« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »

2014年7月27日 (日)

パリの街を「さるく」② ~ パリのシンボルと言えば?

(前回①のつづきです)

前回は「エコール・ミリテール」の回りを半周ほど「さるいた」ところまででした。

今僕の目の前に広がっているのは、芝生が広がる広い公園、「シャン・ド・マルス公園」です。
で、その先に見えているのが。。。

その前に、もう一度さっき見たエコール・ミリテールを振り返っておきましょう。

09

緑の先に立つエコール・ミリテールもまた素晴らしい。
先端に立つフランス国旗がとても映えますよね。

さて、お待たせしました。
「フランスと言えばコレッ!」の第1弾です。

08

出ました!「エッフェル塔」

この日は雲ひとつない素晴らしい快晴。
青空と緑の先にそびえ立つ凛々しい姿。
初めて出会ったエッフェル塔がこんなに素晴らしい条件だなんて、やっぱり僕って晴れ男なのかなぁ。

えっ?知りませんでした?
僕って、自分で言うのもおこがましいんですが、「晴れ男(自称)」なんです。

事実、2月のシンガポールも、こないだの伊勢神宮も、そして今回のパリ8日間も全く雨に合わなかったんですから。
もっと言うと、先々週行ってきた。。。おっと危ネェ、この話はまだ取っておかないといけないんだった。

10

話を元に戻して、公園をどんどん進んでいきます。
もちろん芝生のど真ん中(できるだけ。。。)を、エッフェル塔を真正面に見ながらです。

ところで、エッフェル塔って何メートルなのか、そしていつ頃建てられたか、意外と知らない人も多いんじゃないでしょうか。
僕が買ったガイドブック(ブルーガイド「わがまま歩き」2013版)によると、

『フランス革命100周年を記念して開催された1889年のパリ万国博覧会に、高架橋の技師、ギュスターヴ・エッフェルの設計により建てられた。高さ301mは当時としては世界最高。

(- 中 略 -)

20年の期限が来て1909年に解体される予定だったが、発明されたばかりの無線電信電話のアンテナに塔が利用できると分かり、取り壊しは中止に。1957年にはテレビアンテナが設置されて高さも324mへと更新。今日ではパリのシンボルとして人々に愛されている。』

11

いよいよ、エッフェル塔は目の前にそびえ立つほどまで迫ってきました。

でも、エッフェル塔の名前の由来って、設計者の名前だったんですね。
知らなかったでしょ?僕もだけど。。。
しかも、当初計画では20年で取り壊される予定だったなんて。。。
電信電話の発明のおかげで生き残ることができたんですね。

12

エッフェル塔の真下から見上げた写真ってなかなか見たことないでしょ?
このように、何本かの鉄柱が伸びていて、最初はこれが展望台へ行くエレベータなのかなって思ったんですが、実はこれ、メンテナンス工事用のリフトを上げるための骨組みのようでした。

で、実際登る場所はどこかというと、塔の4本の脚の部分。
4か所のそれぞれの地上部分にチケット売り場と登り口がありました。

13

実際第一展望台へは、エレベータで行く方法階段で行く方法があります。
エレベータがあるのは4ヶ所のうち2ヶ所のみなので、エレベータに乗りたい人は注意が必要です。
第1展望台までのエレベータは上の写真のように、斜めに登って行く珍しいタイプ。
乗ってて楽しそう。。。

といっても第1展望台は地上57m地点、階段で登っても360段らしいので、頑張れば登れるんじゃないでしょうか?
階段で行く方が値段も安いしね。

今回僕も登りたかったんですが、4ヶ所の登り口全てが長蛇の列。
東京タワーじゃとても考えられない人の多さ。
これじゃ多分展望台へたどり着くのに最低2時間はかかりそう。
泣く泣く今回は断念することに。
だって、この後まだまだ「さるかなきゃ」ならないので。。。

14

エッフェル塔から眺めるパリの大パノラマ、さぞや絶景だったろうなぁ。

そんな未練を残しつつ、セーヌ川を渡りエッフェル塔に別れを告げたのでした。

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月24日 (木)

パリの街を「さるく」① ~ 強行ツアースタート!

