カテゴリー「雑学」の9件の記事

2010年4月24日 (土)

カップルシート by TJライナー

先日、東武東上線に乗った時のことです。

東武東上線には仕事の都合で時々利用します。

この日は、以前お伝えした第1師団の記念行事の日でした。

式典が終わり、東武練馬駅で普通の電車に乗ったんですが、なんとなくいつもの電車の雰囲気と違うんです。

Tj01

何が違うんだろうと思いつつ見ていると、そう、
横長のシートなのに、2人掛けになっているんです。

しかも背もたれもとひじ掛けもあって、これってまるで、

「カップル専用列車」

みたいじゃないですか。死語を使って言い直すと、

「アベック専用列車」 (プッ)

です。って、この言い直しは全然必要ありませんでした。

で、あらためて正面から見るとこうなります。

Tj02

こんなシート、もし若い女性が座っていて、でもって隣が空いてたとしても、ちょっと座るのに勇気が必要だよなぁ。

って、考えすぎなのかなぁ。

ところで、どうしてこんなシートになってるんだろう。

と思い、東武鉄道のサイトに行って調べてみました。
で、わかったこと。

実はこのシートは、「マルチシート」と呼ばれるもので、東武鉄道の最新型車両、

「TJライナー」

で採用されているものなのでした。

以下、東武鉄道の紹介文をそのまま引用します。

「『TJライナー』は、平成20年6月14日の東武東上線のダイヤ改正に合わせて運転開始された座席定員制列車の愛称です。夕方以降の時間帯に池袋発の下り 列車として停車駅を限定して運行しており、着席整理券をご購入いただくことにより、池袋からの通勤・通学やお買い物の帰りに、ゆったり着席してお帰りいた だくことができます。

この座席定員制列車「TJライナー」の運転に合わせて、必要な設備を備えた新たな車両として、「50090型」が登場いたしました。この車両は、従来から のコンセプトである「人と環境にやさしい次世代型通勤車両」を踏襲し、更なる快適性の向上も図っています。

主な特徴としては、客室用腰掛けにクロス状態とロング状態に変換可能なマルチシートを当社で初めて採用しました。朝ラッシュ時や昼間時にはロングシートで 運行されていますが、「TJライナー」として運転する時にはロングシートからクロスシートに変わります。

また、アルミ合金のダブルスキン車体とあいまって、スクリュー型パッケージコンプレッサーの採用により、低騒音化の向上を図っています。」

 (出典サイト:東武鉄道「TJライナーご紹介」

上の文章の太字の部分が、マルチシートに関する部分です。

で、先程の写真をもう一度見てみましょう。

Tj02_2

座席の下にある、箱の中央にペダルのようなものが収納されています。

おそらくこれを引き出すと、座席が前にせり出し、90°回転する構造になっているんじゃないかと思います。

カップルシート、じゃなくてマルチシートが採用されたTJライナーの車両とは、多目的に使用できる最新型車両だったんですね。
なかなか素晴らしいじゃないですか。東武鉄道さん。

でも、やっぱりこのシートに見知らぬ女性と並んで座るのには抵抗あるよなぁ。
(かなりしつこくてすみません。。。)

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2008年12月26日 (金)

高速軌道試験車「マヤ」

ちょっと前のことになりますが、

JR九州「鳥栖駅」のホームで電車待ちをしていた時のこと、

前方からちょっと変わった車両が入線してきました。

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最初は寝台列車かな、なんて眺めていたんですが、
よく見るとDE-10型ディーゼル機関車に連結されたブルーの車両がたった1両のみなんです。

ちょっと不思議に思い、青い車両に近づいてみると、青い車体に白い文字で

「高速軌道試験車」

「マヤ34-2009」

と書いてあります。

02_2

僕は鉄道のことにはそれほど詳しくないのですが、とても気になったのでネットで調べてみました。

この試験車、鉄道ファンの間では「マヤ」とか「マヤ検」と呼ばれている軌道検測のための車両です。
つまりレールの歪みとかを測定するものです。

レールは使い続けると狂いが生じてきます。
狂いが生じるとまずは乗り心地が悪くなり、最悪の場合脱線事故にもつながるため、定期的な検査、保守作業を行う必要があります。

