カテゴリー「答えはひとつじゃない!」の7件の記事

2011年8月20日 (土)

答えはひとつじゃない⑦ ~ この言葉のルーツを探る

7.この言葉のルーツを探る 

このシリーズの初回に、「答えはひとつじゃない!」がなんとなく私の頭に住みついたと書きました。
実は私自身がこれまで積み重ねてきた経験を振り返ったとき、やはり人生経験の大半を占める、自分の仕事と結びついているのだと感じています。

私は、学生時代までの22年間、長崎の田舎で育ったあと、大手ITメーカーに就職、以来これまでずっと営業マンとして生きてきました。

私が担当する顧客は入社以来ずっと変わっていません。
防衛省、その中でも特に陸上自衛隊です。
自衛隊と聞くとどういう印象を持つでしょうか。
戦闘機や護衛艦、戦車を乗り回し、侵略してくる敵と果敢に戦う、ちょっと怖いイメージでしょうか。
あるいは国内外を問わず、今回のような大規模震災や人道復興支援に貢献する献身的で勇敢なイメージを持つでしょうか。
特に今年はあの東日本大震災が発生し、自衛隊の災害派遣がクローズアップされていることもあり、こちらのイメージが強くなっているかもしれません。

それはともかく、陸上自衛隊の思考過程というのは一貫しています。
それは基本的な戦いに勝利するための思考方法です。
ビジネスの世界で「PDCA」という言葉があります。Plan,Do,Check,Actionです。
ビジネスを効率よく進めるための基本的な考え方ですよね。

陸上自衛隊にはこれに相当する言葉として、「IDA」という言葉があります。

「I」はInfomation(情報)、「D」はDecision(決心)、「A」はAction(行動)です。

敵の情報をいち早く掴み、彼我の戦力分析を行い、自らの行動方針を決め、部隊指揮官が決心し、敵に先んじて行動を開始する。
さらに行動の結果に基づいて新たな情報を取得、それに基づき行動計画の修正を行い、決心、行動、とこのサイクルを早く回すことで敵に勝利するのです。

ここでのポイントは、自分たちが知りえた情報を基に敵の行動を予測する際、いろんなパターンを予測しそれに応じた我の行動計画を立てることにあります。

この我の行動計画のことをOwn Course(オウン・コース)といいます。
そしていくつもの行動計画を立てる際には、この頭文字である「O」を取って、「O-1」、「O-2」、「O-3」などと区別します。さらに「O-1」にもバリエーションがある場合は「O-1-ア」、「O-1-イ」などと枝番をつけていきます。
指揮官はこれらの行動計画案の中から最も効果的で勝算の高い案を選択、決心し部隊に命令を与えるのです。

敵の行動予測に応じていくつもの作戦計画を立てる、これこそが「答えはひとつじゃない!」なのです。
敵の行動はひとつじゃない、それに基づく我の作戦もひとつじゃない、こういう陸上自衛隊の思考過程を通して、私の頭の中に「答えはひとつじゃない!」という言葉が住みついたのだと思うのです。

私の中では、この言葉はとても万能な言葉として存在しています。

困ったときや悩みそうになったとき、ちょっと立ち止まって考えて見るポーズとして。

意見が食い違ったとき、相手の意見に耳を傾けてみるきっかけとして。

自己中になりかけたとき、自分を戒めるためのカンフル剤として。

想定外の状況が自分のみに降りかかってきたとき、それも受け入れる根拠として。

時代の流れがめまぐるしく変化していく今の世の中において、私たちの将来を予測するのは非常に難しくなったと感じます。
また、世の中にモノや情報が溢れ、趣味や生活スタイルも多様化する中で、いろんな選択肢が増えています。
そんな時代において、周りの人と上手に付き合い、社会に順応し、かつ自分を見失わないためにはどうしたらよいでしょうか。

自分のライフスタイルを確立するということはとても大事なことだと思います。
いかなる誘惑にも負けない強い意志、信念を持ち続ける、これも有効だと思います。
一方で、様々な変化を受け入れながら、自分自身を進化させていくという考え方も大切だと思うのです。