さて、今回はパリ市内の定番観光コースをめぐる旅をレポートします。
僕のブログではもはや定番(?)となった、「さるく」シリーズ「パリ編」です。

何度も言いますが、「さるく」というのは長崎の方言で、「あてもなくぶらぶらと歩きまわる」こと。
なので、基本的に移動手段は自分の足です。

ただし、前回のさるくシリーズでお届けしたシンガポール編と同じく、今回も与えられた時間は1日のみ。
限られた時間の中で、いくつ観光名所を回れたのでしょうか。

今回の「さるく」、スタート地点はパリの地下鉄「メトロ」で言うところの、

Saint Francois Xavier(サン・フランソワ・グザビエ)駅」

今回僕が宿泊しているホテルから乗り換え無しで行けたのでこの駅にしました。

01

この駅名は、この地にある教会の名前からとったもの。
上の写真、バスの奥に見える建物がそれ。

この名前を日本語風に言うと、「聖フランシスコ・ザビエル」
そうなんです、日本にキリスト教をもたらした、あの宣教師フランシスコ・ザビエルゆかりの教会なんです。
今回はパスしましたが、また来る機会があったら訪ねて見たいと思います。

ここから北に歩いて行くと、やがて正面に現れるのがこちら。

02

「アンヴァリッド」

現在は軍事博物館として公開されていますが、ここが最も有名な理由はやはりナポレオンの墓所であるということでしょう。
中央にそびえる金色のドームのてっぺんには十字架があるんですが、この建物は教会であり、その真下に当たる地下にナポレオンは埋葬されているそうです。

03

ところでこの「アンヴァリッド」、フランス語の正式名称はl'Hôtel des Invalides(オテル・デ・アンヴァリッド)」

「国立廃兵院」といって、元々は1670年にルイ14世が創設した戦傷兵のための療養所だったんです。

現在は、先程も言ったとおり、ドーム教会と軍事博物館の他、ルイ教会、立体模型博物館、シャルル・ドゴール歴史館が常設されていて、大人€9.5でそれら全てを見学できるそうです。
詳しくは、ネット上の公式HPから日本語の案内もあるので参考にしてください。

もちろん僕は時間も無いため今回中の見学はパス、美しい庭を眺めながら先へと進みます。

ここからロワンダル大通りを南西方向へ進んでいくと、やがて現れるのがこちら。

04

「Ecole Millitaire(エコール・ミリテール)」

フランス語でエコールは学校、ミリテールはミリタリー、すなわち軍。
ここは旧陸軍士官学校です。
ナポレオンも若い頃この学校で学んだそうです。

現在はフランス軍関係の諸機関と士官養成所として使用されているそうで、一般には公開されていません。

05

実際この日も施設の一画で儀仗訓練のようなものが行われていました。

ところで、この建物の正面から見て道路の反対側にはこんなビルが建っています。

06

これ、国際連合教育科学文化機関の本部です。

「何それ?」って言われそうですが、「ユネスコ」って言い直すと誰もが知っているんじゃないでしょうか。
1946年に制定された国際連合教育科学文化機関憲章」いわゆる「ユネスコ憲章」基づいて設立された、教育、化学、文化の継承、発展及び推進を目的とする機関です。

また、世界遺産の登録と保護もユネスコの大きな役割であり、そういう点で僕らにも馴染みのある機関なのかもしれませんね。

さて、僕らはエコール・ミリテールを右側に見ながら右折を繰り返し、裏側へと回ります。

07

エコール・ミリテールの反対側はこんな広場になっていました。

そして、この建物を背にして振りかえると、シャン・ド・マルス公園が広がっていて、その先に見えてくるのが。。。

ということで、この続きは次回にて。
次回はいよいよパリのシンボルのひとつ、アレに迫ります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年7月21日 (月)

パリでの食事① ~ ムール貝食べ放題!?

パリはさすがにフランスの首都だけあって、食事に関しては世界中の様々な料理が楽しめます。
そういう意味で言うと東京も同様なんですけど。。。

今回の出張は8泊10日とかなりの長旅だったため、いろんなカフェやレストランで食事しました。
そんな中、パリでの食事第一弾はムール貝を食べつくす人気店、

Leon01

「LEON(レオン)」

もともとの発祥はベルギー、ブリュッセル
パリでは市内および郊外に30店舗というチェーンを展開していて、バケツで出てくるムール貝がパリ市民だけでなく観光客にもとっても人気なんだとか。

今回入ったお店は、パリの中心シャンゼリゼ通りにある、

「RESTAURANT LEON DE BRUXELLES - CHAMPS-ELYSEES」

シャンゼリゼといえば東京で言えば銀座(?)のようなところ。
30店舗の中でも最も有名で、かつ観光客も多いお店、のはず。
この日も日本人をはじめ、いろんな国の言葉が飛び交っていました。

Leon04

この日も結構混んでました。
今回予約無しで11人とかなり無謀な挑戦だったんですが、なんと待ち時間0分で入ることができました。
超ラッキーッ!!