かつては保線員と呼ばれる職員による地道な作業によって行われていましたが、1959年に初登場したこの客車型高速軌道試験車により、軌道検測作業の大幅な効率化が図れたそうです。

通常列車が走る速度で走行しながら各種測定ができるというもので、「高速」と付いているのはおそらくそれまでの地道な作業に比べて格段に早くできるようになったことから付けられたのだと思います。

この「マヤ」、1959年から1981年まで全部で10両製造されたそうです。
今回撮影した「マヤ34-2009」はそのうちJR九州に配属されたもので、九州ではこの1両しかありません

このように当時としては画期的な車両だったのですが、今では老朽化が進み、新型の検査車両が開発されてきたこともあって、現在では全国でもJR北海道、JR東日本そしてこのJR九州にそれぞれ1台ずつ、計3両しか残っていないそうです。

後継の検測車のうち最新のものでは、JR西日本が一昨年導入したキヤ141系気動車というものがあります。
マヤはもともと客車を改造して作られていたため、別途牽引機関車と連結して使用する必要があったのに対し、通称「ドクターWest」と呼ばれるこの車両はディーゼルエンジンを搭載しており、電化路線、非電化路線両方に対応できる能力を持っているそうです。

現存しているマヤたちも退役のときが近づいているのかも知れませんね。

ところでマヤの内部はどうなっているんでしょうね。

ざっと調べた限りでは、測定器類が納められた部屋の他に寝室があるそうです。
これは徹夜で作業する際の仮眠室として用意されたようです。
ブルトレのB寝台みたいな作りになっているんでしょうか。
それとも、ひょっとしてA寝台???

とにかく、窓にはカーテンのようなもので遮られていたため、中を覗くことはできませんでした。
ちょっと気になりますよね。

あと、ネットで調べてたら、鉄道模型のNゲージに「マヤ34」がしっかりラインナップされていました。
やはり鉄道オタク、いや鉄道ファンにはこういったモデルも必要なんでしょうね。

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僕らが快適に鉄道の旅ができるのも、こういう裏方的な車両たちの活躍に支えられているんですね。

ありがとう、そしてお疲れ様、「マヤ」。

(勝手に全退役させるな!!)

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2008年6月14日 (土)

じゃがピリカ 2008

今回旭川出張で買ったお土産の話。

帰りの旭川空港でお土産を買おうと思い、いくつかのお土産屋さんを覗いていたところ、じゃがポックルのようなお菓子を発見!!

箱の形、大きさは同じなんだけど、箱のデザインがちょっと違う。

カルビーのお菓子なんだけど、よく見ると「じゃがピリカ」って書いてある。

じゃがポックルの弟分登場か?
それともじゃがポックルの後継商品か?

いずれにしても初めて見る商品。
これは絶対買っておかねばと思い、即購入。

家に帰ってさっそくオープン。
袋を開け、皿に移す。
なんかいろんな色のコロコロした物体が出てきた。

Photo

よくみると、3種類のポテトあられが入っている。
食感、味もじゃがポックルとよく似た感じ。
これも結構ハマるかも...

この商品の実態を探ろうと、カルビーのサイトへ行き商品検索を試みるが、検索しても出てこない。
う~ん、確かにカルビーの商品なのになぜ商品として出てこないんだろう。

実はこれ、かつて2005年に北海道でテスト販売されていた商品なのだ。
じゃがポックルの姉妹品ということで、北海道限定、期間限定で売られていたらしい。
今回も期間限定のようで、正式商品化するかどうかは不明。
だからカルビーのHPにも出ていないのか。

3種類の正体はイモの種類だそうで、その中でも
赤色っぽいのは、「ノーザンルビー」という品種、
紫色っぽいのは、「キタムラサキ」という品種。

なんと、2005年のときとイモの種類が変わっている。
2005年のテスト販売のときに使用されていたイモは、
「インカレッド」と「インカパープル」という品種だと説明してあったらしい。

ということは、今回はイモの品種を変えてテスト販売しているということか?
イモの品種ってそんなにたくさんあるの?
品種が変わるとどう変わるの?