これからの人生を楽しく生きるためのおまじない、「答えはひとつじゃない!」
皆さんも頭のどこか片隅に置いてみてはいかがでしょうか。

最後まで、私のくだらないエッセイを読んでいただきありがとうございました。
多少なりとも共感いただいた方、よかったらコメントお待ちしています。

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2011年6月 1日 (水)

「答えはひとつじゃない!」⑥~気遣いと気配り

6.「気遣い」と「気配り」について

人は集団の中で生きていくものだ、と以前書きました。私たちは孤独では生きていけないということですよね。
いろんな人と関わりながら生きていく以上、何でもかんでも自分勝手に進めるわけには行きません。
そこでは「気遣い」「気配り」といった、相手を思いやる気持ちが大切です。

ところで、「気遣い」と「気配り」はどのような違いがあるのでしょうか。
どちらも相手のことを思い、何らかの言葉をかけたり、行為を行ったりすることではあります。
辞書によってはこのふたつの言葉は同じ意味として扱われているものもあるようですが、私はこの2つの行為には決定的な違いがあると考えています。
ちょっと難しい言い方になるかもしれませんが、その行為の主体がどちらの主観に基づくものかということです。

まず、「気遣い」について考えて見ましょう。
旺文社国語辞典によると、気遣いとは、

①「気を遣うこと。心づかい。」

②「悪い事態になるのではないかという恐れ。心配。」

とあります。
相手のことが気になって、あれこれと思い悩む現象であると言えます。

例えば、誰かと会話している場面で、自分の言った言葉で相手が気を悪くするんじゃないかと思い言うのをためらうとか、自分にとっては興味のない話だけど相手を喜ばせるために面白そうな反応をしてあげるといったことはよくあるんじゃないでしょうか。

あるいは、喉が渇いてたまらなくて、自販機で冷たい水を買ったついでに、相手も喉が渇いているだろうからもう1本買って、「はい、どうぞ」と言って渡すのも相手に気を遣った行為ですよね。

でも、この場合、相手もきっと喉が渇いているだろうと自分が勝手に思ってしまっているだけで、実際相手が本当に喉が渇いているのかどうかはまだ判りません。
こうやって考えると、「気を遣う」行為のきっかけは、相手のことが気になる、気になってしょうがないという思いであり、あくまでも自分自身の主観に基づく行為なのです。

また、気遣いの対象は親戚だったり友達だったり、どちらかというとすでに面識がありある程度親密な相手に対して遣うことが多いのではないでしょうか。
赤の他人だったり、ほとんど面識のない相手に対して気を遣うというのは難しいのではないでしょうか。
それはある程度相手のことがわかる、相手の考えていることが予測できているという前提に立っているからなのです。
ただし、それはあくまでも自分がそう思っている、もっと言うと思い込んでいる状態であって、本当に相手が自分の思っている通りかどうかは、その行為をやってみなければわからないのです。

面識のあまりない相手のことを気遣って、余計なお世話だって言われた経験のある方もいるのではないでしょうか。

自分が思っている通りであれば、きっと感謝されるでしょう。
しかし、もし違っていれば相手は感謝するどころか、場合によっては逆効果だったりすることさえあるのです。

一方、「気配り」というのはどういう行為なのでしょうか。
同じ国語辞典で調べると、

「行き届くように、いろいろと心遣いすること。配慮」

とあります。

なんとなく同じ様な意味にも取れますが、微妙に違うようにもとれます。
私が着目するのは上の文章中の、「いろいろと」の部分です。
気を配る状態とは、相手のことを思い、相手が思い悩んでいることを察していろいろと配慮する現象であると言えます。