席に座り、さっそくメニューを拝見。

Leon02

オォッ!いきなり表紙からムール貝のアップですかぁ?
思いっきり主張してますねぇ。

メニューを開くと、確かにムール貝料理のオンパレード。
英語が得意ではない僕でも、写真と素材の説明で何となく理解できました。

メインは、例えて言うと「アサリの酒蒸し」のような料理なんですが、それに色んな味付けがプラスされたイメージかな。
ガーリックとオリーブが効いたクラシック、マッシュルームが加わったクリーム味、そしてマスタード味、チーズ味、カレー味等々、多彩なバリエーションが揃っています。

でもまずはビールから。
レオンお薦めの生ビール(ってメニューに書いてある)「PELFORTH」を注文。
料理の注文は一度来たことのあるという仲間に任せることに。。。

Leon03

まず最初に登場したのは、こちらのプレッツェル
これはお通しのようなもので必ず出てくるらしい。

でもってこれ、ほど良い塩味が効いててGOOD!
ビールに合う!でもって病みつきになりそう。
これ、日本の居酒屋で言うところの枝豆だね。
ただこちらはお替わり自由ってところもGOOD!

という訳で、プレッツェルで一杯目のビールを飲み干してしまったため、お替わりのビールを追加。
今度はベルギーのビール、「AFFLIGEM」を注文。

さて、2杯めのビールとともに注文した料理が到着。

Leon05

右側の料理が人気のバケツに入ってきたムール貝。
バケツっていうか、鉄鍋だけどね。
でも見た感じボリューム感はすごい。

左の料理もよく見ると周りに並んでいるのはムール貝ですよね。
ホント、ムール貝づくしなんだぁ。

ちなみに、手前に半分写ってる黒い物体は殻入れです。

とにかくムール貝を頂きましょう。

Leon06

こちらは、マッシュルームを加えたクリーム味バージョン。

うん、美味いっ!
例えて言うとクラムチャウダーのムール貝バージョン?
シンプルな塩味の効いたクリームの中にムール貝がちゃんと主張していて、これなら誰にでもウケるでしょって味です。

その他に、シンプルなコンソメ風、マスタード味、チーズ味を頂きました。
コンソメ風は定番って感じ、マスタードは好きな人は病みつきになりそうって感じ、そしてチーズ味はブルーチーズが苦手な人にはちょっと厳しいかなって感じでした。
これ、あくまでも僕個人の感想ですけどね。。。

最初はそのボリューム感に圧倒されそうでしたが、ムール貝の身自体はそれ程大きくは無いため一人1バケツ(?)くらいはイケそうです(笑)。

そして、最後に出てきたのはこちら。

Leon07

カリッと焼いたエビにバターライス。
日本人的には最後はご飯で〆るってところがイイっす。

パリで人気のムール貝料理専門店、「LEON」。
いろんな味を楽しみたいんだったらできるだけ大勢で行くことをお薦めします。
値段もその方が割安になるしね。

実は、この出張期間中、もう一回行きました。
クリシー通りにある別の店ですが。
当然ですが、メニューと味は同じでしたよ。

「Léon de Bruxelles(レオン)」のオリジナルサイトはこちら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年7月15日 (火)

6月のパリって、「夜が明るすぎ!」

6月中旬に、フランス、パリへ行ってきました。
もちろん、仕事です。

NHKをはじめ、各種メディアがとりあげて話題になった、

「ユーロサトリ2014」

いわゆる「チーム・ジャパン」の一員としての参加でした。
この話を記事にするかどうかは置いといて、

何てったって僕にとっては初めてのパリ
っていうかヨーロッパそのものに足を踏み入れるのは今回が初めて。
仕事は大変だったけど、限られた少ない時間でできるだけパリを満喫しようとこちらも大変でした。

で、パリ編の第1弾は、この時期のパリについて触れて見たいと思います。

今回羽田からANAでパリ入りしたんですが、東京からパリまでの飛行時間は12時間30分。
10時30分発で行くと、パリに着くのは23時ちょうど。
サマータイム中のパリとの時差はマイナス7時間なので、フランス時間では16時ということになります。