よし、さっそく調査開始だ。
参考となるサイトを早速発見。
その名も「北海道農業研究センター」。
http://cryo.naro.affrc.go.jp/kankobutu/breed19/index.html

この「育成品種一覧」のリストに、上にあげた4品種も入っている。
ということは、この4種類のじゃがいもはすべてこの北海道農業研究センターで生まれた品種ということだ。
ちなみに、「インカレッド」「インカパープル」は2002年生まれ、
「キタムラサキ」は2003年生まれ、
「ノーザンルビー」は2006年生まれ。
つまり、2005年のテスト販売の段階ではノーザンルビーはこの世に存在していなかったことになる。

新しい品種は色の安定性や育てやすさなど、いろいろと改良が加えられているようだ。
(詳しくは上記サイトで確認してくれ)

じゃがいもひとつとっても、こんなに奥が深いとは。
ちなみにここで開発されたじゃがいもはなんと20種類もあるそうだ。
おそるべし、北海道農業研究センター。

いずれにしても、「じゃがピリカ」、いつまで販売するのかは謎なので、見つけ次第即ゲットすべきだゾ。

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2008年5月 6日 (火)

鹿島神宮 ~ 豆知識編

先日鹿島神宮へ行ってきました。

前回報告した訪問編に続き、今回は豆知識編をお送りします。

鹿島神宮に祭られている神様は「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」です。

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前回の香取神宮のときにも触れましたが、日本書紀に出てくる国譲りの話によると香取の神である「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」の副神として日本の国を平定したのだそうです。

参考 : http://hirohi.cocolog-nifty.com/hirohi1/2008/03/post_2b99.html

ところで、日本書紀と古事記ではこの「国譲り」の話が一部違っているのをご存知でしょうか?
日本書紀では武甕槌大神は経津主大神の副神として出雲の国に降りていきますが、古事記では経津主大神は出てきません。
古事記においては武甕槌大神がこの話の主役であり、天鳥船神(あめのとりふね)を従えて出雲の国に降りていき、大国主命(おおくにぬしのみこと)を説得し、葦原中つ国(地上の国=日本)を平定するのです。

日本書紀と違い、古事記の方では武甕槌大神は主役級の扱いですよね。
まあ、神話なのでそもそもどちらが正しいか論じてもしょうがない気もしますが、同じお話なのに登場人物が違うというのも興味深い話です。
どうしてこうなったのか知っている方いらっしゃったら教えてください。

こういうことから、ここの御利益についても香取神宮と似たようなものとなります。
すなわち、必勝成就、旅行安全、五穀豊穣、殖産、安産、事業の創造、新規開拓、開運等様々な御利益があるそうです。

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    ↑鹿島神宮本殿とご神木

鹿島神宮がいつできたかについても、香取神宮と同様定かではありませんが、社伝によると紀元前660年だそうです。
香取神宮が紀元前643年なので、それより17年前ということになります。
かなり眉唾ものですが、関東では最も古い神社ということになるらしいです。

もっともその頃の日本は弥生時代なので、少なくともこんな立派なお社は無い筈ですが...

鹿島神宮の年間行事も約90あるそうなんですが、最も大きなお祭りは12年に1度行われる「式年大祭御船祭」だそうです。
正式には「式年神幸祭」と言うのですが、これって香取神宮で行われるのと同じじゃないですか?
行われる年は午の年ということなので、次回は6年後の平成26年ということになるんですが、これも香取神宮と同じじゃないですか。

それもそのはず、前回は書きませんでしたが、このお祭りは鹿島の神と香取の神が12年に一度会うというイベントなのです。

ただ、ひとつだけ納得いかないのがそれぞれのお祭りが行われる日程。
平成14年の例で言うと、香取神宮が4月15日、16日の2日間だったのに対し、鹿島神宮は9月1日と2日の2日間だったのです。

お互い全く違う日にやっても意味ないじゃん。
わざわざ舟にまで乗って霞ヶ浦(北浦)の沖合で出会うはずなのに、5ヵ月も日程が違うなんてかなりボケボケじゃないの?