例えば、先程の飲み物の例で言うとこういうことです。

喉が渇いてたまらなくて、冷たい水を飲みたいと思います。
その時、きっと相手も喉が渇いているんじゃないかなと考え、

「喉渇いてない?そこの自販機で水買ってこようと思うんだけど、よかったらついでに何か冷たい飲み物を買ってこようか。」

と言って、まず相手の気持ちを確かめます。さらに、

「水にする?それとも麦茶とかの方がいい?」

と、相手が望むものを聞いてから買ってきます。

ここまでいくと、かなりのものですが、
つまりこの行為が相手に対する配慮であり、「気配り」なのです。

この時、気を配るのは確かに自分が相手に対して行うものなのですが、気を配る内容がどちらの主観に基づくものかというと、こちらの場合はあくまでも相手にあります。

あと、気配りというのはある特定の人に対して行う場合と、自分の周りにいる複数の人たちに対して行う場合があるのではないでしょうか。

一流ホテルのコンシェルジェは、様々なことへの配慮が行き届いていると思います。
いろいろなお客様がいろいろな希望・要望や不平・不満を持っています。
そういう様々な場面を事前に察知して、やさしく声掛けし、相手の考えていることを聞き出し、すばやく解決する。
いわゆる気配りのプロですよね。

こうやって考えると、気遣いと気配りの違いのポイントは「会話」のような気がします。
すなわち、自分が相手のことを思ってから行動するまでの間に、「会話=コミュニケーション」によって相手の意思の確認が行われるのが気配り、「会話」が行われないのが気遣いなのです。

相手に対して「気を遣う」ことも大事だと思いますが、「気を配る」ことのほうが遥かに大切なんじゃないでしょうか。

では、どうやったら気遣いを気配りに変えることができるのでしょうか。

ここで、「答えはひとつじゃない!」の登場です。

私流に言わせてもらうと、「気遣い」の内容は「答えがひとつ」に近いということとほぼ同じです。
一方、気配りとは、相手が思っていることは必ずしも自分と同じとは限らない、「答えはひとつじゃない」から相手の気持ちを確かめてから判断する、判断するためには相手に聞いてみないとわからない、だから会話によって確かめるということになります。

つまり、「気配り」は、「気遣い」に会話をプラスすることで成り立つのです。
簡単な足し算じゃないですか。

コンシェルジェになれ、とは言わないまでも、気配り上手にはなりたいものです。

そのためには「答えはひとつじゃない!」を頭の片隅に置いておくことをお勧めします。

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2011年4月 1日 (金)

「答えはひとつじゃない!」⑤ ~ 「反省」と「後悔」

5.「反省」と「後悔」について

私は「答えはひとつじゃない!」とともに、以前から自分に言い聞かせているもうひとつの言葉があります。
それは、

「反省はしても後悔はするな!」

です。

先日とある書店で、将棋の羽生名人が書いた本「大局観-自分と戦って負けない心」をチラ読みしていたんですが、その本の冒頭に出てきた言葉がまさしく、「反省はするが、後悔はしない」でした。

実際に買って読んだわけではないので(ゴメンナサイ)、真意は私が考えるところと同じかどうかわかりませんが、通じるところはきっと同じだと思っています。

私の場合、この言葉「反省はしても後悔はするな!」は、「答えはひとつじゃない!」と深い関わりを持っています
今回はそのあたりを深堀りしてみたいと思います。

まず、反省と後悔の違いについて考えてみます。
「後悔」という言葉を辞書で引くと、次のようにありました。

「あとになって以前の自分の言動を悔やむこと。」

一方、「反省」という言葉を同様に引くと、次の通りです。

「自分の過去の言動をかえりみて、考えること。」

(以上、旺文社国語辞典より)

どちらも、多くのケースにおいて、過去に行った自分の言動や判断が失敗してしまった場合、あるいは思うような結果が出なかった場合にとる行動だと言えます。
後悔と反省は一見違う行動のように見えますが、実は時系列に考えたとき、これらの行動はプロセスの差であるということができるのです。

ミスや失敗を犯してしまったとき、「あ~あ」とか「しまった」などと思うはずです。
そして、

「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」

あるいは、

「あの時こちらを選択しなきゃよかった」

と悔やむのではないでしょうか。

これが「後悔」ですよね。
私は後悔はやってはいけないことだとは思っていません。
なぜなら失敗してしまったとき必ず通る道なのですから。

実はここからが大切なのです。
このとき、ここで思考が停止してしまうと、「後悔」で終わってしまいます。

この後に、

「こんなことをしないためにはどうすればよかったんだろう」

あるいは、

「別の選択をしていたらどうなっていたんだろう」

と考えることが重要なんです。

つまり、「後悔」は「反省」への通過点なのです。

「後悔」はマイナス志向のままこの先も引きずっていくことになります。
でも、「反省」はマイナス志向からプラス志向に転じることができるのです。

そして、「後悔」から「反省」へとステップアップするためのキーワードが、

「答えはひとつじゃない」

なのです。

いったいどういうことなのでしょう。

まず、答えはひとつしかないという前提で考えてみます。

考えを実行に移す際、唯一の答え(=方法)に基づいて行われます。
うまくいけばそれでOK。
でも失敗してしまった場合、その答えは正しいはずなのにうまく行かなかったという結果だけが残り、そのことに囚われてしまいます。