シャルル・ド・ゴール空港はパリ郊外にあります。
空港とパリ市内はRERという鉄道か、バス、タクシーといった手段がありますが、今回はツアー会社が用意した貸し切りバスでの移動でした。
通常だと40分くらいで市内に行けるのですが、この日は鉄道がストライキを起こしていたこともあって高速道路が結構混んでたため、ホテルにチェックインできたのは19時近くになってしまいました。

2014_01

今回泊まったホテルは、「Timhotel Berthier Paris 17」
カナカナだと「ティムホテル・ベルティエ・パリ17」

ホテル名に出てくる「17」はパリ17区という意味。
パリは全部で20の行政区に分かれています。
東京23区とほぼ同じと考えていいでしょう。
市の中心から時計回り、渦巻き状にに区の番号が振られているため、「エスカルゴ」とも呼ばれます。

パリの治安は必ずしも良くないと言われています。
しかも郊外に行くほど悪いと言われています。
17区は中心から北西の方向にある最も外側の区なので、渡仏前からちょっと心配でした。
夜なんか絶対外出はできないんだろうなぁ、と。

しかし、チェックインの後、食事をしないといけない。
ミネラルウォーターも買っておきたい。
ということで、19時15分に仲間と待ち合わせして、ホテル周辺で食事へ出かけることにしました。

ホテルのある場所は、メトロの駅で言うと、「Porte de Clichy(ポルト・ドゥ・クリシー)」
とりあえず、クリシー通りを南へ下って行くとレストランやカフェがあるって聞き、みんなで歩いて行くことにしました。

2014_03

これが、19時30分頃のクリシー通りです。
いやいや、まだ全然昼じゃないですか。
東京でいうと、まだ16時位の明るさじゃないでしょうか。

まぁ、確かに東京(北緯35度)パリ(北緯48度)の緯度の差は13度
札幌が北緯43度なので、それよりもずっと北です。
この夏至の前後は最も昼間の時間が長くなる上、サマータイム制を採用しているため、こんな時間でも全然明るいんですね。

2014_02

ただでさえ時差ボケが心配なのに、これじゃ夜の間隔が狂ってしまいそうです。

食事を終え、近くのミニスーパーで水を買い、ホテルに戻ったのが22時30分。
それでやっと薄暗くなってきたかなって感じ。
これなら、単独行動でない限りそんなに危険じゃないなって、これからの滞在生活、ちょっと安心しました。

ちなみに、撮影日と撮影場所はマチマチですが、夜10時頃はこんな感じ。

2014_06

それでもって、夜10時30分頃はこんな感じです。

2014_05

最後に、11時近くになってようやくこんな感じ?

2014_07

あるいはこんな感じ?

2014_08

やっと、暗くなってきたなぁって感じです。
ヨーロッパじゃ当たり前って言われそうだけど、なにせ生まれて初めてのヨーロッパなもんで。。。

ところで最後の2枚は凱旋門に、モンパルナスタワー。。。?
一体お前は夜な夜な何してたんだって責められそうだけど(笑)、その辺はまた追々レポートするつもりなので、期待しないで待っててください。

「S'il vous plait!」(ヨロシクネッ!)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年7月11日 (金)

お伊勢参り⑤ ~ 「参拝後は定番おかげ横丁で」編 

(お伊勢参り④のつづき)

前回までお届けしたとおり、今回伊勢神宮でとっても貴重な体験をさせてもらった訳ですが、かなりタイトなスケジュールだったため出発時間まで残り10分程度となってしまいました。

今回は貸し切りバスで来たので、宇治橋前のバス専用駐車場で待っているバスに乗り込めば良かったんですが、せっかくここまで来て「おかげ横丁」に立ち寄らない訳にはいかないでしょ。