っていうか、誰もこのことに関して疑問を持たないのでしょうか?

さて、次回の報告では霊験あらたかな鹿島の森を散策、レポートしてみたいと思います。
お楽しみに。

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2008年3月30日 (日)

香取神宮 ~ 豆知識編

今回は、香取神宮についての豆知識について。

香取神宮に祀られている神様は、「経津主大神(ふつぬしのおおかみ)」という神様です。

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日本書紀によると、この神様は「国譲り」の話の中に出てくる神様です。
どんな話かというと...

はるか昔、天照大神(あまてらすおおかみ)が葦原中国(あしはらなかつくに:地上=日本のこと)を治めようとしましたが、地上では荒ぶる神々が争いをやめず非常に乱れていました。

そこで天照大神は八百万神を集め話し合いを行い、葦原中国の国造りを行った出雲国の大国主神(おおくにぬしのかみ)から地上の国を譲ってもらうため、まず天穂日命(あめのほひのみこと)、つづいて天稚彦(あめのわかひこ)を派遣しますが、いずれも大国主神に従ってしまい、失敗してしまいます。

事態を重くみた八百万神はもう一度慎重に話し合いを重ねた結果、経津主大神が最もふさわしいという結論に達しました。
そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ・鹿島神宮の御祭神)が申し出で来たので、 二神で出雲に派遣されることになりました。

経津主大神は武甕槌大神と共に出雲国に降臨し、十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さに突き立て、国を譲るよう説得します。
結局、大国主神は大御神の命令に全く異議はありませんということで、二神に平国の広矛(くにむけのひろほこ)を差し出し、二神は日本の国を平定することができたとのことです。

その後、二神は国内を巡行し、荒ぶる地上の神々を平定して日本建国の基礎を築いたという、建国の大功神なのだそうです。

そういう神様を祀る香取神宮の御利益は、勝運、開運はもちろん家内安全、産業(農業・商工業)指導、海上守護、心願成就、縁結、安産、交通安全、災難除け等非常に多岐にわたります。

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香取神宮の創建は定かではありませんが、言い伝えによると紀元前643年だそうです。
経津主大神は「香取大神」とも呼ばれたりするんですが、こういう古い歴史を持つことに由来するのでしょう。

今でこそ「神宮」と名のつく神社はたくさんありますが、平安時代から江戸時代までは「伊勢神宮」、「鹿島神宮」とこの「香取神宮」の3社のみだったそうです。
この3社をして「三大神宮」と呼ぶこともあります。
伊勢神宮は別格としても、香取神宮は由緒正しき神宮と言えるのではないでしょうか。

香取神宮では年間を通じて様々な祭事が行われていますが、特に大きな祭りは12年に1度行われる「式年神幸祭(しきねんじんこうさい)」でしょう。
毎年4月15日には神幸祭が行われるのですが、12年に1度の4月15日と16日の2日間にわたって行われる行事はかなり大がかりなものらしいです。
約3000人以上に上る人々が昔の装束をまとい、長蛇の行列が香取神宮を出発、佐原の街を練り歩き、船に乗り利根川を渡る。
佐原駅の近くで一夜を明かしたのち、2日目は佐原の諏訪神社、八坂神社を経由して香取神宮に戻ってくるというものらしいです。

前回は2002年に行われたそうなので、次の式年神幸祭は2014年4月、つまり6年後ということになります。
かなり先の話ではありますが、次回のお祭りは是非見に行きたいと思いました。

香取神宮HP : http://www.katori-jingu.or.jp/

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2008年3月15日 (土)