そして他の解決策が考えられないために、思考がそこでストップしてしまいます。
すなわち、後悔で終わってしまうのです。

一方、答えはひとつじゃないという前提ではどうでしょう。

あらかじめ複数の解決策を用意しておいた場合は、ひとつの手段で失敗しても他の手段で再チャレンジすることができるかもしれません。
とても取り返しのつかないような結果になったとしても、なぜ失敗したのか、失敗しないためにはどうすればよかったのかと考えることで経験となり、次への教訓として生かすことができます。

また、あらかじめ複数の解決策を用意していなかったとしても、失敗という結果に囚われず、他の手段はないかどうかもう一度考え直す、あるいは、二度と同じ失敗を繰り返さないためにはどうしたらよいか考えることができます。

すなわち、後悔から反省へと進むことができるのです。

我々の社会を構成する人間は人それぞれであり、それゆえ物事に失敗はつきものです。
そして、人は成功や失敗を繰り返すことで成長していくものです。
失敗を後悔で終わらせるのではなく、反省へと進めることが大切だと考えます。

「反省はしても後悔はするな!」

この言葉が、最後まで読んでくれた方々のお役に立てれば幸いです。

※「答えはひとつじゃない!」⑥ ~ 「気遣い」と「気配り」はこちらから
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2011年3月 1日 (火)

「答えはひとつじゃない!」④ ~ リーダーシップについて

4.リーダーシップのための「答えはひとつじゃない!」

私たちは組織や集団の中で生活しています。
組織や集団にはほぼ必ずリーダーという存在がいますよね。

会社では与えられた職務を部、課あるいはチームという組織の形で遂行していきます。
そこには部長、課長あるいはチームマネージャーといったリーダーが存在します。

学校ではクラスという組織で構成されます。
クラスには委員長というリーダーがいて、何かを決めたりする際には議長をやったり、クラスの意見をまとめるために多数決をとったりという役を引き受けます。
またクラブ活動ではキャプテンや部長といったリーダーがいます。
スポーツを例に取ると、キャプテンはチームを勝利に導くためメンバーの個性に応じて役割や配置を決めたり、みんなの意思をひとつにまとめ結束力を高めることを行います。

このようにリーダーというのは組織を運営していく上で必要な存在であり、リーダーの資質や行動力によってその組織は機能したり低迷したりという結果につながるのです。
つまり組織にとってリーダーシップというのはとても大切な要件なのです。

では、理想的なリーダーシップとは何か、リーダーシップのための条件とはどのようなものなのでしょうか。
カリスマ性があるか、包容力があるか、判断力があるか、頼りがいがあるか等、いろいろな条件が考えられます。
私はこれらの条件の中にある共通的な要素があるんじゃないかと考えます。
それはメンバーを信じ、それぞれのメンバーの持っている能力を最大限に発揮させる能力であり、それによってチーム力を最大限に発揮できると考えるのです。

メンバーそれぞれの持つ力は様々です。
メンバーの個性や能力を把握し、ひとつにまとめるためにはメンバーとの信頼関係を構築する必要があります。
そのときに必要なのが「答えはひとつじゃない!」という考え方です。

メンバーの考えは自分の考えと違うこともあるでしょう。
そのためには彼らの意見や答えを否定せず、一旦は受け入れることが重要です。
彼らの意見を聞かず、自分の意見を押し通してチームを引っ張ろうとしてもそう簡単に動くものではありません。
メンバーの意見を聞くことで相手との信頼醸成にもつながります。
みんなの意見をひとつにまとめ、全員の合意のもとでチームが動けばとてつもない力を発揮することができるでしょう。
一見遠回りに思えるかもしれませんが、リーダーに不可欠な考え方として「答えはひとつじゃない」があるのではないでしょうか。