とにかく、早足で商店街の方へ進みます。

23

伊勢市営駐車場から宇治橋前までの約800メートルにわたる商店街。
当初僕はこの商店街全体が「おかげ横丁」っていうのかと思っていました。

でも正解はちょっと違っていました。
この商店街の名前は、「おはらい町」

「赤福」をはじめとする土産屋、「伊勢うどん」をはじめとする飲食店、その他「神宮道場」をはじめとする歴史的建造物等が軒を連ねます。

そして、おはらい町のちょうど真ん中あたりに建つ、レトロな造りの建物が、

24

「赤福 本店」です。

伊勢と言えば赤福、さすがに他のお店と比べても貫禄があります。
もちろん今回のお土産でも買いましたよ。
ただし、帰りの名古屋駅でね。。。

そういえば、前回僕が伊勢を訪れたのは2007年の10月
その時撮影した、赤福本店の写真があったはず。

241

これ、開店前でも閉店後でもありません。
まだ記憶に新しい、「製造日、消費期限改ざん問題」が発覚し、そこからしばらく休業を余儀なくされたというあの頃だったんです。

しっかりと閉ざされた雨戸の中央には、臨時休業する旨の詫び状が貼ってあったのをはっきり記憶しています。
確かあの日は休業初日だったんじゃないかなぁ。
せっかく買おうと思っていた赤福が買えずとても残念でした。

さて、話題を戻します。
この赤福本店の向かい側に広がるスペース、それが、

25

「おかげ横丁」です。

わざわざこの一画をおかげ横丁というのは、ここが新しく作られた一種のテーマパークだからなんです。
約4000坪の敷地内には、江戸から明治にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現され、この地方の魅力が凝縮されており、三重の老舗の味、名産品、歴史、風習、人情まで、一度に体感できるんです。
(以上、おかげ横丁正式サイトより抜粋)

26

おかげ横丁が誕生するまでの経緯についても調べてみました。

おかげ横丁が誕生したのは1993年(平成5年)7月16日
第61回式年遷宮に併せて建設されました。

伊勢神宮は江戸時代より庶民の憧れとして大変な人気でしたが、高度経済成長とともに参拝者が減っていたそうです。
それとともにおはらい町の営業収入は減る一方、平成4年の入場者数は32万人だったそうです。

そこで奮起したのが当時赤福の会長、濱田 益嗣氏。

それまでもおはらい町の景観改善のために、地元の優良企業代表として活動していたようです。
しかし濱田会長は、この地を活性化させるための秘策を持っていました。
もともと本店向かいのこの土地には、赤福本社ビルが建っていました。

27

濱田社長は本社ビルを取り壊し、周辺の土地を買収することで、約4000坪の土地を確保。

この地に、当時赤福の年間売上130億円を上回る、140億円という巨額の資金を投入して建設されたのが「おかげ横丁」なんです。

濱田会長にとっては秘策というより、大博打だったのかもしれません。

でもってこれが大当たり。
平成4年、内宮参拝者約440万人に対し、おはらい町訪問者は先程言った通り32万人でした。
ところが、第61回式年遷宮の平成6年は、内宮参拝者約560万人に対し、おかげ横丁来場者200万人!!
参拝者の8%以下だったのが30%を超える比率にまでアップしたんですよ。
これはもの凄い変化です。

さらに凄いのは、第61回式年遷宮を終え参拝客が一旦減少するのに反し、おかげ横丁の来場者は年々増え続けているってこと。
平成22年の発表によると、年間来場者は441万人なんだとか。
しかも、おかげ横丁との相乗効果で、伊勢神宮参拝者も増えているらしいんです。

そのピークが第62回式年遷宮が行われた昨年(平成25年)。
伊勢神宮の発表によると、年間参拝者数が過去最高の1420万4816人
記録が残る1895(明治28)年以降最多の約883万人(2010年)を500万人以上も上回ったのだそうです。

ちなみに、そのうち内宮参拝者は約885万人
おかげ横丁の正式発表はありませんが、僕が予想するに300万人以上の来場者があったんじゃないでしょうか。

  ...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

さて、もうホントにバスに戻らなくちゃいけなくなってきました。
おかげ横丁で伊勢うどんを頂くこともせず、バス駐車場へと歩きます。

と、ここで気になる旗を発見、思わず立ち止ります。

28

「おとうふソフト」 (!?)

このお店は「豆腐庵山中」という、いわゆるとうふ屋さんです。
でもこのお店で親しまれているのは、「うの花ドーナッツ」「おとうふソフト」

ご当地ソフトに目が無い僕です。
これは、やっぱり行っとくしかないでしょ。

29

ドーナッツも気になるところですが、なにせ時間が無い。
とりあえずカップで購入(270円)
味はバスの中で確認です。

30

これがその、おとうふソフト。
見た感じはとてもきめ細やかで、クリーミーな感じ。
原材料の約55%に豆腐と豆乳を使用しているそうです。
(後ろの看板にそう書いてあるし。。。)

また、化学凝固剤、安定剤を一切使用していないため、溶けやすいんだって。
お店の説明にも、

「昭和時代の速さで溶けていきます」

だって(笑)。

待っていたバスに乗り、さっそくいただきます。
下の方が早くも溶け始めているかも。
これが昭和の早さなのか。。。

味は想像どおりって言うか、甘味を抑えたとってもスッキリした味です。
そして見た目通り、きめ細やかな舌触りで、とってもクリーミー。
豆腐の味というか、豆乳の味が効いているなと感じました。

以上、伊勢神宮参拝レポを5回にわたってお届けしましたが、いかがでしたか?