「由布院」と「湯布院」

今回、大分県由布市に出張したわけですが、行く前から気になっていたことがありました。

それは、「由布院」と「湯布院」。

温泉名は正式には「由布院温泉」。
でも「湯布院温泉」の表記も見かける。

JRの駅名は「由布院駅」。

高速道路は「湯布院IC」。

役所は「由布市役所湯布院庁舎」。

小学校は「由布院小学校」なのに、
中学校は「湯布院中学校」。

美術館は「由布院美術館」。

そして自衛隊は「陸上自衛隊湯布院駐屯地」。

どちらも「ゆふいん」には違いないんですが、漢字表記の使われ方にどうも一貫性がない。

なぜ、2つの「ゆふいん」が存在するのだろうと思い、いろいろ調べていくと、どうも現在の由布市になるまでの市町村合併の歴史を紐解いていくことで理由が見えてくることがわかりました。

まず、今の由布市が施行されたのは2005年(平成17年)10月1日。
いわゆる平成の大合併により、大分郡のうち湯布院町、挾間町、庄内町の3つの町が合併して誕生しました。
つまり、今の由布院温泉がある地域はそれまでは「湯布院町」だったということになります。

さらに遡ること50年。
1955年(昭和30年)2月1日、当時の由布院町と湯平村が合併して「湯布院町」が発足。
ということは、それまでは今の由布院温泉がある地域は「由布院町」だったということになります。

1936年(昭和11年)4月1日に北由布村と南由布村が合併して由布院村が誕生しているので、「由布院」という地名はこの年から始まったことになります。

さて、最初に並べたいろんな名前の漢字表記についてですが、
それぞれが誕生した時代の地名がどちらだったかによって決められたのではないかという仮説を立てることができます。

さっそく調べてみましょう。

僕が調べている間、狭霧台から見た湯布院の風景をお楽しみください。

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さて、まずは由布院駅。
もともとは「北由布駅」だったのですが、1950年(昭和25年)1月1日に現在の由布院駅に改称。
なので、由布院駅の名称がつけられた時は「由布院町」。

次に湯布院IC。
湯布院ICが誕生したのは、1989年(平成元年)7月20日に大分自動車道湯布院IC~別府IC開通により誕生。
なので、湯布院ICが誕生した時は「湯布院町」。

次に、由布院小学校と湯布院中学校。
ネットではいつ設立されたか探し当てることができませんでしたが、どちらも昭和30年代に卒業した人たちの同窓会が存在することから、
どちらも誕生時は、おそらく「由布院町」か「由布院村」。

中学校が仮説と合いませんが、貴重なコメントを発見。

「昔、由布院町と湯平村が合併して湯布院町となりました。それから町内に1つしかないものは湯(例えば中学校は1校なので、湯布院中学校)、2つ以上あるものは昔のままの由を使っています(小学校は3校あるので由布院小学校)。」

参考URL : http://www.windsnet.ne.jp/staff_room/44.html

つまり、昭和30年湯布院町が施行されたのに伴い、由布院中学校から湯布院中学校へ改称されたらしいのです。

次に由布院美術館。
この美術館は湯布院で亡くなった放浪の詩人画家、佐藤 渓という人物の作品を展示することを目的に、1991年(平成3年)7月に建てられました。
なので、由布院美術館がたてられた時は「湯布院町」。あれ?

こちらの場合、いくつかの情報を総合すると、1つは公共施設ではないため特に時代の自治体名称に縛られる必要がなかったこと、そして、由布岳、由布院温泉という自然や歴史の重みを感じさせるのは「湯布院」ではなく「由布院」であったことから、「由布院」の表記を採用したと思われます。
(違っていたらゴメンナサイ)

最後に陸上自衛隊湯布院駐屯地。
こちらは、昭和31年1月に駐屯地が開設されました。
なので、湯布院駐屯地が開設された時は「湯布院町」。
もし、駐屯地開設があと1年早かったら、由布院駐屯地になっていたのかも知れませんね。

