか。

なんて神秘的なんでしょう。
思っていた夕焼けとは違いますが、これはこれで素晴らしい。

そして、この光景が続いたのは約10分。
ほんとラッキーでした。
いやぁ、お正月からいいものを見せていただきました。

ところで、後光が差している手前の島は伊王島といいます。
最近新しい長崎のリゾート地として人気のスポットにもなっています。

そして、先ほどの写真からもう少し左へ振ると、こんな景色になります。

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橋が架かっている右側が前出の伊王島。
そして、その奥にある島が高島。
でもって、一番左奥にある小さな島が端島
本シリーズの第5弾でお送りした、「軍艦島」です。

距離があるとは言え、「軍艦島」がいかに小さいか、お分かりいただけますか?

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さて、辺りもだんだんと暗くなってきました。
日が暮れるのにつれ、長崎の街ではどこからともなくポツポツと明かりが灯り始めます。
冬って日がくれるのが本当に早い。

あっという間に美しい夜景に早変わりします。
では、夕方の風景から夜景に変わる様を、次の3枚の写真でどうぞ。

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こういう時って、改めて本格的な一眼レフが欲しいなぁって思います。
これくらいがコンパクトカメラの限界でしょうね。

っていうか、やっぱり自分の目で実際に見るのが一番です。

何たって長崎の夜景は、日本三大夜景(長崎、神戸、函館)のみならず、世界新三大夜景(長崎、香港、モナコ)の一つなんですから。

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2013年2月 3日 (日)

長崎を“さるく”Part2 ⑨ ~ いざ稲佐山へ!

遅めの昼食を済ませたところで時計を見ると、時刻は午後4時半をすこし回ったところ。
そろそろ本日最後の目的地へ向かわねば。。。

最後の目的地とは、そう、

稲佐山!

ここへ行くのは何年ぶりだろう。
稲佐山から眺める長崎の夜景はそれはもう絶景で、1000万ドルの夜景と言われるほどの美しさ。

展望台がある山頂までは車でも行けるのですが、今回はロープウェイで行くことにしました。
実はロープウェイに乗るのは初めて。
しかも最近リニューアルしたそうで、今回の楽しみのひとつだったんです。

ロープウェイのスタート地点まではバスで行くのが一般的ですが、路面電車の宝町という電停から15分程歩いても行くことができます。

で、案内に従って歩くこと15分、たどり着いたのがこちら。

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えっ、神社?
ロープウェイに乗るつもりなのに。。。
で、鳥居をくぐると、

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大きくはないけれど、立派な神社が現れました。
「淵神社」です。

「淵神社」という名前は、この辺りの地名である「淵町」からとったもの。
構えは大きくないものの、ここには「宗像三女神」と呼ばれる三人の女神が祀られています。
この解説を始めるとかなり長くなってしまうので今回は省略しますが、気になる方はWiki等で調べてみてください。
ちなみに長崎では恋愛成就の神社として有名で、「姫みくじ」という女性に人気のおみくじがあるんだとか。

ところで肝心のロープウェイですが、社屋のすぐ左横にロープウェイの出発駅がありました。
往復チケット(1200円)を買って、いざ稲佐山へ出発。

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長崎ロープウェイのゴンドラは1年とちょっと前にリニューアルされたそうです。
何でも世界的な工業デザイナーの奥山清行さんとかいう方のデザインだそうで、ほぼ全面ガラス張り、かなり格好いいゴンドラに生まれ変わりました。

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標高333メートルの稲佐山をぐんぐん登っていきます。
新しいゴンドラからは、登っていくにつれ長崎の町全体が徐々に明らかになっていくのを実感できます。

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やがて、展望台のある山頂、稲佐岳駅に到着。
早速、稲佐山山頂展望台へ。
すると何と展望台も新しくなっているではありませんか。

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円形の建物の中はとても広い空間になっていて、窓に沿って造られたなだらかなスロープを登っていくと屋上へ進むことができます。
全面ガラス張りになっているので、スロープを進みながら長崎の町や山々、そして東シナ海を360度パノラマで楽しむことができるんです。

そして、屋上へ。

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こちらが長崎の中心地です。
この風景が、この後日が沈むにつれ綺麗な夜景へと変わっていくんです。

どう変わっていくのか。
その模様は次回のお楽しみということで。
期待してくださいね。

 

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