「俺の言うことは間違いない。俺についてくれば必ず成功する。俺についてこい」
と言うのも、リーダーシップとしては決して間違いではないし、有効なひとつの手段だと思います。
メンバーがリーダーを信頼し、チームがひとつになれば士気も上がるし、効率も上がるでしょう。
しかし、長い目で見たときに、そのやり方が必ずしも正しいかどうかは疑問です。
うまくいっているときにはそれでもよいでしょうが、何かにつまずいたとき、あるいは期待通りの結果が出せなかったとき、メンバーからの信頼に翳りが生じるかもしれません。
もしくはリーダー自身が自信喪失に陥るかもしれません。
そうなるとチームを立て直すのには多大な労力と時間を費やすことになります。

一方、メンバー全員の合意のもとに進めば、様々な状況に対する耐性が増すため、結束力は簡単には崩れません。
それまでに検討してきた他のケースに変更してもよいし、あるいはまた新たな合意形成のもとで進めばよいのです。
リーダーは合意形成を行うためのファシリテーター(進行役、まとめ役)であり、最終意思決定者であるべきです。
そのための努力を惜しまない、かつメンバーひとりひとりを信じる、そういう人物が求められているのではないでしょうか。
そういうリーダーシップに必要な資質、思考の原点に「答えはひとつじゃない」が有効だと思うのです。

人間は集団の中で生きていく動物です。
リーダーシップは会社や学校だけで求められるものではありません。
自分自身にとっても、周りの人たちにとっても望ましい結果、すなわち自分が属する組織や集団がよりよい成長を遂げるために、この言葉を送りたいと思います。

※続き:答えはひとつじゃない!⑤はこちらから。

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2011年2月 1日 (火)

「答えはひとつじゃない!」③ ~ 相手を好きになる、好かれるために

3.誰でも好きになれる「答えはひとつじゃない!」

「答えはひとつじゃない」は相手を嫌いにならない、相手からも嫌われにくいというメリットをもたらしてくれます。

相手を好きになるとはどういう状態なのでしょう。
それは、相手を嫌いになるという状態の裏返しでもあります。

では相手を嫌いになるきっかけや原因にはどういうものが考えられるでしょうか。
「意見が合わない」、「性格が合わない」、「趣味が合わない」といった状態が考えられます。
また「その態度が気に入らない」とか「その癖が気になる」といったことがきっかけとなるケースもあるでしょう。
そしてそういった状態が原因となって自分の価値観と相手の価値観に不一致が生じ、その不一致がある尺度を超えたとき「嫌い」という感情が芽生えてくると考えられます。

逆に好きになるきっかけについては今の逆を考えることで見えてきます。
すなわち自分の価値観と相手の価値観が一致し、ある基準を超えたとき、好意という感情に結びつくのです。

さて、「答えはひとつじゃない!」という考え方をとると、どういうことになるのでしょう。
自分が思っていること、自分の性格、自分の趣味というのはあくまでも自分固有のものであり、他の人とは当然違うものであるという前提に立って、相手と接することになります。
たとえ相手と意見が食い違っても、あるいは趣味が合わなくても、意見が合わないのは当たり前、趣味が違うのは当たり前という意識を持って相手と接することができるため、価値観が違ったとしてもそれは当然であり不一致からくる不快感には結びつかないのです。
つまり相手を嫌いになることはまずないといってもよいでしょう。

相手にとっても、自分の趣味や性格が違っていてもある程度受け入れてくれるという気持ちになりますから、こちらを嫌いになるという感情が芽生えにくいのです。
つまり、相手からも嫌われにくいという訳です。

私は基本的に嫌いな人はいない、と思っています(のつもりです。。。)。
本当にいないのかと聞かれるとちょっと考えるところもありますが、過去はともかく、現在においては嫌いな人はいないと思っています。