ということで、一部私立の施設を除き、最初に立てた仮説がほぼ成り立つことが証明されました。

ん~、すっきり!!

~~~自己満足の世界に陶酔中~~~。

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2008年2月 8日 (金)

全国都市一覧

ここ2、3年、自分のスケジュール管理は、ある会社から頂いたダイアリーを使用しています。
その手帳は付録が充実していて、度量衡、郵便料金表、路線図といった定番のものの他に、世界地図なんかも載っているんですが、中でも個人的に気に入っているのが全国の主要都市一覧です。

各都道府県に存在する市の人口と市外局番が全て網羅されているんですが、これをいろんな角度で見てみるとおもしろい発見があったりするんです。

例えば...

最近ひらがな表記の市をよく見かけます。
2008年1月現在ひらがな表記の市はいくつあるのか数えてみました。

僕が調べた限りでは現在29のひらがな市が存在するはずです。

都道府県別でいうと、
青森県 : むつ市、つがる市
秋田県 : にかほ市
福島県 : いわき市
茨城県 : つくば市、ひたちなか市、つくばみらい市、かすみがうら市
栃木県 : さくら市
群馬県 : みどり市
埼玉県 : さいたま市、ふじみ野市
東京都 : あきるの市
千葉県 : いすみ市
石川県 : かほく市
静岡県 : 伊豆の国市
福井県 : あわら市
三重県 : いなべ市
兵庫県 : 南あわじ市、たつの市
和歌山県 : 紀の川市
香川県 : 東かがわ市、さぬき市
福岡県 : うきは市、みやま市
宮崎県 : えびの市
鹿児島県 : いちき串木野市、南さつま市
沖縄県 : うるま市

となります。
伊豆の国市と紀の川市はちょっと反則のような気もしますが、一応カウントの対象ということでご勘弁。

今のところ、2007年1月に福岡県みやま市が誕生して現在に至るはずです。

茨城県には4市とダントツの多さですね。

蛇足ですが、北海道に新ひだか町という町があります。
ここは、2006年3月の合併に際し、当初は静内町、三石町、新冠町の3つの町で合併して「ひだか市」になる予定でしたが、新冠町が合併から離脱したため市にはなれず、仕方なく「新ひだか町」となった経緯があります。
残念ですね。

次に、これらの市はもともとどんな漢字だったのかを調べてみました。

青森県 : むつ → 陸奥市、 つがる → 津軽市
秋田県 : にかほ → 仁賀保市
福島県 : いわき → 磐城市
茨城県 : つくば → 筑波市、ひたちなか → 常陸那珂市
       つくばみらい → 筑波未来市、かすみがうら市 → 霞ヶ浦 
栃木県 : さくら → 桜
群馬県 : みどり → 緑
埼玉県 : さいたま → 埼玉、ふじみ野 → 富士見野
東京都 : あきる野 → 秋留野
千葉県 : いすみ → 夷隅
石川県 : かほく → 河北
静岡県 : 伊豆の国
福井県 : あわら → 芦原
三重県 : いなべ → 員弁
兵庫県 : 南あわじ → 南淡路、たつの → 龍野
和歌山県 : 紀の川   
香川県 : 東かがわ → 東香川、 さぬき → 讃岐
福岡県 : うきは → 浮羽、みやま → 三山
宮崎県 : えびの → 蝦野
鹿児島県 : いちき串木野 → 市来串木野、南さつま → 南薩摩
沖縄県 : うるま → 宇流麻

これらの漢字は、もともとの地名そのものだったり、いくつかの町の漢字の組合せだったり、単なる当て字だったりします。
おもしろいのはつくばみらい市で、「みらい」自体は水海道(みつかいどう)の「み」、谷和原の「ら」、伊奈の「い」を組み合わせたものなんですが、漢字は単なる当て字だということ。
また、実際「水海道」はつくばみらい市からは離脱し、今は旧石下町を吸収して「常総市」となっているという、変わった経緯を持っています。

次の発見、
全国47都道府県のうち、(都道府)県庁所在地よりも人口が多い市が存在する都道府県はいくつあるか数えてみました。

調べてみると福島県、静岡県、三重県、山口県の4つが該当していて、

まず、福島県ですが、
福島市 290,059人 に対し、
いわき市 352,360人
郡山市 339,071人 
です。
県庁所在地が第3位というのは福島県だけでした。

次に静岡県ですが、
静岡市 712,170人 に対し、
浜松市 807,073人
です。