短時間だったけど、僕的にはとっても中身の詰まった参拝でした。

でもやっぱり伊勢神宮参拝は、ゆったり時間をとって、じっくり回った方がいいと思います。
次回来るときは、是非そうします。
ではまた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年7月 7日 (月)

お伊勢参り④ ~ 「本殿参拝」編

お伊勢参り③のつづき)

神楽殿での感動的体験の余韻と感動を引きずったまま、ついに正宮へとやってきました。

実は伊勢神宮を訪れるのは今回が2回目
前回は7年前に来たのですが、その時は当然ながら式年遷宮前。

18

その時の正宮は、この柵の奥へ進んだ左側にありました。
その時も、内宮全体の空気がよそとは全く違う、神聖な感覚に浸っていたことをはっきり覚えています。
内宮全体がパワースポットなんですね、きっと。

で、この柵に向かって左方向を見上げた所に正宮はありました。

17

つまり、以前の正宮の手前に遷宮されたということになります。

正宮の構造は普通の神社とはちょっと違います。
普通の神社の場合、本殿の手前に拝殿があり、通常は拝殿の手前に賽銭箱もあって、そこで拝礼しますよね。

伊勢神宮の正宮は口で説明するのはかなり難しいので、公式ホームページで確認してください。
そして以下の説明は、そのサイトにある平面図を照らし合わせながら読んでください。
でないと恐らく全く理解できないと思います。

一般の参拝は、「外玉垣南御門」と呼ばれる最も外側の門の手前で行います。
賽銭箱もそこにあります。
一方お神楽を受けた僕らは、南宿衛屋に控えている神職さんに言うと、更に中へと入れてもらうことができます。
ネクタイを締め直し、服装を正し、塩で清めた後、一般の参拝客は入れない柵の中へと案内されます。
左側の番塀をくぐり、大きな玉石の道を歩き、外玉垣南御門の内側へと進みます。
中重鳥居の前に到着すると、そこで一列に並び、二拝二拍手一拝を行います。
そして来た道を戻って参拝は終了となります。

これだって、とっても貴重な経験ですよ。
ホント、感動の連続です。
同時にとっても霊験あらたかな感覚で満たされました。

足の痺れもやっと取れてきました。 (^_^;)

19

さて、時間が殆ど無くなってきました。
最後に、正宮の裏手奥にある別宮へと急ぎます。

20

「荒祭宮(あらまつりのみや)」

前々回の記事で豊受大神宮(外宮)には4つの別宮があると書きました。
皇大神宮(内宮)には10の別宮があります。
そして、内宮の場合、同じ敷地で参拝できるのは2つのみ。
「荒祭宮」「風日祈宮(かざひのみのみや)」です。

「荒祭宮」に祀られているのは、天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)」
前々回の記事を読んだ方はこれももう見当がつきますよね。

そうです、外宮の「多賀宮」と同様。
つまり天照大神の荒御魂を祀っている所。
従って皇大神宮の別宮の中では最も位が高いということになります。

なので、正宮と一緒に遷宮されたということになります。

余談ですが、全部で14ある別宮も全て遷宮の対象です。
ただし、繰り返しになりますが正宮と同時期に行うのは「荒祭宮」と「多賀宮」の2つのみ。
残り12の別宮はその後順次行われ、平成26年度中に完了するそうです。

21

最後にお札とお守りを買って、じゃなくてお受けして、伊勢神宮の参拝はすべて終了。

残念ながら「風日祈宮」は時間切れのため今回は断念。
次に伊勢に来るときは14の別宮を全部回りたいと思います。

22

それが、いわゆる本当の意味での、

「お伊勢参り」

ですもんね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年7月 4日 (金)

お伊勢参り③ ~ 「いよいよ内宮へ」編

お伊勢参り②のつづき)