誰しも相手からは好かれたい、嫌われたくないという思いを持っているのではないでしょうか。
相手から好かれたい、嫌われたくないと思うのなら、まず自分から好きになること、嫌いにならないことが大切です。
相手の方だって、こちらが相手のことを好きなのか嫌いなのかは、なんとなく雰囲気で感じ取るものですよね。
そのためには、相手と接するとき、頭の片隅に「答えはひとつじゃない」という言葉を置いておくことをお勧めします。
誰からも好かれる、少なくとも誰でも好きになれるそんなきっかけを作ってくれるおまじないとして使えると思うのです。

答えはひとつじゃない!~人生を楽しく生きるおまじない④はこちらから

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2011年1月 5日 (水)

「答えはひとつじゃない!」② ~ 聞き上手になるために

2.聞き上手になれる「答えはひとつじゃない!」

「答えはひとつじゃない!」は、聞き上手になれるおまじないでもあります。

誰かと会話をするとき、あるいは数人で会議をやっているとき、会話の中で何かを決めなくてはならない場面を考えてみてください。
その問題や課題に対し、それぞれのメンバーはそれぞれの意見を持っているはずです。
そして、ほとんどの人は自分の意見がもっとも正しいと思っているはずです。
なぜなら自分の意見を正しいと思わないと、他のメンバーに話す価値が無いと考えるからです。

このときもし「正解はひとつしかない」という前提で会議を進めたらどうなるでしょう。
当然自分の意見が正しいと思っている訳ですから、お互いの意見の主張だけで相手の意見など耳を貸さない事態が想像できます。
会議らしい会議ではなくなり、意見はまとまらず、無駄な時間だけが過ぎていく会議になってしまうでしょう。
あるいは、全体が険悪なムードになり、部屋を出て行ってしまうメンバーが出るかもしれません。

では「答えはひとつじゃない」という前提で会議を進めるとどうなるでしょう。
自分の意見はもっとも最適な答えだと思っていても、もしかすると他にも答えがあるかも知れないと思うはずです。
自分の意見に落ち度は無いか、前提条件が変わると答えも変わるんじゃないかといった前提で会議に臨むことになります。
すると他のメンバーの意見も聞いてみようという気持ちになり、さらに他のメンバーの意見と自分の意見を比較してみようということになります。
自分の意見をみんなに伝え、そして他のメンバーの意見もしっかり聞くことで、その課題に対する答えは全員の合意のもとに決められることになります。
会議で決められた答えが実行され、たとえ期待通りの成果が出なかったとしても、全員の合意の結果なのでそれは攻められるものではなく、逆に反省材料とすることで次の目標や課題に対する経験、知識ベースとなるのです。

このように「答えはひとつじゃない」は聞き上手になれることはもちろん、現代人に多いといわれる「自己中」にならない薬でもあると思うのです。

僕は基本的に他人の話は最後まで聞こう、話し上手よりも聞き上手になりたいと考えています。
その根底にあるのは「答えはひとつじゃない」なのです。
こちらにとっても相手が話を最後まで聞いてくれると気持ちいいものですよね。

ただし、まだまだ僕も未熟者なので、ひとつだけどうしても許せないものがあります。
それは、人の話を最後まで聞かず、話の腰を折って突然反対意見を言い始める人です。こちらはまだ最後まで話しをしていないし、最後まで話しを聞かないと本当に言いたかったのは何か、決して伝わらないと思うのです。
なのに途中で話を遮るというのは相手の話の言いたいことを勝手に判断してしまうということですよね。
こういう人はいつまでたっても聞き上手にはなれません。

人の話は最後まで聞く、大人としての最低のマナーだと思いません?

続き:「『答えはひとつじゃない』~人生を楽しく生きるおまじない③」 はこちらから。

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2011年1月 1日 (土)

「答えはひとつじゃない!」① ~ 人生楽しく生きるためのおまじない

「答えはひとつじゃない!」

このブログのタイトルにもなっているこの言葉は、僕の座右の銘です。
座右の銘というと、偉人の名言、格言が多いと思いますが、この言葉、何の変哲もない普通の言葉です。
いつの頃からかこの言葉が頭の中に住みついてしまい、人生観、生き方の原点みたいな言葉になりました。そしていつしか座右の銘になったという訳です。
「答えはひとつじゃない」とは。この言葉にどんな意味があるのか。その辺りを語ってみたいと思います。

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