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2013年4月 2日 (火)

吉野ヶ里遺跡ひとりツアー⑤ ~ 倉と市

吉野ヶ里ひとりツアーもいよいよ後半戦です。

第5弾は、「倉と市」というエリア。

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昔教科書で習った高床式倉庫がたくさん現れてきました。

この写真は逆行になってしまい倉庫群はよくわかりません。
これはこれでお気に入りの一枚なんですが、一応反対側にまわって撮り直します。

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数えたわけではないので正確な数はわかりませんが、おそらく20棟くらいの倉庫や住居が建ち並んでいます。
これらのことから、この場所は海外との交易品や日本各地の特産品などが集まり、取引が行われた「市」であったと推測されています。

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市の中心にはこのような他の倉庫とは違う建物が建っています。

説明板には「市楼(しろう)」と書かれていました。
市全体を管理する「市長(いちおさ)」と役人たちが集まる、いわば管理事務所のような場所だったのではないかと考えられています。
ちなみに2階には見晴台と太鼓があり、この太鼓の合図で市の開催を知らせたのだそうです。

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ちなみに1階部分はこんな感じ。
結構広いスペースで、ここで市に参加するものに許可を与えた場所だと考えられています。

それぞれの倉庫は物別に分けられていて、穀物から着物、武器にわたるまで様々なものが保管されていたようです。

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2番目の写真をよく見ると、堀と塀が縦にはしっており、塀の右側は特に厳重に守られていたようです。
ここは「クニの大倉」と呼ばれる一画で、クニの軍事上、戦略上重要な物資を収められていた特別な場所と考えられています。

倉庫の数は5つ。
そのうち実際に中へ入れる倉庫が3棟ありました。

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そのうちのひとつ、武器庫です。
弓矢、槍の武器に加え、鎧や盾といった防具などが保管されていました。

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また別の倉庫には、赤い砂利のようなものが積まれていました。
何とこれは鉄鉱石なんだとか。
隣では鉄鉱石から鏃(やじり)のようなものを鋳造する道具(型)が展示されています。

この時代にはすでに鉄や銅から武器を製造する技術があったことが伺えます。

ところで冒頭に海外との交易があったと書きましたが、ここから出てきた出土品に中国の貨幣や中国で作られたであろう装飾品等が出土していることから、ほぼ間違いないだろうと思われます。

弥生時代紀元前300年頃から西暦250年頃までの約550年間くらいなんですが、この館に生活水準は大きく進化を遂げたことが吉野ヶ里遺跡の発掘によって裏付けられたことになります。

さて、次回は吉野ヶ里の一般の人たちが住む集落、「南のムラ」へと進みます。
お楽しみに。

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