外宮から車で約15分、市街からちょっと外れた五十鈴川の川上にあるのが、伊勢神宮の中心と言ってもいいでしょう、

「皇大神宮(通称『内宮』)」

です。

ここに祀られているのは、皆さんご存じ、私たち日本民族の総氏神であり、皇室の御祖神である、

「天照大神(あまてらすおおかみ)」です。

伊勢神宮での正式な言い方で言うと、

「天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)」と言うそうです。

11

内宮全体の面積は5,500ヘクタールと広大で、隣接する3つの山林も含みます。
これらを大別すると神域と宮域林とに区分され、さらに宮域林を第一宮域林、第二宮域林に分けています。
神域とは内宮のご社殿を中心とした付近およそ93ヘクタールの区域で、後祭神が鎮座して以来まったく斧を入れることのなかった禁伐林です。
第一宮域林は、神域の周辺並びに宇治橋付近、それに市内から遠望される地帯1,000ヘクタール余の区域で、大部分が天然林、原則伐採しないことになっています。
第二宮域林は、第一宮域林以外の区域で、五十鈴川水源の保持並びに宮域の風致の増進を目的とするとともに、ご造営用材の備林としてのヒノキの植樹が計画的に実施されています。
(以上、「伊勢神宮公式サイト」より抜粋、要約)

この内宮へは、五十鈴川に架かる「宇治橋」を渡るところから始まります。


12

この五十鈴川も神聖な川とされていて、正殿へ行く前にこの川の水で身を清めるとされています。
境内には、「手水舎」という立派な御手洗場もあるのですが、天気のよい日にはここで手を洗い、口をゆすいでから参拝することをお薦めします、と公式サイトにも書かれていました。

13

さて、身を清め参道を進んでいくと、目の前に大きな建物が現れます。

「神楽殿」です。

外宮のものよりも明らかに大きい。
外宮と同じく、ここでお札やお守りを受けることができます。

14

取りあえず写真に納めて奥へ進もうと思っていたのですが、神楽殿の中へ入れという指示。

今回、一応伊勢へは仕事で来ていたのですが、何と御祈祷の予約を入れていたとのこと。
事前に聞いていなかったので、チョーびっくり。

とにかく靴を脱ぎ、まずは屋内へと案内されます。

15

待合室のような場所で、しばらく待たされたあと、いよいよ神楽殿へと入って行きます。
とってもワクワク。
ただし、当然ながらここから先の撮影はNG!

皆さんにお伝えできないのはとっても残念なのですが、社屋外の説明書きでご勘弁を。

16

これによると、いわゆる一般的な神社で受ける祈祷に当たる「御饌(みけ)」と、これに雅楽や舞が加わる「大々神楽(だいだいかぐら)」というのがあるようです。

最初僕は当然ながら、御饌とよばれる簡単なお祓いだと思っていました。
畳に正座するよう言われ、せいぜい10分位だろうからと待っていました。

最初は普通に神職さんが登場し、お祓いを行います。
その後、神職と巫女さんが次々に登場してきました。

「何?何これ?」

って不思議に思っていると、部屋の両サイドに座った数名の神職さんたちがやおら雅楽演奏を始めたではありませんか。
そして、演奏に併せ巫女さんたちが踊り出したんです。

これって、「大々神楽」なんじゃない?
いや、メッチャ感激!
伊勢神宮で、しかも内宮の神楽殿で、こんな体験できるなんてこの上もない喜びです。
約30分、終わった時は涙が出そうなくらい感動しました。

と同時に、終わった後は足が痺れまくって涙が出そうなくらい大変でした。。。
 (T_T)/~~~

さて、次回はいよいよ正宮へと進んでいきます。
式年遷宮が済み、新しくなった正宮をどうぞお楽しみに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月 1日 (火)

お伊勢参り② ~ 「風宮、土宮、多賀宮」編

お伊勢参り①のつづき)

下宮こと豊受大神宮の別宮のひとつ、「風宮」のすぐ隣にあるのが、

「土宮(つちのみや)」です。

07

ここに祀られているのは、

「大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)」

伊勢神宮公式サイトによると、、、

古(いにしえ)よりこの辺り一帯の呼称である山田の原の守護神として崇敬されてきましたが、古代においては未だ官社としての形態を有していませんでした。
 平安時代中期、「長徳検録」という書物に外宮所管の田社のひとつとして土御祖神社の名が出ています。田社とは今でいう末社にあたります。
 更に平安時代末期、崇徳天皇の大治3年(1128年)6月5日に宮川治水、堤防の守護神として別宮に加列されるに至りました。
末社から摂社を飛び越えて正宮に次ぐ別宮という特別の地位を受けたのには、このような特別な理由があったものと推察されます。