2005年3月末時点では、
静岡市 701,735人
浜松市 581,162人
だったのですが、2005年7月1日の大合併により、浜松市の人口が80万人を突破し静岡市を抜いて静岡県で最も人口の多い市となりました。

次に三重県ですが、
津市 288,600人 に対し、
四日市市 304,941人
です。
実は2005年3月末時点では、津市は鈴鹿市と松阪市より人口は少なかったのですが、2006年1月1日の2市6町2村の大合併により四日市市に迫る人口となりました。

最後に山口県ですが、
山口市 191,023人 に対し、
下関市 288,518人
です。
山口市も三重県と同様、2005年3月末時点は宇部市と周南市に負けていたのですが、2005年10月1日に周りの4つの町を飲み込んで下関市に次ぐ人口となったのでした。

ちなみに下関市は北九州市と合併するなんて噂もあるようです。
県を越えての合併って有り得るんでしょうかね。
もし合併した市が福岡県になったら、山口市がタナボタでNo.1になれるんですけどね。

あと、関係ないけど、今僕が住んでる三郷市は草加市、越谷市、吉川市、八潮市、松伏町と合併する噂があるようです。
そうすると100万都市に迫る大都市になるそうです。
僕的には、三郷市生まれではないので三郷市には未練もないし、合併した方がメリットありそうだから賛成ですけど...
いったいどうなることやら......

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2007年12月29日 (土)

香取神社

今月初め、子供の七五三のお祝いのため、近所の神社に行ってきました。

埼玉県三郷市は戸ヶ崎というところにある、「香取神社」という所です。

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普通七五三と言えば11月15日付近の土日あたりにやるのが常識だけれど、神主さんに聞いたら12月になってからでも問題ないですよということで、ちょっと遅めの七五三となった次第です。
ちなみに、ここの神主さんは女性の方なんですが、とってもやさしくていい方です。

で、うちの七五三の話題はさておき、今回は「香取神社」についていろいろと調べてみました。

なぜ調べてみようかと思ったかというと、三郷市には「香取神社」と名のつく神社がたくさんあって不思議に思ったからです。

まず、三郷市にいくつあるのか調べてみると、なんと8つもあるようです。
人口13万人弱の三郷市に同じ名前の神社が8つですよ。
多いなぁ。というよりまぎらわしい感じ?

だって、
「じゃぁ、待ち合わせは5時に香取神社でね。」
って言われてもどこの香取神社に行けばいいのかわかんないでしょ。

三郷市に8つとなると、つぎに気になるのは、全国にいくつあるのかってこと。
正確な数はわかりませんが、いろいろ調べてみると400以上はありそうです。
特に春日部市、越谷市、さいたま市岩槻区、三郷市に多いようで、この4つの市だけで約40もの香取神社が存在します。

そういえば、以前先程の神主さんが、
「中川を超えると香取神社はないんです。代わりに氷川神社になるんですよ」
と言っていたのを思い出したので、実際にそうなのか調べてみました。

Googleで「香取神社、分布」と入力して検索をかけると、面白いサイトがありました。
「氷川神社、香取神社分布地図テストサイト」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~map/g_map/071212.html
というサイトです。
(エドルネさん、勝手に引用してゴメンナサイ)

ここには関東の氷川神社と香取神社がGoogleマップ上にポイントしてあり、これを見ると氷川神社と香取神社の分布がきれいに分かれているのが一目瞭然なんです。
神主さんの言ったことはほぼ当たってます。
さらに氷川神社と香取神社の間を埋めるように点在しているのが久伊豆(ひさいず)神社。
なんでも「西角井(「にしつのい」と読みます)」とかいう学者さんが、これら3つの神社が重なることなく分布していることを発見した、というか学説を唱えられたとか。

ところで、香取神社は千葉県香取市にある香取神宮の分社なのですが、香取神社は千葉県よりも埼玉県や茨城県に多いようです。
茨城県には鹿島神宮があるのにね。

香取神宮に祀られているのは、「経津主神(ふつぬしのおおかみ)」という神様です。
