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2013年2月19日 (火)

熊本城探訪(その1) ~ ○十年ぶり!?

熊本へは出張で度々訪れますが、観光目的ではないため用事が終わるとさっさと帰ってしまうパターンばかりでした。
今回、移動の関係でまとまった時間が取れたので、あいにくの雨ではあったけれど、熊本市のシンボルでもある熊本城を探索してみることにしました。

僕の記憶では、たしか小学生の修学旅行で見学して以来だと思うので、約?十年ぶり。
(~_~;)

聞くところによると、その頃からするとかなり様子が変わっているようなので、ちょっと興味もあったんです。

熊本城に入るには、4ヶ所ある入場門のいずれかを通ることになります。

頬当御門(ほほあてごもん)
櫨方門(はぜかたもん)
須戸口門(すどぐちもん)
不開門 (あかずのもん)


いずれもふり仮名がないと読めませんが、今回僕が通ったのは「不開門」
おそらく4つの門の中で最もマイナーな入口だと思います。
で、なぜここを選んだのかというと、ここへ来る前に食べたラーメンの老舗、「こむらさき本店」から一番近い門だったから。

(店名クリックで以前書いた記事にジャンプします)

ちなみに、今回約3年ぶりに「こむらさき本店」に行ったんですが、お店がガラッと変わってとても綺麗にリニューアルされていました。
店の奥までテーブルがあり、かなり広くなったイメージを持ちました。
個人的には、リニューアル前のお店も昭和の空気が漂ってて良かったんですけどね。

01

それはさておき、まず僕の視界に飛び込んできたのは、巨大な石垣。
高さは20メートル。
熊本城の石垣の特徴は、高くなるにつれ傾斜が垂直になっていく、いわゆる「武者返し」と言われる構造。
見た目にも美しいし、機能的でもあるんです。

ほどなく不開門に到着。
入場受付にはおじさんが一人。
このおじさんがとってもお喋り好きで、

「実はこの門がお城へ行くのに一番近道なんですよ~。」

から始まって、約5分間の熱弁を振るっていただきました。
しかもなんと無料(笑)。

入園料は基本500円ですが、今回僕が買ったのは城彩苑・湧々座とのセット券を購入。
別々だと800円のところ、セットで600円と200円もお得なんです。

02

不開門だなんて、ちょっと不気味な響きを感じますが、この門は熊本城の東北に位置しており、昔の陰陽道によるとこの方角は鬼門と呼ばれ、不浄の気の出入りするところと考えられてきたそうです。
築城にあたっても、この方向は塞いでも開けてもいけないとされ、門は造っても通常は閉鎖されていました。そこから不開門と呼ばれ死人や不浄物の搬出時にだけ用いられたのだそうです。

04

しばらく進むと、石垣の切れ目に不思議な入り口が現れました。
どうやらここをくぐらないと先へ進めないようです。
石垣の上にはかなり立派な建物が建っていますが、この時点では何の建物なのか全く分かりません。

そしてこの地下トンネルのようなところを抜けると、いきなり目の前に登場してきたのが。。。

05

熊本城の主人公、天守閣です。
熊本城の特徴は大小二つの天守が並んで立っているところ。
小天守大天守と比べると若干ですが後ろ、何となく控えめに建っています。
城主を見守る奥方様といった感じにも見えます。

09

ちなみに熊本城の天守閣は昭和35年に復元されたもの。
熊本城復興のため市民から集めた寄付金で建てられたそうです。
場内は展示室になっているんですが、各フロアの一画には寄付金を納めた名前が掲載されていました。
「一口城主」と言うのだそうです。
ちなみに現在も「新・一口城主制度」が行われていて、平成21年から現在まで5億円の募金が集まったのだとか。

06

熊本城は加藤清正が建てたと伝えられています。
そもそも、薩摩の攻撃から守ることを目的として作られ、難攻不落と恐れられたそうですが、結局明治になるまで攻められることはありませんでした。

08

加藤清正は豊臣秀吉の命によりこの地に派遣され統治することとなった訳ですが、清正が来るまでの肥後国はとても貧しく争いが耐えない国だったそうです。
清正は治山治水、新田開発、貿易等積極的に行い、熊本繁栄の基礎を築いたとして領民からは神様のように慕われたのだとか。

肥後国は江戸時代の途中から、加藤氏に変わって細川氏が統治することとなります。
細川氏による統治の方が全然長いのですが、熊本では今でも加藤清正公の方が人気があるようです。

10

実際に熊本城が戦争の舞台になったのは明治になってから。
明治10年2月、あの西南戦争において薩軍の将、西郷隆盛は13000人の兵を率い、3500人の官軍が籠城する熊本城を攻めました。

薩軍は主力を以って3日間に攻め続けたにも関わらず、結局1兵たりとも城内に侵入することはできませんでした。
結局熊本城に立て籠もった官軍は増援部隊が来るまでの52日間守り続けたのだそうです。
築城から約370年を経て、熊本城が難攻不落であることを証明したことになります。

熊本城を攻め落とせなかった西郷隆盛は、終焉の地城山で

「わしは官軍に負けたのではない清正公に負けたのだ」

と独白したとまことしやかに今も伝えられています。
(熊本城公式HPより)

復元された熊本城天守閣は、フロアを上るにつれ加藤家、細川家、西南戦争と時代を追って歴史を知ることができ、ひととおり学習したところで最上階へたどり着くことができるよう造られています。

次回は、いよいよ最上階へ上り、大天守から望む熊本の街をお届けしたいと思います。

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受信: 2013年2月19日 (火) 08時52分

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