ここで、正宮、別宮、摂社、末社といろいろな呼称が飛び出してきましたので、ちょっと解説しなければなりませんね。
この回答で僕が最も納得できたのは、「神社本庁」の解説でした。
以下、そのまま引用します。
(ちょっと長くなるので興味無い方は飛ばしてください)

『神社の境内にある小さな社は摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)といいます。摂社、末社も本社に附属する神社ですが、現在では特に両者を区分する規定はなく、本社の管理下にある小規模神社の呼称として用いられています。

戦前の旧官国幣社(かんこくへいしゃ)においては、摂社と末社を区分する基準が設けられました。摂社に該当する条件として、まず本社御祭神の荒魂(あらみたま)や后神・御子神を祀った社のほか、御祭神と関係のある神や現社地 の地主神(じぬしがみ)など特別な由緒がある社となっていました。こうした基準に当てはまらないのが末社であり、摂社は末社より上位に置かれていました。

現在でも摂社・末社の呼称は、戦前の基準による区分をそのまま用いていることがありますが、特に本社との由緒の深い神社には摂社の呼称が用いられています。摂社・末社については、本社と同一の境内地で祀られている境内社と、 境内地外で祀られている境外社といった区分もできます。

このほか、伊勢の神宮や京都の石清水(いわしみず)八幡宮などでは、特に本社御祭神と関係の深い社を別宮(べつぐう)と称しています。

伊勢の神宮においては、内外両御正宮の他に、これに次ぐ尊い社として両宮それぞれに別宮があり、『延喜式神名帳』(えんぎしきじんみょうちょう)に載る式内社が摂社、『延暦儀式帳』(えんりゃくぎしきちょう)に載る社が末社、両書に記されていませんが神宮との密接な関係により古くから祀られてきた社が所管社と称されています。

「伊勢の神宮」とは、両御正宮のほか、別宮・摂社・末社・所管社を含めた125社の社の総称をいいます。』

伊勢神宮は特別だってことが改めて納得できましたよね。

さて、風宮、土宮から石段を98段上ったところにあるのが、3つめの別宮、

08

「多賀宮(たかのみや)」です。

ここに祀られているのは、

「豊受大御神荒御魂(とようけのおおみかみのあらみたま)」

何を書いているのかさっぱり分からん、と言われそうですが、「豊受大御神の荒御魂」と、間に「の」を入れると多少分かりやすくなったんじゃないでしょうか。

じゃあ「荒御魂」って何ってことになるんですが、これも説明しだすと摂社、末社と同じくらい長くなってしまいます。
超簡単に言うと、神様の霊魂には2つの側面があり、穏やかな側面を「和魂(にぎたま)」、荒々しい側面を「荒魂(あらたま)」と言います。
つまり、和魂は正宮へ、そして荒魂は多賀宮に祀られているということです。
(これじゃ分からんって言う方はWikiで調べてね。)

従って、別宮の中でもこの多賀宮は別格で、正宮と同時にできたそうです。
しかも、写真で分かる通り、新しく建て替えられているでしょ?
そう、昨年行われた式年遷宮によって、多賀宮も同時に新しくなったんです。

09

こちらは「神楽殿」。
御祈祷のお神楽を行う場所ですね。
あと、お札やお守りもここで売られています。
いや、「売られる」は間違った言い方です。
正しくは「初穂料」を奉納して、その代わりに授与していただく場所ですね。

決して面倒な、まわりくどい言い方等と言ってはいけませんよ(^_^;)

10

ここは外宮の勾玉池というところに咲く、花菖蒲。
5月下旬から6月中旬にかけて満開の花菖蒲を楽しむことができるのだそうです。

そして、ここにある施設が「せんぐう館」
昨年の式年遷宮を記念して、平成24年4月にオープンしたそうです。

31

20年に1度行われる神宮の「式年遷宮」を後世に伝えるための博物館。
伊勢神宮と式年遷宮を学ぶのに最適な施設なんですが、今回は時間が無く入館を断念。

地階の展示室にある外宮正殿の原寸大模型は必見なんだとか。

今度来るときは余裕を持って、是非体験させていただきます。

さて、外宮の紹介は以上でおしまい。
次回、いよいよ内宮へと向かいます。
お楽しみに。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2014年6月 | トップページ | 2014年8月 »