この神様は、霞ヶ浦を挟んで位置する「鹿島神宮」に祀られている、「武甕槌大神(たけみかづちのかみ)」とともに、かつて神々が争っていたのを鎮め、この国に平和をもたらした立派な神様なんだそうです。
いつか近いうちに香取神宮にも行こうと思いました。
そんなに遠くないしね。

(香取神宮HP:http://www.katori-jingu.or.jp/index.htm

う~ん。この世界もなかなか奥が深い。
また機会があったら、いろいろと調べてみよう。

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2007年12月 5日 (水)

富士八峰

先日、何気なく富士山付近をグーグルマップで見ていた。
僕はこれまで富士山には、一度だけ五合目まで車で立ち寄ったことはあるけれど、山頂まで登ったこともなく、富士山といえば、日本一高い山ぐらいの意識しかなかった。

で、とくに目的もなく富士山付近でセンタリングし、少しずつ拡大していったのだけど...

あるところまで拡大していくと、「富士山」のすぐ上に「白山岳▲」という文字が出てきた。
なにも知らない僕は、
「白山岳?なにこれ」と不思議に思った。
そして、さらに1段階拡大してみると、「白山岳▲」が消え、代わりに「富士山」の左下に剣ヶ峯(3776m)▲」という文字が現れる。
う~ん、ひょっとして富士山って富士山じゃないの?
なんて訳の分からないことを考えつつ、さらに1段階拡大。
すると今度は、「富士山」の上と左下に先程の「白山岳▲」「剣ヶ峯(3776m)▲」の2つの山が出現した。

そしてここでやっと気づいたのだが、グーグルマップでは「富士山」のマークが「▲」ではなく「山の絵(青い山の上に雪化粧が施されている・・・ちょっとカワイイ)」のマークで表記されている。
このマーク、グーグルマップで使われているのはこの「富士山」だけのようで、他の日本の山は全て「▲」で表記されている。
富士山はやはり別格なんだろうか。

マークといい今まで聞いた事のない名前とかが出てきたのでここはやはり気になって富士山について調べることにした。
すると、

富士山は活火山であり、山頂には直径800m程の火口がある。
この火口に沿って、「富士八峰」と呼ばれる8つの峰があり、その8つとは、

剣ヶ峯  3776m
白山岳(釈迦ヶ岳)  3756m
久須志岳(薬師ヶ岳)  3740m
朝日岳(大日岳)  3750m
伊豆ヶ岳(阿弥陀岳)  3750m
成就ヶ岳(勢至ヶ岳)  3733m
駒ヶ岳(浅間ヶ岳)  3715m
三島岳(文珠ヶ岳)  3740m

なのだそうだ。

つまり、富士山の山頂にはさらに8つの山(?)があり、富士山(3776m)とは正確には剣ヶ峯(3776m)ということになる。
したがって、富士山の頂上制覇 = 剣ヶ峯の頂上制覇なので、剣ヶ峯の頂上まで行かないと富士山を制覇したことにはならないということになる。
ということは、いわゆる10合目というのは剣ヶ峯の頂上のことなのかなって思ったら、どうもそうではないようでそれぞれの

登山ルートのゴール地点ということになるようだ。
ちょっと複雑...

ちなみに富士山の知識を認定する「富士山検定協会」なるものも世の中にはあるそうで、1級から3級までの認定試験が定期的に行われているようだ。
認定者の皆さんからするとこんな話、チョ~常識なんだろうな。
さすが富士山!!

また、常識をひとつ勉強したという、ちょっとお恥ずかしいお話でした。

参考URL① : 「Fujigoko.TV」  http://www.fujigoko.tv/
参考URL② : フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 「富士山」
          http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1
参考URL③ : 富士山検定公式ホームページ  http://www.fujisankentei.jp/

20070126124639

追記 これを書いてて思ったんだけど「山」と「岳」の違いってなんだろうと思いました。
    近いうちに調べておもしろかったらまた報告します。

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